第17話

 軽装な白い鎧を着た男性。和弓より長い刀のようなものを担いで、鵺に斬りかかっていく。

 眩く発光した刃の残影が鮮やかで。そして鵺を飛び越えると同時に、黒い右翼が千切れかけた。


「亮介………さん」


 鵺は咆哮を叫ぶと、2本の両前脚を振りあげ、そのまま地面を叩きつけた。虎模様の体が激しく上下する。

 叩き割れた黒い舗装が飛散する中、その人は瓦礫をかわしながら再び右翼に接近する。


 光の筋がみえて。一つ―――二つ―――三つ。

 乱舞のようなそれは、右翼を切り落とし、距離をとった。

 

「凄い……」

「しっかり掴まってて」

「は、はい!」


 身体がカクンと引っ張られて、暗い空を急旋回。そこから鵺に向かって急降下。

 風をきる音―――気を抜いたら、吹っ飛ばされそうで。必死にしがみついた。


「つがえ!」


 ゆり子さんは右膝をついたまま、和弓を左斜め前に構えた――――弓構え。光の矢が―――弦に装填される。

 弓構えから一気に会に入るような引き方。頬に添えた矢が、白く輝いて。


「しゃあッ!!」

 

 キイイイィン――――バシュンッ――


 反り返った和弓から放たれる純白の矢。矢筋は闇をかき分ける、光の一射―――。

 鵺の背中に矢が深く突き刺さり、奇声たる咆哮。化け物の上空を通過したとき、耳が痛くなった。


――――――――ヒュン――

 

 そこにすかさず、別方向からの閃光。

 その光は鵺の尾を貫き、蛇行するように暴れ悶えた。


(すごい……すごいよ……)


 白い牛の背中に乗り、白い和弓を持つ紅白姿の巫女。鵺の尻尾側から一直線に駆けてくる。

 重力に逆い、なびく純白のリボン。和弓を振るいながらも、それは真っ直ぐとなびいていた。


(紗雪さん……)


 紗雪さんが鵺の側方を駆け抜けたとき、亮介さんはその牛に飛び乗った。

 すれ違い間際、鵺は怒り狂うように飛びかかる。その腕を切り裂く光の一太刀。横一文字の切り払い――――怯んだ魔獣。


 咆哮――――黒い雲――――。


 鵺は口からドス黒い雲を吐き出し、鎧のようにまとう。右翼がないのに―――そこから飛び立った。


「弥生ちゃん、ちょっとだけ我慢してね?」

「は、はい!!」


 よくわからないけど、体毛を掴む手に力を込めた。


「うわ―――うわぁ!?」

「つがえぇぇぇぇ!」


 その場から螺旋らせんを描くように宙返り。ゆり子さんは力声を出しながら弓を引き分け――――会に入る。

 紗雪さん達を追いかける鵺の背後から、2連射。視界がチカチカと点滅しながら、左翼にむかって矢が飛んでいく。


―――――――バシュン――――バシュン


 地上では反転した紗雪さんが、反対方向から矢を射りながら鵺に近付いていく。挟み込むような陣形、左翼を狙って矢が飛び交う。


―――バシュンバシュン

 

 ゆり子さんの矢が雲を振り払い―――紗雪さんの矢が左翼を貫いた。鵺が口から黒い雲を吐き出しながら地上へと降下する際、亮介さんが牛の背中で刀を構え、鵺に斬りかかる。


 刃を振り降ろし―――――雲をせん断――――そこから鵺の左翼を―――強引に薙ぎ払う。


 崩壊音―――建物を押し潰す。それでも化け物は即座に向きを変え―――咆哮。

 紗雪さんは鵺の側方を通り過ぎて、半円を描くように旋回。ゆり子さんは矢をつがえた。


 体が……鵺に近付いていく。やがて―――低空を舞い、地面を叩くヒヅメの音色と並列する――。


「しゃあぁ――――――!!」

「しゃああああ――――!!」


 和弓から飛び出した2本の矢は―――その輝きは猿顔の両目に深く―――射ち込まれた。


――――――――――。


 やがてその咆哮は力を失い、鵺はその場へと倒れ込んだ。


「これが――――退魔の射手なんだ」


 *


 その光景は幻想的だった。白い鳥の背に乗りながら、それをじっと見つめて。


 虎模様の体、黒い翼。それぞれが白い霧へとなっていく。鵺の体から分離するように出てきた念も、同じようになって消えていって。空へと旅立っていく。

 薄暗い中間世界。遠くから見ればそれは灯りのようで。その様子はまるで蜃気楼みたいに感じて、ゆらゆらと移り変わる景色。


 まるでそんな風に感じて。なのに―――涙がとまらなくて。


「弥生ちゃん……」

「おウマさん………おウマさん………」


 灰色の毛をしたおウマさんに、俺の体は再生出来るから心配すんなって怒られて。

 ずっと触れてて感じてた、あの安堵感が忘れられなくて―――なのに。


 どこにもいない―――どこ? どこなの?


