第16話

 

 かつて中間世界を照らす太陽の光があった頃、退魔の射手と呼ばれる職種は、神の使いと呼ばれていた。

 陽の光が失われた理由。それは2年前に日神ひのかみであるアマテラス様がお隠れになったから。どうして隠れてしまったのか、それはいずれかの神様によって隠されたのではないかとの事。


 陽の光が失われた結果、紅いドロドロを喰らう、通称異形いぎょうが急成長するようになった。もともと、さほど危険視されていなかった異形いぎょうの化け物。昔は退魔の射手が一人でも、十分に浄化可能だった。

 退魔の射手の役割、それは化け物の駆除。それと異形が好む念を事前に浄化すること。


 それとミコト様みたいに神社に祀られている神様は、世界を往来するための場所である神社を守るため、その敷地から動く事はしないんだって。だから自分の分身たる使い魔を射手に宿し、この中間世界を守っている。

 

 ただ他の神様達もこの世界をどうにかするべく、退魔の射手を集めているんだって。


「それと、娘の服装は巫女服だ。それには理由がある」

「りゆう?」


 揺られる振動にも慣れてきた。都心部を抜けて、ヒヅメを叩き駆け抜けながら、おウマさんは色々教えてくれてます。

 やがて新幹線の高架下、その地下道をくぐり抜け、学校のような建物を横切りアスファルトを蹴り進む。


「もともと神の使いは舞を舞う女性、つまり巫女の仕事だ。その服装でなければ、中間世界に滞在できぬ」

「じゃあ男の人に、射手はいないんですか?」

「射手はいない。だが男には射手を守る仕事がある。それは射手守いてもりだ」

「その、射手守は――」

「おい、つかまれ!!」


 そこで、体が急に仰け反る―――。

 

(そっか……来るんだ……)


「射手守は弓の代わりに武器を振るう。その力は念を浄化する事は出来ない。あくまで神が宿るかけを着用した射手でなければな」

「それって―――」

「お喋りは終わりだ。しっかり掴まれぇぇぇぇ!!」


 空から一瞬で鳥肌が立つような鳴き声が聞こえて。とっさに灰色の毛を掴んでいる手をギュッっと握ると、ここから落下しないように体を密着させた。

 なんだか鼓動が聴こえてきて。くる――――くるよ。灰色の背中から伝わるようなバクバクといった心拍数―――。


「ブラアァア!」


 真横に身体が引っ張られて――――前方に現れた黒い影―――近い。


 轟音ごうおん―――爆発したかのような破砕音。

 砕け散る黒い塊、舗装のアスファルト。

 翼を持つ何かが一瞬で目の前の場所をえぐった。

 黄色い虎模様の体、醜い猿みたいな顔をして。

 ニッタリとした赤い眼に視られて、黒丸が左から右に移動した。

 

 咆哮鳴き声――――――――。


 気味の悪い咆哮――――生ぬるい風の波。

 腐ったような嘔吐物みたいな匂いに、逆流する寸前で堪えた。

 

 赤い眼が見えなくなって、黒い翼の真横を抜けて。そこにはムチのように蛇行したなにか。でも顔がある。蛇だ―――蛇の頭みたいな尻尾。

 その尻尾も赤い目をしてて、ケラケラと笑っているようで。なぶらるように見られた。


 錯覚? 違う、錯覚じゃない。


ヌエ】混ざった体を持つ、異形の化け物。


「心配するな。俺の背中にいれば、生きれる。絶対落ちんなよ」

「………うん。うん」


――大丈夫、信じてるから。


 その影が飛んだような気がした――速い。あざ笑う木々を薙ぎ倒し、聞こえる裂けるような音。

 黒い影が低空を進む。遠い先に回り込まれて、立ちはだかる。遠いはずなのにその距離感が麻痺してるみたいで。近い、近付いていく。


 それでもヒヅメの音は緩まない、突っ切るんだね。ギュッと灰色の毛を掴んだ。

 だんだんと虎模様の体が大きくなってくる。でも目は閉じない、背けない。振り落とされないように、前をみなきゃ!!


「なぁ、弥生」

「うん?」


 おウマさんの声が聴こえた。心に響くように、ハッキリと。


『恋する気持ち、忘れんなよ―――いつか力をつけて。救ってやれよ―――ブラアァ―――』

「うわッ―――!?」


 突然体を咥えられて、宙に放り出された。

 背中が―――おウマさんの背中が――離れた!?

 嘘―――なんで。おウマさん―――イナリさまぁ―――。


 砕け散るような轟色と共に、灰色の身体が跳ね上げられて、視界から消えた。おウマさん?

 いや、いやだよ―――いやあぁぁぁぁぁ!!


しゃあ!!」


 その声が聞こえて、ポフンとした座り心地に、白い体毛―――え??


 矢風―――光の一線――――――。

 その輝きは、暗夜を照らす稲妻のように、黒い翼を貫いて―――。

 悶える化け物の咆哮――――それは下から。


(そら? 私はいま、空から見ているの??)


 考える時間なんてなくて。うごめく化け物に近付いていく白色の影が目についた。人?

 鵺は焦点の合わないような目をそこにとどめ、食い殺すように飛びかかった―――喰われる!?


「―――――ひっ!?」

「大丈夫よ。目を開けてみて?」

 

(その声は…………)


 ゆっくりと目を開けたら、キツネ色のポニーテールをした美人な女性。その微笑みは優しくて、とっても綺麗だった。


 左手には白い和弓、右手には白いかけ

 赤いラインが入った白い弓道衣に、白い胸あて、赤い袴姿。頭には白いハチマキ、背中のポニーテールより長い2本のリボン。それが袴と一緒になびいてて、すごいカッコよかった。

 

「ゆり子さん……」

「そうよ。だから絶対落ちないでね?」


 私が今いるのは、大きな鳥の背中だった。フカフカした白い体毛に、白い翼が2つ。模様のようなシマシマのラインは鮮やかな緑色。


「鳥さんの………背中?」

「正解よ。この子は私の使い魔ちゃんね〜」


 再び化け物の咆哮———。その声は足元から。

 とっさに白い体毛を掴み、身を乗り出した。


「あの人は……?」

「わたしの射手守よ。すっごく強いのよ?」

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