第25話

 届いた道具を身につけて、松明の灯りに照らされる弓道場の射位に立ち、私は弓の稽古をしています。射場の隅では、水無瀬お姉様が黙って正座をしています。


――カシュン――――パァン!


(ふうぅー。集中して)


 2本目を射ち終えて、床に置いてある2本の矢を右手で持ちます。1本は弦につがえて、もう一本は『取矢とりや』の持ち方、右手の小指と薬指で矢を握り持ちます。


 物見ものみ。28メートル先の的を確認。直径三十六センチの霞的かすみまと

 立ち位置の調整、足踏あしぶみよし。重心の調整、胴造どうづくりよし。


 右手で『取懸とりかけ』。かけにある溝、弦枕つるまくらと呼ぶ部分、右手親指を弦に引っ掛ける。人差し指と中指をくっつけ、弦を挟む。

 左手で『手の内てのうち』を作る。天文筋てんもんすじと呼ばれる部分を握り皮に沿わせ、弓を握る。


 弓構え。手の内を絞り、左手を伸ばす。弓を左斜め前に構え、的をみます。

 打起し。弓を持ち上げ、矢と身体を平行に。

 引分け。肩を開くように弓を身体に近づけたあと、背筋を開くように弓を降ろしていく。左手で弓を押し、右手で弦を引っ張る。

 会。矢は右頰の口元へ、そこから矢筋に伸び合う。

 押手おしてで弓を押して―――勝手かっては右肘を支点に、力の向きは矢の延長線へ―――狙う。

 離れ。親指に乗せた指を弾き、イメージした方向に右手を伸ばす。


――――カシュン――――パァン!!


 残心。両手を真っ直ぐに、自分の射を心でみつめて。

 ゆっくりと弓を倒し、両手は腰に添える。


(よし……次を当てたら皆中かいちゅうだ!!)


 弓を目線まで持ち上げ、矢をつがえた。カチっと音が鳴ったあと、左膝に弓の下部を乗せて、的をゆっくりと見つめる。


(あれ、私もしかして緊張してるの? ドキドキしてる……)


 顔を正面に戻して4本目。なんだか、両手にうまく力がはいらないです。

 弓を左斜めに構え、両手で持ち上げて。弦を引っ張っていく。徐々にそり返っていく和弓―――会に入って、狙いを定めて。


(狙いがブレてる……もっと狙って―――離れ!)


―――プチンッ―――パス。


 離した瞬間、弦が切れました。飛んでいった矢は、的のすぐ左側。

 残心。とっても悲しいです。初めてちゃんと皆中出来るって思ったのに……床に落ちて、2本になった弦を見て。うーん、離れをだすとき、力を入れすぎたのかな?

 弓を倒すと、隅から見ていた水無瀬お姉様がニヤニヤと笑ってます。あはは……。


「弥生ちゃん、案外スケベだねぇ~」

「すすす――――スケベぇ!?」

「ものの例えさ。皆中を意識して4本目を外すのは、色々と考えすぎなのさ」

「はい……確かに色々考えてしまいました」


 射場の隅っこに行くと、弦の切れた弓を弓立てに。こんな姿になっても、あなたは美人さんだわ。あとで新しい弦を張ってあげるね。

 座ってかけを外して、座布団の上に置く。座っていたお姉さまがこっちにくると……やっぱり魅惑的な笑顔ですぅぅ。


「あたいが思う。的に中てるための技術、弓道の極意を教えてあげるよ」

「ごくい?」

「あぁ。それは、真ん中から離すのさ」

「真ん中から離す?」

「要は体の中心を基準に、左右を動かすのさ。まぁ、これは考えながら稽古してたら、そのうち気がつくだろうねぇ」

「うーん、うーん」


 私にはチンプンカンプンでした。紗雪さんなら分かるんでしょうか?

 その時だった―――白いシカさんが2匹、射場に入ってきました。赤い勾玉のシカさんと、青い勾玉のシカさん。名前わかんないや。慌てているのか、なんかコケてます、可愛い。


「うばぁ!? シ――静香さん! 大変でゴザイマス!」

「………異形の化け物がでた。しかも………スヤスヤ」


 再びバタバタと入ってきたシカさん。緑色の勾玉が、落ち着きなく揺れていて。


「静香さん、今すぐ応援にいってほしいんだ!! いま各神社に所属する射手達がむかってるけど、今回の異形はケタ違いに強力な化け物だよ。場所は―――」


(―――え?)


 その言葉に、私の背筋が急激に寒くなったような気がして。だって、その場所は少し前、紗雪さんが仕事で行ってくるって、そう言ってた場所だったから。

 お姉さまは凛々しい表情になると、私にこう言いました。


「弥生ちゃん、すぐ弓に弦を張りな。急いでむかうよ!!」

「は―――はい!!」

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