「どこにいるのぉぉぉぉぉぉ!! 返事してよぉぉぉぉ」


 ゆり子さんは何も言ってくれないし。亮介さんや紗雪さんも何も言ってくれない。

 ねえ? 教えてよ?? なんで―――。


「帰ろう。のんびりしてたら、次の異形がくるかもしれない」

「そうだな、すぐに戻ろう。紗雪」

「……ええ、分かった」


 白い鳥の背中に乗って空を飛んでゆく。必死に探しても見つからない、その灰色の姿を探し続けて。

 頭では分かってても気持ちが追いつかなくて。そんな気持ちのまま吉備の神社へと戻ってきて。


「神社についたわ、降りるわよ?」

「うん」


 広がっていた白い翼が小さくなった。白い鳥の背中から飛び降りて、すぐに走った。山道を駆け下りて、神社の境界へと。

 その敷地内で立ち止まりその景色を見渡した、いるはずなんてないのに。なにやってるんだろうって、何を期待しているんだろうって。

 すると後ろから声がして。振り向くと、そこにはミコト様がチョコんと座っていた。


「これ、弥生や」

「……ミコト様」

「お主もじゃじゃ馬じゃの。懐をみてみよ」

「……ふところ?」


 おもむろに懐に手をいれると、毛のような感触。

 むしるように掴むと、手を取り出し眺めた。


「灰色の毛だ……」

「そういう事じゃ。そう簡単に使い魔は消滅せぬわ。あやつは存在しておる、またそのうち会えるじゃろう」

「ミコト様……」 

「救いたくば力をつけ、恐怖にあらがってみせよ。お主が不甲斐なければ、助けれたハズじゃ。みなに救ってもらったようにの」


 そう言って体の向きを変え、ゆっくりと回廊を歩いていくミコト様。もう一度後ろを振り返り、薄暗い世界を見つめた。


 配達……本当の目的はこの気持ちだったんだ。お守りを奉納して、胸に小さな勇気が宿った気がして。怯えてた、怖かった。だけど痛感した、こんなんじゃ駄目だって。

 今まで迷っていた何かが吹っ切れた。


「決めた」


 きびすを返すと、そこには白い牛にまたがる紗雪さんの姿。牛の体には緑色の模様、ゆり子さんの使い魔と同じ模様。

 紗雪さんが牛からゆっくり降りると、私と向かいあう。その瞳は冷たいけど、その言葉には励ましを感じて。


「ねえ。目指すの?」

「目指します」


 迷いはなかった。この気持ちは変わらない、もう決意したんだ。紗雪さんが結んでいた髪をほどくと、紺色の髪をかき撫でる。そして真剣な表情でこう言った。


「そう。じゃあやる事が増えたわね」

「稽古のことですか?」

「違う、私の仕事。それとあなたが退魔の射手になったら、協力してほしい事があるの」

「それは……なんですか?」

「人探し」


 人探し? 誰を探すんだろ?


「いつか言うわ。それまで、頑張って生きててね。もう失いたくないから」

「紗雪さん……約束、します」


 紗雪さんは後ろを向くと、白い牛と一緒に歩き出す。その背中に揺れる紺色の髪と白いリボン。私が目指す、退魔の射手の背中なんだって。


「……戻りましょ。今日の晩御飯はお寿司らしいわ。明日からまた稽古よ」

「はい!!」


 私はその背中を追うように歩き出す。クールで美人な人を、そして弓が大好きなその人を――――約束します。だから、それまで待っててください。

 

 薄暗い空、陽の光を失った世界。私がこの世界で求められているものは退魔の射手としての役目。まだ見習いの射手だし未熟かもしれないけど、自分が弓を引きたいって選んだ道だから。

 その道中は険しいし、もっと稽古が必要なんだって。でも光る矢を射ってみたいって気持ちもあるんだ。それは―――やっぱり弓道が好きだからかな?

 ふと立ち止まり、空を見上げた。星一つない薄暗い空だった。


「やっぱり空は暗いな~。なんで隠れちゃったんだろう、太陽さん」


 いつかきっと、選んで良かったって思える日がくるよね。

 その時はきっと、この薄暗い空も、綺麗にみえるかな?


 再び前を向き、長い長い回廊を進んでいく。


(恋する気持ち、絶対忘れないから。そうですよね、イナリ様)

 




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