第13話

 黙秘を貫こうとする椎名に、滝石が説明を加えた。

「交通課の職員が目撃していました。男性がスマートフォンで話しているのを。その男性はこう言っていたそうです。「次は無視しない。俺と同じ一課の刑事がクイズに答える」と。顔もはっきり覚えているそうです。面通しさせますか?」

椎名は机の天板の一点を見つめたまま答えない。

「その目撃された時間と、あんたの通話履歴にあった時間、ピタリと一致してるとこがあるの」

千里は語を継ぎ、淡々と問いかけた。

「面通し、ほんとにやるわよ。どうする?」

言い逃れできないと悟ったのか、椎名は呟くような声で告白した。

「ああ。話してた」

滝石が訊く。

「犯人とですか?」

椎名はうなずいた。

「誰なんです?」

滝石が問いただすが、椎名はまたも黙ってしまった。そのとき、千里が言った。

「あんたは同情して協力したのよね。布施の遺族に」

椎名は目を見張り、千里に視線を向けた。

「さっき、あんたの実家に行ってきた。布施とはご近所さんだったのね」

千里は語を継ぎ、推測を述べる。

「被害者三人は十年前、布施を変態呼ばわりし、貶めた。無実を信じる遺族にしてみれば、殺したいほど憎いはず。それを鵜呑みにした警察、特に管轄の七節署も。布施の妻はすでに他界してる。となると、残っている遺族はひとりだけ」

そして、言葉を放つ。

「この事件の犯人、業火の道化師の正体は布施の息子。つまり、布施亨」

椎名は千里を睨みつけた。

「まだ確証はない。でも、殺す動機にはなる。違う?」

千里が訊くと、椎名の目つきが変わり、悔恨の情を見せ始めた。

「今は布施じゃない。母親の姓を名乗ってるから、正しくは岸幡きしはた亨だ」

椎名が言うと、滝石が問うた。

「両親、離婚したんですか?」

「実刑が確定したすぐあとに、布施さんのほうから離婚届を奥さんに渡した。家族に迷惑かけたくなかったんだろう」

「じゃあ、その岸幡亨が犯人なのね?」

千里が問い詰めた。

「ああ。そうだ・・・」

椎名は静かにうなずき、打ち明けた。

「俺は当時、七節署の地域課にいた。布施さんが逮捕されたと聞いたときは目を疑ったよ。俺は捜査本部に訴えた。あの人は殺しなんて絶対やらないって。でも、あの綿矢の野郎は、全く耳を貸そうとしなかった。だから俺は、自分なりに無実を証明する証拠を探そうとした。だが、そうしてるうちに布施さんは刑務所に収容され、ついには自殺した。あのときの俺は、ぐちゃぐちゃな気持ちだったよ」

滝石が憂いのある表情で言った。

「あなたのお母さんも、布施は無実だとおっしゃっていました」

「岸幡亨とはどこで?」

千里が椎名に質問を投げかけた。

「三か月前、わざわざ本庁まで俺に会いに来た。前にも来たみたいで、俺がいることを知ったらしい。そこで彼から、母親が亡くなったことを知らされた。そのあとで、あのクイズの件を持ちかけられ、俺に協力を求めてきた」

椎名は遠い目をしながら続けた。

「そのときは、悪い妄想でも膨らませてるんだろうと思った。でも、本気でやろうとしてるのがわかって、俺は反対した。けれど、亨君の意志は強かった。彼の話を聞いてるうちに、俺の考えも変わってきた。警察の拙速で生半可な捜査には憤りを感じてたし、亨君も母親も散々苦労してきたのに、あいつら三人は素知らぬ顔でのうのうと生きてる。俺の調べじゃ、当時の桑原と足立は、布施さんのことを「性格が気に入らない」、「生理的に受け付けない」って理由で、あの人が不利になる証言をしてて、竹林は自分の名声を上げるために、執拗な取材をしてたことがわかってた。そんなくだらない私情で、布施さんの家族は人生を狂わされた。だから俺は、彼に協力することを決めた。それで帳場が立つと聞いたとき、担当係長に頼んで入れてもらった。この街の地理には詳しいからとか、いろいろ理屈を並べてな」

