最終章 弓の道

第40話「つつ闇けり、明けし天」

 温かな気持ちを胸に抱いて。目を閉じて―――想い浮かぶ光景。守りたい人を描くんだ。

 その距離神社まで――あと50キロメートル――。


(わかる、わかるよ―――)


 紗雪さんは、結界のない神社で身体を休めていた。イナリ様に背中を預けるように、薄暗い空を見上げながら。

 肩には痛そうに手を添えていたけど、その言葉は物柔らかだった。


「ねえ、どうして神様に転生できたの?」

「アマテラス様の力だ。アマテラス様がオオクニヌシを退け、お隠れになる直前に心の欠片を託された。ミコト様に渡した際、ゆくゆくは必要になるからと、サンジョ様にも渡したけどな」

「託されたから? ミコト様とアマテラス様はそんなに仲が良かったの?」

「ああ、ミコト様はよくアマテラス様と弓の稽古をしいていたらしい。結局のところ、吉備の国に別荘を建てていたおかげで、隠れるにはちょうど良かったみたいだがな」

「そう。ミコト様が管理する土地に建てたのね、好きだったのかしら?」

「知らん。俺に聞くな」


 イナリの神、それはどこにでも祀られて、無数に存在している神様だから。その人が身を潜めるには好都合だったんだ。


 これは3年前、紗雪さんが射手になるために誘われた吉備の神社でのお話。2年前のオオクニヌシの乱により、命を落とした一人の射手守がいた。それは契りを交わした神楽の射手と同時に。

 その理由は、吉備の神社に所属していた二人を守るため、後輩達を守るためだった。紗雪さんにとっては散った片想いの恋となってしまった。

 だから紗雪さんは神様を憎み、念を嫌い、ただひたすらに殺める弓術を磨いた。神楽の射手になるには、経験と実績が必要だったから。願えば射手守になって戻ってくるかもしれない。その想いだけが、紗雪さんの心を支えていたんだ。


(その距離神社まで――あと5キロメートル――)


「あと、どのくらい分身が残ってる?」

「もう……2体だけだ」

「そう。ここまでかしら?」


 宙に浮く、変異したオオクニヌシの使い魔異形が。座り込むイナリ様と紗雪さんをじっと見つめた。金毛のキツネのような姿、その身体を振るわせ、甲高い声で泣き叫んだ。


玉藻前たまものまえ】9本の尾をもつ、キツネの異形。


 玉藻前の一撃によって、脚を失ったイナリ様はもう走れない。金毛の身体をくねらせ、弧を描くように空を舞い、紗雪さんとイナリ様に狙いを定めた。

 目が細くなり、これから食べるご馳走にヨダレを垂らす。


「ねえ……ずっと大好きだったよ」

「………知ってた。スマン―――」


 玉藻前の咆哮―――覆いかぶさるアマコの咆哮―――。

 その距離、あと60メートルです!!


しゃあ!』


 離れ、和弓から―――矢が飛びだした。

 私が放ったのは、陽の威光をまといし一射。薄暗い空を照らす陽の矢風。奏でるは旋律、チリンと鈴が鳴るような好音。

 矢は玉藻前を射抜き―――鳴き声浄化

 霧となる玉藻前を横切り、私はアマコに乗ったまま、小さな神社へと降り立ち、桜色の花びらを吹雪かせた。


『神社に到着であります!』


 紗雪さんの嬉しそうな微笑みと、イナリ様の懐かしむような眼差しを感じて。

 私は右手を振るい、2人おすそわけします。これは私のポカポカした気持ちだよ!


『ちょっとだけ、おすそわけだよ――えい!!』


 その光は私の想いを介して、陽の玉となります。失った脚を蘇らせ、その傷も癒やします!!

 アマコは4脚を地につけ、頭を空に向けて遠吠えをした。


「ワオォォォォン―――――――」


 雲は裂け、空から降りてくる陽の柱が、2人を守るから。


『あは、紗雪さん、ただいま!!』

「ふふふ、おかえりなさい。ほんと、能天気なんだから」


 私はニコっと笑って、アマコは地面を蹴り進む。舞う砂ぼこりは、キラキラと輝いた。

 空を駆け抜ける―――涼しげな風を感じて、光風のような軌跡を残して。


「さすが、妾のご主人さまですね」

『うん! だって、楽しいもん!』


 ***


 ゆり子さんとイチキ様。そしてタキツ様はそれぞれ雷神と風神と戦っていた。

 星城さんは右手を負傷し、水無瀬お姉様と一緒に馬に乗り、揺られている。高速道路から降りたその海の上で、逃げるように走りかける姿。

 ゆり子さんは息をきらし、最後の矢を射るも、風神は余裕の笑みでその矢を吹き飛ばし、雷神は太鼓の音を響かせる。幾度なる雷撃がその場を轟かせ、イチキ様はなんとか刀を振るい、ゆり子さんを守った。

 雷神は次なる落雷のため、バチを振るう。


「はぁ、はぁ……イチキ様……」

「………ごめん。もうキツイ」


 イチキ様が振るう剣に、もう力は残っていなかった。

 ゆり子さんは覚悟を決めたように微笑んだ。


「ふふふ。弥生ちゃん、無事に辿りついたかしら。あぁ亮介さん……もう一度、美味しいご飯が食べたかった―――」


 私はアマコと一緒に風を切り裂き進む、都市部を横断して―――よし、みんなが見えた!


