第3話 炒飯透明

 相手から見えないという透明化によるデメリットは相当大きい。相手側の回避はないため、必然的に前後左右を警戒しながら歩くことになる。透明になれたからと言って、必ずしも利便性が高まるとは言えないかもしれない。

 駅前に何とか辿りついた。正直、透明になってもやりたいことが中々思い浮かばない。行きつけの中華屋に向かう。まずは腹ごしらえだ。

 カウンターの空いた席に座る。その瞬間に臀部に衝撃があり、スローモーションになりご飯粒が宙を舞った。思わず、のけ反って壁の方に背中がついた。

「痛いよ!」

 声がするがどうもおかしい。近くには誰もいない。三席離れた中年の男が訝しげな視線を向ける。声の主はさらに声を上げる。

「はっ? 誰もいない!?」

 その声は椅子の空間から発せられていることに気がついた。カウンターには飛び散った米粒がある。炒飯を食べていたのだ。つまりこのエリアに。

(透明化した人物がいる)

 まさに自分と同じ体験者である。彼が食事している最中に、私はそこに座ろうとして背中に乗っかり彼は炒飯を吹き出したわけだ。すぐさま謝罪をしようとしたが、躊躇する。つまりは相手も透明のこちらのことはわかっていないのだ。同じ透明化の体験者同士、揉め事になると厄介かもしれない。

(一度、距離をとって観察してみよう)

 ゆっくりと後退りをする。店内は静まり返っている。

「誰もいない」

 カウンターの透明化の男、ここでは透明炒飯と名付けさせてもらうが、その男の声色がはっきりと変わったのがわかる。

「なるほど」

 緊張感に生唾を飲みたくなる。

「つまり、オレと同じ能力者か?」

「ぷっ」

 不意をつかれた台詞に笑ってしまった。透明炒飯は直ぐに反応した。

「やはり、そうか。お前も同じ修羅の道を」

 腹が痛すぎる。笑いを堪えるのがここまで大変とは。

「まあ、いい。透明というものはそういうものだ」レンゲが皿に当たる音と咀嚼音が聞こえる。「隠と陽では明らかに隠。影となり暗躍するのが我らの運命(さだめ)」

 腕とお腹の皮を指で必死に捻じる。

「下手に馴れ合うよりはマシだ」ドンという音と同時にプハーと聞こえた。ビールを飲んでいるのだろう。おそらく悪い男ではない。席を一つ空けて座る。ガシャンと椅子が鳴る。

「粗相をして申し訳ございません。同じ能力者です」

 数秒の間の後に彼は言った。

「我が同志よ」

 姿は決して見えないが何となく光景が目に浮かぶ。この男と関わったのは失敗かもしれない。

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