椎名は顔を上げて吐露した。

「亨君の頼みを受け入れたときから、俺はもう警察官じゃなくなってたんだ・・・」

そんな椎名に、千里はさらに問う。

「で、あんたは捜査本部の状況をそいつに教えてた」

顔を戻した椎名は答えた。

「ああ。電話をかけるのは亨君から。俺はそれを受けるだけ。亨君は、「自分が訊きたいことに答えてくれればいい。あとはこっちでやる」と言ってた。俺はそのとおりにした」

「私がカメラを外したとき、向こうはなにも言わなかったの?」

「俺もなにか言われるんじゃないかと思ってた。だから最初、警部がカメラの向きを変えたあと、一度は直したんだ。でも、亨君はさほど気にしてなかった。相手が反則さえしなけりゃ、それでよかったのかもしれない。配信はあくまで手段のひとつであって、一番の目的じゃなかったからな」

「岸幡の目的は、警察を辱めると同時に、父親の心証を悪くした人間を殺すこと。あの理不尽なルールやクイズは、その動機付け。「お前らのせいで人が死んだんだぞ」って、この署を通して警察に責めを負わせようとした。まさに一挙両得ってわけね」

「まさか警部がクリアするとは、こっちも予想してなかった」

千里は笑みを浮かべて訊ねる。

「私がクリアできなかったら、岸幡はどうするつもりだったの?あのときはもう、三人は殺してたんだし。柴谷を殺そうとしてた?」

「柴谷・・・」

神経を張った表情の椎名に、滝石が告げる。

「椎名さん、その十年前の事件、真犯人が見つかりました」

椎名は目を丸くした。

「柴谷を逮捕できたのか!?」

もうわかっていたかのような椎名の声色に、千里が言った。

「やっぱり知ってたんだ」

続けて滝石が訊いた。

「そうなんですか?」

口をついて出てしまった椎名は、やむなく話した。

「亨君から聞いてた。彼はこの十年間、独自に事件を調べてたんだ。最近になって、柴谷の名前が出てきた。調べを進めていくうちに、奴が犯人だという疑いが濃くなった。けれど、確証が摑めなかったらしい」

滝石が詰め寄る。

「なんで会議の前に報告しなかったんですか?」

「その前に諸星が見つけたからな。べつに俺じゃなくてもいいと思った。そんだけだ」

椎名はぞんざいに答えた。千里が推定を加える。

「岸幡にはもうひとつ目的があった。十年前の事件を警察に捜査させること。柴谷がほんとに犯人かどうかわからない。自分の調べにも限界がある。だから、無理にでも再捜査させようとした。監禁なんて強行に出てまで」

そして、千里が椎名に問う。

「もう一度訊く。クイズに正解できなかったら、岸幡は柴谷を殺すつもりだったの?」

「ああ・・。彼はそうしようとしてた。殺す瞬間を配信して、ジ・エンド。終わりにする考えだった。亨君にとっては、不完全燃焼な思いだろうが、柴谷が逮捕できたのなら、彼も自首してくれるかもしれない」

