第12話 鉄腕の子犬(12)

 

『このヴァントーズを、ディバインソードを、<カドゥケウス>を、よくも、よくも、よくも、ここまでコケにしてくれた』

 そう叫ぶヴァントーズからは普段の余裕がすっかり失われ、その声は怒りと苛立ちに満ち満ちていた。激情に我を失った彼は、鎧を失ってすっかりみずぼらしくなった<カドゥケウス>を操り、すでに動かなくなった<ディノブレイダー>へと執拗に攻撃を浴びせ続ける。

 数々の秘策により<カドゥケウス>の武装を封殺することに成功したクウだったが、それでも両機体の体格差は大人と子供ほどに離れていた。一度組み伏せられ、一方的に殴る蹴るの暴力を浴びせられ続けたら、彼女にはもうなす術がない。

 せっかくコトーに修理してもらった<ディノブレイダー>もすでに大破し、現在はもうかろうじて人の形を保っている鉄塊でしかなくなっていた。

 パイロットの乗る胸部にも幾度となく攻撃が加えられ、比較的頑丈に作られたハッチもひしゃげてコクピットが剥き出しになっている。

 飛び散った破片で切ったせいだろう。クウの視界は真っ赤に染まっているのだが、血を拭おうにも先ほどから右手が全く動かない。それどころか右半身の感覚がごっそり消えているため、腕が胴体についているかどうかも定かではない状態だった。

『このガキが、ガキが、ガキが、ガキが』

 そんなクウを足蹴にして、壊れたレコードのように同じ言葉をくり返し続けるヴァントーズ。その呪詛のような罵声を聞きながら、薄れゆく意識の中でクウはぼやく。

「あぁ、もう……」

 抗えない暴力。

 自分はこんな理不尽に抗うために力を求め、ギア・ボディに乗ってきたのに。

 少しは強くなった気でいたが、結局より大きな力に押しつぶされただけだった。

 もしかして、わたしは間違っていたのだろうか?

 一瞬、そう考えたクウだったが、生来の負けん気がそれを否定する。

 いや、違う。ただ、単純に力が足りなかっただけなのだ。

 自分にもっと力があれば、きっと結末は変わっていた。

 だからこそ、やはり思う。

「なりたかったな、人間以上……」

 そう呟き、クウが意識を手放そうとした瞬間、通信が入った。


『まだ生きてるな?』


 それは、彼女にとって馴染みのある声だった。

 クウの憧れた機械の身体を持つ男、コトー・ミナガルデ。

 人間以上の力を持ちながら、家族の元に帰れず苦しんでいた可哀想なサイボーグ。

 息も絶え絶えのクウが返事をできないでいると、その声は続ける。

『……本当にすまない。最後の最後で怖気付いてしまった』

 一体何を言っている?

 朦朧とした意識の中で、男の意図を読み取れずにクウは戸惑う。

『だが、ここで君を見捨てたら、妻や娘のもとに胸を張って帰れない。そう思ったら自然と覚悟が決まったよ』

「……!」

 その口調から滲み出た感情に、クウはようやく気がついた。

 なんとか呼吸を整えて、短いながらも言葉を紡ぐ。

「だめ」

『僕の<ハンター>はもう、まともに戦うことはできない。でも運が良いことにジェネレーターと背中のバーニアだけは無傷だったんだ。だから、こういうことができる』

「やめて、おじさん」

『そう言うなよ。見たがってただろ? 超音速……』

 その言葉と同時に、真っ暗なトンネルの奥底から眩い閃光が迸った。

 その光に気づかず、ヴァントーズが声を荒げる。

『壊れた歯車がっ、さっきからブツブツと何をっ!』

『歯車歯車と五月蝿いんだよ』

 自らの肉体を奪った怨敵の言葉を遮り、コトーは静かに囁いた。


『お前はここで、その歯車と共に死ぬんだ』


 それが、ヴァントーズ……ギルス・デルフォイの耳にした最期の言葉だった。



 アウター最新鋭のA級ギア・ボディ、<ハンター>には、センチネルのディバインソードに対抗するため、二つの特殊装備が備わっている。

 一つはディバインソードが持つ電磁装甲を模倣し、発展させた両肩のバリアフィールド発生装置。そしてもう一つが、その背中に備わっている翼状の大型バーニアである。

 ハイマニューバで動かせば起動から僅か数秒で機体をマッハ5まで加速することができる、人の身では到底扱いきれない神速の翼。

 その翼を全開に広げ、長いトンネルの中で十分な加速をつけた上で標的に向かって全体重を乗せた飛び蹴りを叩き込む。それが、コトーの使った最後の切り札だった。

 10t近い質量を持つギア・ボディがその身を巨大な弾丸に変え、超音速で飛び込んできたのだ。いくらディバインソードの装甲が頑丈と言えども、電磁装甲を展開していない<カドゥケウス>ではひとたまりも無かった。

 だがその衝撃は、バリアフィールドを失った<ハンター>自身にも等しく襲いかかる。

 つまり……、

「…………」

 遠くからヘリのローター音が聞こえてくる。

 恐らく戦闘の終了を把握し、回収に来たどちらかの勢力のものだろう。

 アウターか、それともセンチネルか。どちらだろうと構わなかった。

 クウはボロボロの身体をなんとか動かし、コクピットから取り外した聖杖を文字通りの杖にして、倒れた<ディノブレイダー>のコクピットからゆっくりと這い上がる。

 全てが終わった戦場跡には、大小様々な鉄屑が散乱していた。

 崩れ落ちた<カドゥケウス>の巨体と、その胸部に突き刺さった<ハンター>の下半身、そして衝撃でちぎれ飛んだのであろう、近くに落ちた上半身。操縦席があった場所はぺしゃんこに潰れており、そこにある鉄屑がギア・ボディのものなのかサイボーグのものなのかを判断するのは、もはや不可能と言っていい。

「本当は帰りたかったくせに」

 霞む視界をなんとか動かし、それらの鉄塊を眺めながら少女は呟く。

「……おじさんの馬鹿」

 消え入るように掠れたその声を、聞き取れる者はどこにもいなかった。

 ただ、少女のカチューシャに繋がったままの小さいキューブだけが、小さく赤く、点滅していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る