第8話

 神木の隣にある建物内を掃除したあと、外にあるベンチに座っていた。

 すでに空は薄暗くて、もうすぐで夕方だ。鳥さん達も近くの山へと帰っていってます。

 疲れたので。ここから白い木を眺めながら一息。

 

「ふぅ、拭き掃除終わったぁ〜。結構汚れてたな〜」


 手が濡れているせいか、左手からヒリヒリと痛みがしていた。そこでテーピングを外して手を見てみるんだけど……そもそも巻いたテープを取る時点で、もう痛いです。


「うーん、ゆり子さんはそのうち皮が厚くなるって言ってたけど、やっぱり痛いんだよな~」


 左手親指の付け根あたりの皮膚が赤くなっていて、皮がめくれちゃってます……右手はそうでもないけどな~。

 そのせいか、気難しそうな亮介さんの顔が、頭の中に思い浮かんだ。


「あの人鬼だわ鬼! でも……晩御飯は唐揚げなんだよな~。なんだかお腹すいてきちゃった」


 両手をパタンと膝の上に乗せた、そのときだった。

 吹く風はあまり強くないのに、神木の幹がゆさゆさと揺れはじめた。

 突然の出来事に、不思議におもってその様子を観察していると……。

 

「あ――」


 その神木の周辺だけ、ぼんやりと白く灯った。―――それが幻想的で。

 小刻みに揺れだした白い葉が、なにかを歓迎しているかのように思えた。

 やがてフワフワとした棉のように輝きだすと、その場をやんわり包み込む。気がつけば、そこにはぼんやりと人影。私はその姿に魅入った。


 輝きが徐々になくなると同時に、クッキリと浮かび上がる女性の姿。凛とした黒い袴姿で―――きらびやかな紺色の髪がフワリと垂れて、地面に舞い降りた。


「きれい……ほんとに、きれい」


 やがてその女性はゆっくりと目を開けたんだけど、その表情はなにか気に入らないものを見つけたかのような表情で、少し冷たかった。


(か、カッコいいかも……)


 冷ややかな雰囲気、瞳は鋭いけど美人。可愛いよりカッコいいが似合う、そんな女性だった。黒い袴を揺らしながら、こっちにゆっくりと近付いてきた。私はベンチから立ち上がる。


「あ、あの! は、はじめまして!」


 緊張した。胸がドキドキしてる。

 このひとがきっと、もう一人のオナゴ。オナゴ?

 違う違う。ミコト様がいってた、もう一人の射手。


「あなたが……そう。いったいなんのために射手を目指すのか知らないけど。正直いって不快よ」

「―――え?」


(なんで? どうして? ひどいよ……)


 その人はそういうと、その場から歩き始めた。すれ違った――でも振り向けない。

 なんだか泣きそうな気持ちなって。もの凄く悲しくて。ほんとは温かい声をかけてくれると思った。名前くらい教えてくれてもいいのに……なのに、氷のように冷たくて。

 とても悲しい気持ちになって。そんなこと、ここに来て初めてで。


「どうして? そんなに冷たいの? 弓が大好きのハズじゃないの?」


 しばらく考えてたけど、どうにもならなかった。薄暗い空、沈んだ気持ち。

 でもでも、きっと理由があるはずって、そう思うことにした。 

 悲しい気持ちのまま私は寮へと戻っていく。トボトボと歩いていく途中、道をはばむようにミコト様がチョこんと座っていた。


「あ……キツネの神様」

「じゃからミコトじゃ。さっそくフラれたようじゃの、まぁついてきなされ」

「どこにいくんですか?」


 キツネさんは何も言わず、寮とは違う方向へと歩き始めた。どこ行くんだろ?

 しばらくついていくと、弓道場を通り過ぎて、回廊を歩いたその突き当たりで立ち止まった。


「ここを曲がった先じゃ、行くがよい」

「この先に?」

「そうじゃ。あとはお主次第じゃ」

 

 私はその意味をあまり理解していないまま、突き当たりの回廊を曲がる。ちょっとした坂道を登ったその先には、小さなやしろのような建物があった。

 おそるおそる進んでいくと、小さな庭があって。そこにはさっきの冷ややかな女性が座っていた。


(お墓……なの?)

 

 真新しい石の前には紫色の花が添えてあった。両手を合わせるその後ろ姿はどこか寂しげて。その人はゆっくりと立ち上がると、後ろ向きのままこう言った。


「何をしにきたの?」

「あの……その……おかえりが、言いたかったんです……」

「なぜ? あなたと私は赤の他人。馴れ合う必要なんてないわ」

「そんな事……そんな事、言わないでください!!」


 その人はゆっくりとこっちに振り向くと、冷たい目で睨んできた。

 まるで毛嫌いされているかのようで、それが辛くて。

 なんにも喋ったことないのに、どうして毛嫌いされないといけないの?


「疲れたの。だから私はいくわ、さようなら」


 紺色の髪を揺らしながら、その人は再び私とすれ違う。姿が見えなくなって、悔しくて両手をギュっと握って。なんでそんなに冷たいの?

 だから、なにか言い返してやりたいって思った。


「なんでそんなに冷たいんですか、ちょっと待ってください!!」


 思わず力声を出して、振り向いた。待って、待ってください。

 その人はその場で足を止めると、やっぱりこっちを向いてくれなかった。

 それでも、私はこの人に伝えたい。


「私は弓道が好きです。この気持ちは、あなたと同じなんです。おかえりぐらい……言ってもいいじゃないですかぁ!!」

 

 一瞬、紺色の髪が揺らいだ気がした。それでも後ろを向いたままだけど、その後の言葉は、少しだけ嬉しい気持ちになった。


「そう……じゃあ稽古を頑張ることね」

「は……はい!!」


 紺色の髪が左右に揺れ、その人は歩きだす。私は少し距離を開けて、その人の後を追った。

 後ろをついて回廊を歩いていると、突然その人は立ち止まる。そしてこっちに振り向いた


「あなた……名前は?」

「え? あ、私の名前は、朝倉 弥生です!」

「そう、霜月しもつき 紗雪さゆき。それが私の名前」

「見習いの射手ですが、よろしくお願いします!!」

「……いこう。私もお腹が空いたから」

「はい!!」


 すると、わずかだけど笑ってくれたような気がした。それが嬉しくて、なんだか少しだけ距離が縮まった気がして。

 再び前をむいたその人の背中を見つめながら、追いかけていく。 

 今はまだ遠いかもしれない。でも、それでもいいんです。

 いつかきっと―――仲良くなれたらなって、思ってますから。


(よぉし、唐揚げ食べて、明日からも稽古を頑張るぞぉ!)

 

「今日の晩御飯はなにかしら?」

「えっと、亮介さんは唐揚げっていってました!」

「そう、能天気ね」

「へ?」


 その意味がわからなかったけど、亮介さんのことかな?

 それとも、私のことかな? うーん、ま、いっか!








 

 

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