第21話
これは――――夢?
***
私はフワフワと宙に浮きながら、その光景を眺めていた。身体が動かない、声も出ない。不思議な感覚だった。
私が胸に秘めた出来事を、もう一度回想しているような、そんな気持ち。
長い黒髪の女性がいて、人混みでガヤガヤした大型のショッピングモールを歩いてる。あれって……2年前の私?
そうだ、大きな地震があったその数日後のこと。多くの人が亡くなって。でも他県での出来事だったし、それは悲しかったけど……悲しかっただけ。そんな気持ちで。
《じゃあ着物を選び終えたから〜。私友達とデート行ってきます! バスで帰るから〜》
ぼんやりしててよく見えないけど、私が手を振った人はたぶん私の両親。
成人式の着物選びで、大型のショッピングモールにきてたんだ。偶然大学の友達と出会って、買い物に誘われて。そのあと地下にあるカフェでお茶してて……。
そのとき、また大きな地震があって……建物内は停電して暗くなった。あの時私、お手洗いに行ったとき化粧を直してて……凄い揺れたんだよね。洗面台に頭をぶつけて、意識が亡くなってたんだっけ。
そこから病院で目覚めて………親戚の人が教えてくれたこと。ニュースでは停電時にあらわれた殺人鬼が、多くの人を殺めたって。私は最初、そんなの嘘だって思った。なんで突然そんな事をする人が現れたのかって、なんで大勢の人がいっせいにズタズタされたんだろうって。
でもやっぱり嘘じゃなかった。地震により誤作動した、防火用のシャッターによる隔離、それが理由だったから。
世間のニュースではそれくらいしか報道してなくて。ネットでは色々な憶測が飛び交っていたけど、結局私には分からなかった。犯人であろう人も自害していたらしいし、まるで何か不都合な理由を隠しているかのような、そんな風に思って。そう、思いたくて。
《うう………ひっく………ひっく……うわぁぁぁぁん―――》
私が泣いてる。泣いてるよ……覚えてる。両親が亡くなって、親しかった友達も亡くなって。多くの人が亡くなって、死んだ。それも1フロアにいた人達だけ。ショッピングモールの地下にいた人達だけで。なんで私だけ生きていたのか。たまたま上の階にしかないお手洗いにいっていた、たったそれだけの理由で。
納得した気になるしかなかった、そう言い聞かせるしかなかった。
やがて両親の葬式。そこから逃げ出したくなったその出来事。ズタズタだからって遺体を見ることも出来なくて……残ったのはあの写真だけ。観光地でとった写真だけで。葬儀が終わってからは親戚の人が色々やってくれて、アパートに引っ越して。でも……。
悲しくて悲しくて、結局大学も辞めてアパートに引きこもって……床につくくらい伸びていた髪が嫌で、いつも結んでたよね。
食べ物は配達してくれてたし、しばらく暗い部屋で過ごしてたな……一年以上も。
《うわぁ、眩しい太陽だ!》
そうだ―――あの時、光を浴びたんだ。
太陽の光。胸がポカポカして、なんだか急に元気になって。枕元にいつも置いていた写真が照らされて。これじゃ駄目だって、誰かに言われた気がして。髪を切って就職活動してたんだ……え?
再び景色が変わった。グルグル回ったみたいに、見ていた光景が歪んだ。
――誰かに、吠えられた気がした。
親戚の人達? 揉めてる、なんで??
声が聴こえない、なにを言ってるの?
棺桶と、畳と、線香と―――その部屋で。
親戚の人達が揉めてた。なんで??
あ、私が来た……なんだか、皆揉めるのを辞めたみたい。ニコニコしながら、私に優しくしてる――。
――――そっか、そっか――――そっか。
ずっと優しくしてくれてたけど、どこか好きになれなかったのは。やっぱりそうなんだ。
***
ゆっくりと目を開けると、藁の中だった。埋もれてる。
頭だけ藁からだして、キョロキョロと見渡すと、スヤスヤと寝ている紗雪ハトさん。
不思議な夢みたいな光景の最後、あれって遺産相続で揉めてたんだ。それと誰が私の面倒見るのかって、それで揉めてたんだ。そうだよね、そうなるよね。
でも泣きたい気持ちにはならなかった。だって本当は知ってたから、考えてなかっただけ。
(だから1人ぼっちで……でも)
それは温かい私の思い出、それを走馬灯のように思い返す。弓道を初めて、弓の稽古をして、皆でご飯を食べて過ごす日々。それが楽しくて、とっても気持ちが安らいで。
別に人間じゃなくてもいいや。だって、皆さんと出会えたから。同じように弓道が大好きで、同じように生活してるんだもん。
その時、ほろりと涙がこぼれた。そんな気がして、気がしただけ……やっぱり気のせいじゃないよ、涙がでちゃったんだ。でもちょっとだけ、ちょっとだけだから。
中間世界が怖いって気持ちより、現世の世界でみんなと一緒に居たいって気持ちのほうが強いから、だから目指します。
(ずっとこのまま居させてください。私が退魔の射手になって、皆の力になれるまで―――待っててほしいです)
もう一度目をゆっくりと閉じて、今度は楽しい事を考えよう。
いつまでも、いつまでも―――あったかい気持ちでいたいから。
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