金木犀は挿し木で殖える

外清内ダク

金木犀は挿し木で殖える



 金木犀キンモクセイを育てている。

 マニュアル通りに発根促進剤を塗り、3つの鉢に挿し木した。たっぷり水もやったうえ、乾燥させないようビニル袋で包みもした。だが細心の注意にも関わらず、根付いたのは一株のみで、他はあえなく枯れてしまった。いや、一株生き残っただけでも奇跡と言うべきか。その一株を日当たりの良い窓際に据え、あぐらをかいて、じっと見つめる。

 まさか本当にやせるなんて――

 まさか、本当に――



金木犀キンモクセイは挿し木でえる』

 あの日。LINEで問い合わせた私に、怪しげな通販サイトの店主はそう答えた。

『原因は諸説あって定かではないが、この国には金木犀キンモクセイの雌株が存在しない。当然種子も得られない。

 だが適切な処理と土壌があれば、枝から発根して定着することができるんだ。どこでも普通に見られる金木犀キンモクセイは、全てこうして造られたクローンに過ぎない。

 数百年にわたってDNA配列をコピーされ続け、無限に増えていく自己の複製。それは人と花との永遠の共生、あるいは隷属。

 枯死してもなお自分と同じ個体がこの世に残り続けるのなら、さて、死とは一体何なのだろう』

 こいつイカれてるな、と私は思った。にも関わらず商品を注文する気になった私は、なおのことイカれている。送料込みの19800円、振り込んだ数日後に届いた段ボール箱。中には発根促進剤のボトルが1本と、A4コピー用紙にプリントされた色気のないマニュアルが1枚。なんだか騙された気分だった。というより普通に考えてまず詐欺だ。

 なのに、そんなものにさえすがらずにはいられないほど、私は追い詰められていた。

 君が死んだ。その事実を、たぶん私は認めたくなかったんだと思う。認めなければ、受け入れなければ、いつまでも死は不確定でいてくれる。たちの悪いシュレディンガー猫。君の死と生は重ね合わせて箱の中にある……

 そうだ。金木犀キンモクセイを育てれば、君の死を無かったことにできるんじゃないだろうか。たとえ親株が枯死しても、枝が生き残りさえすれば生命は続く。



 以来、金木犀キンモクセイの世話が日課になった。病気になっていないか葉の様子を見、水をやり、春と秋には肥料を加える。花がつくまでどのくらいかかるのだろう? 2年か、3年か……私は根気よく待ち続ける。根詰まりを防ぐために植え替えもした。既に1メートル近い大きさに育っていた株の植え替えは大仕事だった。金木犀キンモクセイみきを抱きしめるように支え、そっと鉢から引き抜いて、根を整え、一回り大きな鉢へ移す。春先だというのに私は汗だくになる。「どうかな」金木犀キンモクセイに話しかけてみる。「新しい鉢、気持ちいい?」金木犀キンモクセイは何も言わない。

 でも、何か言いたげに私を見てはいる。そんな気がする。

 1年もすると、金木犀キンモクセイの肉付きもずいぶん良くなってきた。まるっきり骨ばかりだった初めの頃とは見違えるようだ。根も太くなり、枝は力強く伸び、肉厚の葉が鈴生すずなりになって、私の目を楽しませてくれる。私は毎日金木犀キンモクセイと話す。「おはよう」「今日は暖かいね」「喉乾いてない?」「仕事行ってくるね」「おやすみ、また明日」「愛してる」「君を愛してる」――声をかければかけるほど、金木犀キンモクセイも枝葉の勢いを増していく。

 私の言葉に耳を傾けてくれている。まるで生きた人間のように。


『つまり、感染呪術と類感呪術の複合さ』

 店主からのLINEログを、今でも時折読み返すことがある。例によって、彼あるいは彼女の言うことはよく分からない。

『人の一部たる骨は、そのひと本人を象徴する。その骨を枝に見立てて挿し木する行為によって、人体に植物の性質を付与する。

 君の想い人は金木犀キンモクセイの株として蘇り、やがて花を咲かすだろう。

 そのとき花が何を望むかは分からないが』

 どうだっていいんだ、そんなこと。私は君にまた逢いたい。君と一緒にいついつまでも生きていきたい。なのに、この世で唯一絶対的なものである《死》が私達を引き離すなら、それ相応の対策をとらなきゃいけない。

 お葬式の時、火葬場で、骨壺に納めるふりしてこっそり3かけの骨をポケットに入れたのは、別に魔法の儀式のためじゃなかった。ただ、君と別れたくなかった。一人になるのは切なすぎた。透明な小瓶の中に君の骨を入れ、私は毎日それを眺めて暮らしてた。その行為になんの意味もないことを知りながら。自分が半ば狂気に飲まれつつあることに気付きながら。

 最初は見ているだけで満足だった。君の骨が私の部屋にあることで、君を私だけのものにできた気がした。でも、だんだん欲が出始めた。骨は何も言わない。泣かない。笑わない。たったこれっぽっちの骨。こんな小さな瓶に納まりきってしまうほど……あまりにも、小さく、はかない。

 だから君をやしたい。

 手段を探した。

 そして見つけた。

 金木犀キンモクセイは、挿し木でえる。


 3年が過ぎ、秋が来た。今や金木犀キンモクセイは、人間そっくりの姿に成長している。ところどころにこぶのある太い幹は擦り合わせた太腿。軽くしなりながら伸び上がる枝は振りかざした両腕。幾重にも連なった葉を掻き分ければ、その中から君の顔が現れる。君は激烈な苦悶の表情を私に見せ、低く、低く、唸るような声で懇願してくる。

「しな……せて……死なせ……て……」

 それは嫌だと、何度も何度も告げたのに、いつまでも、いつまでも、同じことばかりを。

 ああ、金木犀キンモクセイの花が咲く。薄橙色の、くるめくほどに香り高い花。君の顔を取り囲むように、小さな美しい花が無数に開いていく。

 私の望みはおおむね満たされた。あとは君の苦痛に歪んだ顔面が、もう少しになれば言うことはないのだが。



THE END.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金木犀は挿し木で殖える 外清内ダク @darkcrowshin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