第19話

(あのカウンターっぽい場所がそうかな?)


 畳の敷いてあるロビーの受付には、黒いカラスさんが立っていた。


「あの、飲み物を頼みたいのですが、何がありますか?」

「おや、ココは初めてかや? お酒か水かお茶だっペ」

「じゃあ〜お茶ください」

「はいよ」


 カウンターの下から出てきたのは、緑茶の紙パックだった。しかもストローついてないし。


「あの、これどうやって飲めば?」

「自由に飲めばいいっペ。例えばプスっと刺して穴あけるんだや」

「あ……ありがとうございます」


(かなりダイナミックな感じ……でもハトだし、しょうがないのかな?)


 部屋に戻ろうかとクルっと回ったら、誰かがテチテチ歩いてきた。やっぱりハトなんだけど……なんか危険なオーラがでてます。


「酒ちょ〜だい、5本かな」

「はいよ」


 紙パックに入ったお酒を受け取ると、抱えるようにして持ってます。そして畳の上に座ると、クチバシをプスっと刺してひっくり返すようにして飲み始めた。


(ああやって飲むんだ)


 思わず見ていたら、目があってしまった。なんかヤバイかも。

 逃げるように去ろうとしたら、案の定……。


「ちょっと待ちなよ。せっかくだ、あたいと飲まないかい?」

「…………へ?」



 *



「へぇ。じゃあまだ見習いなんだ」

「はい、そうなんです」

「どうりでなぁ〜なんかピチピチしてるもんなぁ!」


 この姉御肌な感じのハトさんは、これで4本目を飲み終えた。しかも酔ってきてる感じがしません。お酒に強いハトさんだな。

 ただ別に私にお酒を飲めとは言ってこないし、なんだか話し相手になってるだけみたいです。


「弓道は初心者なんだって? 珍しいね。だいたいあたいらの仕事をする人は、経験者が多いんだけどね」

「そうなんですか? やっぱり、初心者だと不利になったりするのでしょうか?」

「うんにゃ。不利とかそんなんはないよ、弓道ってのは運動神経とか必要ないし。ただやればやるほどよく分かんなくなってくるんだ。技術は向上するけど、結局自分のこだわりとかを追求しようとしちゃうんだよな~」

「うーんと……その、弓の引き方に違いがでてくるってことです?」


 (ゆり子さんと紗雪さんの弓の引き方が違うのは、それが理由なのかな?)


 姉御肌のハトさんは5本目のお酒を飲み終えると、伏せていた体勢からムクリと起き上がった。再び受付へいくと、また5本持ってきてる……美味しいのかな?


「あの、ここのお酒って美味しいんですか?」

「まぁ〜別に普通かな。あたいは酒が大好きだから、飲めればなんでもいいんだ。それなら飲んでみたらどうだい。飲めなかったらあたいが飲むよ、ほら」


 穴が開いた紙パックを渡されたので、反射的に受け取ってしまったであります。紙パックの絵柄には芋って書かれてました。イモ? どんなお酒なんだろ?

 穴にクチバシを刺してひっくりかえすと……。


「ガフッ―――!? しょ、消毒液を飲んだみたいな感じです……」

「あっはっは! そうかいそうかい。ほんじゃま、あたいが飲むよ」


 紙パックを手渡すと、ガブガブ飲んでおられます。うーん、私にはちょっと飲めない感じ。なんか喉が焼けたような、そんな感じです。姉御肌のハトさんはサクッと飲み終えて、新しい紙パックを手に取りました。


「そうだ、ひとつ聞きたいんだけど。なんで退魔の射手を目指そうと思ったんだい。怖いとか逃げたいとか、思わなかったのかい?」

「それは―――」


 私はイナリのおウマさんとの出来事について語った。すると姉御肌のハトさんは共感するように頷いてくれたんだ。


「そうかぁ、それは辛かったろうね。あたいもさ、過去に色々辛い思いをしてきたけど、それは時間が解決してくれるよ。ただ今でも思うのは、2年前の怪事件が起きた時は辛かった」


(2年前の怪事件って……あの虐殺事件のことかな?)


 その時、姉御肌のハトさんはどこか寂しそうで。気を紛らわすように酒をガブガブと飲み始めた。その姿がしんみりとしてて、同時に私も共感する気持ちになった。


「まぁ。でもあの事件がキッカケで、あたいは出会えた人もいる。幸か不幸か、でも後悔はしてないし、これで良かったと思ってる」

「そうなんですね……あの、やっぱり弓道が好きなんですか?」

「ああ。弓は好きだし、魔を退治するこの仕事も気に入ってる。でも、もうあの頃には戻れない。神とは無縁だった、過去の生活にはね」


 その言葉に、少しだけ悲しくなった。それは心のどこかで、私も同じように思っている部分がきっとあるからなんだって思う。もう戻れない。

 姉御肌のハトさんは、空になったお酒をゴミ箱に捨ててきたあと、残ったお酒を抱えた。これから部屋に戻るみたいです。


「付き合ってくれてありがとう。おかげで楽しい酒が飲めたよ。あたいにとっては何よりの時間だった」

「いえ! こちらこそありがとうございます。色々と弓道の事が知れて、嬉しかったです」


 頑張ってペコリとお辞儀をすると、なんだか笑ってくれているような表情だった。

 翼をパタパタさせながら、去り際にこういった。


「待ってるよ、また会おう。今度は人の姿であたいと飲もう」

「へ?」

「はっはっは、じゃあね~~」


 姉御肌のハトさんはまた会おうって言ってくれたけど。名前も聞いてないし、私の名前も教えてないのに……。

 空になったお茶のパックをゴミ箱に捨てて、部屋へと戻っていく。戻る途中に会話を思い返してみると、また会おうって言ってくれた理由が少し分かった気がした。 


(さっきのハトさん、厳島神社で働く、射手さんなのかも)


 部屋に戻ると、シャワーを浴びた様子の紗雪ハトさんが藁の上にいた。


「遅かったわね。ご飯はそれ、畳の上に置いてあるやつ」

「晩御飯って………豆なんですね」

 

 そこには丸い紙皿の上に、緑色の豆がモリモリと盛られてます。なんだろ、本当に鳥になった気分になりました。



 



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