第5話 ルーネの溜め息【ルーネ・クリスタ視点】
―――エレノアが休暇に入った数日後
◆ガルム・クリスティーネ公爵邸にて
「な、何だとっ......!?」
「ガルム公爵様、落ち着いて下さいませ!」
「ルーネ君、何で我が娘......エレノアがしばらく休むと教えてくれなかったんだ! しかも、いきなり! 手紙を100通以上出してるのにうちの娘から連絡がずっと来なくて、めちゃくちゃ心配したのだぞ!?」
「ひぃいい......!」
何で私がこんな事を伝えなくてはならないのですかエレノア様! 引き継ぎはちゃんとしたとか言いながら、肝心のエレノア様のお義父様には何も報告してないとか......はぁ。もう、勘弁して下さいよぉ......
「ルーネ君! 娘に伝えてくれ、たまには実家に顔を出しなさいと!」
「は、はいい......!!」
ガルム・クリスティーネ公爵、序列第2位の執行者【白銀の剣聖】エレノア・クリスティーネの義理の父親である。年齢は52歳で高身長の髭を生やした壮年の男性だ。エレノアは10年前にクリスティーネ公爵家に養女として迎えられ、当主のガルムに大層可愛がられているのだ。
ガルム公爵はエレノアの派閥、【白銀派】の重鎮でいつもエレノアの事を陰ながら支えている重要人物である。エレノアの派閥がひとつに纏まっているのもガルム公爵の影響が大きい。
「な"ん"て"......エレノア......パパは悲しいぞ!!」
「が、ガルム公爵様......!?」
エレノア様がガルム公爵を苦手な理由は何となく分かります。この方は、とにかく超が付くほどにエレノア様の事を実の娘として大層可愛がっているのです。過保護過ぎて正直周りもドン引きするレベル。世間から見たら親バカと言うやつですかね......
(そうえば、あれから一週間くらい経つのにエレノア様から一切連絡が来ないのも気になる。私も仕事に追われて忙しかったからあんまり余裕は無かったですが......後でエレノア様の家にお邪魔して様子を見てみよう。あの赤子の事もどうなったか気になるし)
てか、ガルム公爵様泣きすぎでは......普段は貫禄や威厳もあり頼もしい御方なのですが、エレノア様の事になると途端にこれです。
この方は我が帝国の三大公爵の1人に君臨する由緒正しきクリスティーネ家の現当主様である。貴族社会の中でも一目置かれるガルム様は、何と元冒険者でSランクと言う最高峰のランクまで上り詰めた凄い御方なのです。
異名は【
フローリア帝国とアルシア王国との戦いの際には、敵国のアルシア王国が誇る最強の金剛重装歩兵団を手勢僅か500で打ち破り、更にはキースウッド攻防戦にて、砦を10万の大軍から死守した等と言われる数多くの功績を残している御方だ。そんなガルム公爵様ですがエレノア様と出会ってからは、かなり丸くなったそうです。
「エレノアはちゃんと栄養のあるご飯食べてるか? 風邪とか引いて無いか? パパが居なくて寂しいとか言って無かったか? あぁ......色々と心配だ。こうしちゃ居られん......やはり、エレノアの所に直接......」
「ガルム公爵様、大丈夫です。エレノア様は元気ですよ。今エレノア様が長期休みを取られてるのも、とあるエルフの赤子の面倒を見ているからです。引渡し先が見つかればまた公務に戻られると思いますよ」
「ほう? エルフの赤子か。ならば、その子もここに連れて来るが良かろう」
「え?」
「エレノアに伝えといてくれ。ご馳走を用意して待ってると!」
「は、はい......分かりました」
てか、何で私がこんな事してるのだろう......ただでさえ仕事の量が物凄く増えたのにこんなことしてたら、一向に仕事が終わらない。エレノア様もご自分のご家庭の問題とか自分で何とかして欲しいものですよ。はぁ......
「ルーネ君もいつでも遊びに来ても良いからな。ルーネ君は我が家族同然だ! 何か困ったら、遠慮無く私を頼ると良い。今後もエレノアの事をどうか宜しく頼む」
「は、はい! ありがとうございます♪ 精一杯エレノア様をお支え致します!」
私は失礼しますと言って、逃げる様にして部屋から出るのであった。
――――――エレノア宅――――――
「はぁ......ガルム公爵様の御屋敷からエレノア様の家まで馬車で向かうだけで、半日の時間を費やしてしまった......私一体何してんだろ」
ガルム公爵様の豪邸とエレノア様の家は馬車で半日分くらいの距離があります。エレノア様のお住まいはとても質素です。と言うか平均的な一般庶民の家よりボロくて古い。とてもこの国の序列第2位の執行者が住むような家では無いです。まあ、謙虚で庶民感覚があるのは素晴らしい事ですけどね。
「着いた......エレノア様のお住いに来るのは久しぶりね」
私が扉をノックしようとすると、突如家の中から唯ならぬ悲鳴が聞こえて来たのです!