「逮捕はしてないわ」

椎名が顔を顰める。

「なに!?どういうことだよ」

「その前に逃げたの。それで事故に遭った。今、意識不明の植物状態。いつ目が覚めるかわからない。でも自供は取れてる。だから正式に再捜査すれば、必ず逮捕できる」

椅子の背にもたれかかった椎名は強く懇願した。

「絶対、上に掛け合ってくれよ。緋波警部はキャリアなんだろ」

「わかってる」

千里は固い決意で言った。

「で、岸幡は今どこにいるの?」

そう訊ねた千里に、肩の力を抜いた椎名は答えた。

「おそらく家か、通ってる大学のどっちかだろう。バイトはしてないって言ってたからな」

「その家の住所は?」

今度は滝石が訊いた。だが、椎名は首を振った。

「知らない」

「なら大学は?どこの大学に通ってるんです?」

都学院とがくいん大学だ。そこの四年で、情報科学部にいる」

それを聞いて、滝石が千里に教える。

「七節町内にある私立大学です」

千里は独り言のように呟いた。

「情報処理の知識も技術もあるってことね・・・」

椎名は笑みを浮かべる。

「亨君はその点については強かった。中学の頃に国家資格の勉強してたほどだからな。今ならもう、いくつか取ってるだろうよ。大学にも推薦で入ったぐらいだ」

千里は滝石に指示を与える。

「滝石さんは捜査本部にこいつのこと伝えて。それと、警官を何人か連れて来て」

「わかりました」

滝石が取調室を出ると、千里は椎名に言った。

「あんたは殺人ほう助の罪になる。刑事なら理解してるわよね?」

承知しているかのように、椎名は粛然しゅくぜんとうなずき、最後に訊いた。

「亨君と話してたのを見られたから調べたのか?」

「違う。あれは滝石さんが偶然手に入れた情報。私はそれより前から調べてもらってた」

懐疑的な表情の椎名に対して、千里は語を継ぐ。

「捜査本部に内通者がいると気づいたとき、そいつは電話で犯人に伝えてるんじゃないかって考えた。もちろん、リスクが低い自分のスマホで。メールやメッセージのほうが便利だけど、内容なんかの証拠が残るし、削除しても復元ができる。でも通話なら、録音しない限り音声は復元できない。だから私はまず、関係者の通話履歴を調べるように指示したの。もっと外堀埋めてからにしようとしたけど、滝石さんの情報でその必要がなくなったってわけ。最初は内通者から連絡したと思ってた。けど履歴を見てわかった。実際は犯人から連絡してたのね。あんたの話で裏も取れたわ」

千里の詳述を聞いて、椎名は呟いた。

「そういうことか・・・」


 取り調べを捜査一課の刑事に任せた千里と滝石は、捜査本部にいる堀切のもとへ向かった。

「番号の名義、わかった?」

千里は椎名に聴取する前、幸穂から教えてもらった電話番号の持ち主と、その住所を堀切に調べてもらっていた。

「はい。岸幡亨の名義で登録されています。住所はこちらです」

堀切はデスクトップパソコンの画面を見せた。そこに表示されている住所を、滝石は手帳に書き留めた。

「まずは岸幡さんの自宅を当たってみますか?」

滝石が言うと、千里は小さくうなずいた。

「そうね」

そして、堀切に礼を述べる。

「ありがと」

堀切の肩をポンと叩いた千里は、滝石を連れ立って早速、岸幡の自宅へ行こうと歩みを進めたとき、背後から高円寺に声をかけられた。

「緋波警部」

千里が振り返る。滝石もつられて後ろを向いた。無断で再捜査したことを責めてくるのかと思われたが、そうではなかった。言いづらそうに高円寺が訊ねる。

「管理官から・・、連絡なかったか?」

「は?あるわけないじゃん」

千里が答えると、滝石が高円寺に問いかけた。

「なにかあったんですか?」

「実は・・、管理官と連絡がつかないんだ。べつに行方不明になったわけじゃない。本庁にいるのは確かだ。直接行ってきたから間違いない。だが、なんやかんやと理由を付けられて会ってくれない。門前払いだ」

説明した高円寺に、千里が言った。

「だから?」

「十年前の事件についての話が訊けないんだよ」

「滝石さんからも聞いてるでしょ。犯人ならわかってるし、クイズにも答えられる」

「けどなあ。一応、捜査を担当した管理官からも、当時の事情を訊いておく必要があるだろ」

「あっそ。訊きたいなら自分で勝手にやれば」

千里は知ったことかと背を見せ、立ち去っていく。滝石は高円寺に軽く礼をすると後をついて行った。


 覆面パトカーで向かった岸幡の自宅は、近代的な二階建てのアパートだった。その一階の角部屋が岸幡の部屋だった。しかし、当の本人は留守であった。

「いませんね。大学行ってみますか?」

そう訊いた滝石に、千里が言った。

「いや、部屋が先」

「令状もなしに入れませんよ」

滝石の言うとおりであるが、椎名の供述だけでは令状が取れるかどうかは不確実だ。柴谷のときもそうであった。捜査で名前すら上がっていない人物の自宅に、裁判所が捜索令状など出すわけがないからだ。事件へと繋がる証拠がこの部屋の中にあるはず。少しでも早く摑みたい。このまま引き下がりたくはない。千里は思い立って命じた。

「私の責任にしていいから、開けてもらって」

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