『させない―――美人なお姉さんをいじめないで! アマコ、みんなを守って!』

「クォォォォォォン―――――」


 日雷のごとく電光石火―――陽の残影。渦のような風を巻き起こし、ゆり子さんとイチキさんを守る。吹きすさぶ新緑の風、彩り描くは―――旋風つじかぜ

 雷撃は盾に守られ、離散する。


『いくよおぉぉぉ! アマコ!』

「はい、あるじ様!」


 雲に乗る雷神は、こっちを見て連鼓を叩く。雷よりも速く―――遅い、遅いよ!

 白狼オオカミの鋭い爪が雷神を捉える、逃さない。あなたは黄泉の国で、反省しなさい!


叫び声負傷―――――!!」


 雷神を勢いよく弾き飛ばし、空に浮遊する風神へと叩きつける。

 私は和弓を構え―――念じる。退魔浄化の矢を!


『つがえ!!』


 弓構えからの打起し。そこから一気に会へと入り―――伸び合う。

 矢摺籐やづりとうの先に視えるもの―――狙って!!


しゃぁぁッ!』


 キイイイン―――バッシュン――――貫通音パァン


 光の閃光。その場から逃げるように散る雷神と風神を射抜いた。それぞれ霧となり、飛散していく。皆をいじめる悪いやつ。あなた達は反省しなさい!!

 空を駆ける私とアマコの姿に、静香お姉様はニコニコとしていて。星城お嬢様はポカンとしてました。

 疲れ切ったサンジョ様にちょっぴりおすそ分けをして、この場を去ります。


『サンジョ様、あとはお願いしま~す!』

「はわわ、ありがと〜〜! 助かった〜〜」

「うん…………おやすみ………」

『開運招福~~えい!』


 みんなにあげる、私とアマコのポカポカ元気を。弓に力を―――かけに勇気を、背中に希望を。右手を振るい、陽の玉を散りばめる。

 それぞれがフワフワと飛んでいって、みんなに宿ります。 


「あたいの傷が……そうかい、出世したねぇ~弥生ちゃん。海がきれいだねぇ~」

「なんだか、ポカポカ陽気のおかげで、元気が出てきましたわ!」


 ゆり子さんは狐色のポニーテールを輝かせながら、微笑んでます。やっぱり美人さんです、亮介さんは渋いけどね!


「ふふふ。ほんと、かわいいわ~」

『いってきま~す!』


 私は皆に手を振って、海面に降りていく。澄んだ水しぶきを散らしながら、新緑を―――あおへと塗りかえて。

 大海を蹴り、突き進む。遠いはるか先に目を凝らす。


(亮介さん、周さん。ここままじゃ間に合わないかも―――)


『ねえアマコ、集中したら、ここから阿修羅を狙える?』

「ええ、28キロほどなら問題ありません」

『よし―――つがえぇぇぇぇ!』


 和弓に白い矢をつがえた。弦に右手を添え、弓を左斜め前に構え―――一呼吸。そのまま打ち起こし、二呼吸。弓はしなやかに曲がり、右頬に矢を添え―――会。狙って――――伸び合って。

 矢摺籐やずりとうの先に視えているもの。思い描くんだ、私の的を。

 矢に込めるのは、大好きな人達を守りたいって気持ち。

 紅い和弓は反り返ったまま、矢と共に真紅に灯る。


『しゃぁぁぁ―――離れ』


 弦から矢が飛び出し、同時に右手は真っ直ぐに伸びた。

 鳴るはあまかぜ―――朱色の一線は夜を照らす。

 残心―――描くのは、2人の笑顔だよ!!


『飛んで、阿修羅を射抜いて!!』


 ***


「亮介さん!」

「ああ………たまには腕を振るうか」

「いいですね~。僕はケーキがいいですね」

「フン、貴様には食わしてやらん!」

「ええ!? ひどいですよ~」


 2人は傷を負いながらも、阿修羅と戦っていた。斬っても斬っても再生して。それでも諦めなくて。だってさ、大好きな人を守るって気持ちが、とっても強いんだもん!

 辛い気持ちを背負う神楽の射手を支え、守るために生まれた存在。射手が願った、大好きな人の生まれ変わり。その想いが2人を射手守にした理由。射手が願って誕生した理由。ほんと、アマ子ってロマンチックだね!


「貫きましたね、よぉ~し!」

『うん、2人を休ませてあげなきゃ!』


 大丈夫、お賽銭箱はもういっぱいだよ。神様ってずるいもん。だから帰ったらみんなでご馳走を食べようね。うーんとお腹が空くくらい、働くから!  

 

(急がなきゃ、キツネの神様も戦ってるんだ。お願い―――間に合って!)

 

 

 

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