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛サレンちゃん♡可愛いよぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!」
え、今の声は何!? ま、まさかエレノア様の身に何かあったと言うの!?
(エレノア様を狙う輩も沢山居るのは事実。これは一刻の猶予を争うかも......こんなエレノア様の情けない悲鳴?を聞いたのは初めてです! これは何かあったに違いありません!)
不覚。いくらエレノア様がお強いとは言え。護衛を複数人付けて置くべきでした。もし、万が一にエレノア様に何かあれば......いえ、そんな事は考えるのはやめよう。今私に出来る最善を尽くすんだ。エレノア様ならきっと大丈夫!
―――ここは窓から強行突破するしか無いですね。最短でエレノア様のお部屋に入り、刺客を討つ! エレノア様! この忠臣ルーネ・クリスタが参ります!
―――ルーネは緊迫した表情で、額に冷や汗をかきながら窓ガラスを割り庭から部屋の中へと侵入を果たした。
「エレノア様! 大丈夫ですか......!?」
「わっ......!? え、何......!? あれ? ルーネ?」
「ばぶっ!」
ん? え、何も......起こってない。敵に襲われた訳では無い? じゃあ、さっきの悲鳴は何?
「もう、びっくりしたなぁ。ルーネったら......入るならちゃんとドアから入ってよ」
「あ、すみません......エレノア様の悲鳴が家の中から聞こえて来たもので......何事かと思い」
「え、もしかして聞いてたの?」
「あ、いえいえ。何を仰ってたのかは分かりませんよ。上手く聞き取れませんでした」
「そ、そう......なら良かったわ」
とりあえずエレノア様の御身に何かあった訳では無かったので一安心です。それにしても先程の悲鳴は何だったのかな? 私の幻聴? やはり睡眠不足は良くありませんね。なるべくしっかりと寝る様に心掛けよう。
「エレノア様、一体何をしてるのです?」
「ん? 何って、見れば分かるでしょ? ルーネ達に差し入れしようと思って、【
「あぅ〜まんま!」
「あらあらぁ、サレンちゃんどうしたの♪」
エレノア様のエプロン姿にも驚きましたけど、今良からぬ事を聞いてしまいました。エレノア様のお菓子......趣味がお菓子作りなのは良いのですが、エレノア様の作るお菓子は最早殺人兵器と言っても過言では無いです!
剣の腕や戦闘面に関しては、エレノア様の横に出るものは居ませんが、料理、お菓子作り、家事全般の方は救い用の無い程に壊滅的で、特に不思議に思うのがどうしたら普通の食材や材料が毒になるのか本当に謎です。
私や精鋭部隊【白狼】のみんなは、エレノア様のお菓子を食べ続けた結果、メンバー全員の抗体に猛毒耐性が付いてしまう程ですからね。エレノア様が作るお菓子は危険なのです!
「サレンちゃんにはこっちのミルク出ちゅよぉ♡」
「あーう!」
「え、ママのミルクが良いの? もう、しょうがない子ですね♪」
いや誰!? 何だか私の知ってるエレノア様じゃない......こんなキャラでしたっけ!? この一週間の間に何があったのです!? あの凛々しくて格好良いエレノア様はいずこへ? まあ、これはこれで素敵ですが、エレノア様は仮にも執行者なのですよ!? しかも、序列第2位!
「エレノア様、その赤子......サレンちゃんの引き取り先は見つかったのですか?」
「いえ、探して無いわよ」
「え?」
「ルーネ、私は決めたの......この子のママになるの!」
「......」
「私、今日から専業主婦になるわ! もう執行者を引退して、育児とお菓子作りに......」
「待って下さいエレノア様! それは流石に駄目ですよ!」
「私は目覚めてしまったのよ。愛と言う名の母性に!」
「ちょっとエレノア様!? いきなり何を言うのですか!」
え、嘘......目がマジだ。エレノア様、冗談では無く本当に言ってるのかしら?
「そんなふざけた事を言わないで下さい! それとガルム公爵様がお呼びでしたよ。たまには実家に顔を出しに来なさいとの事です」
「ううっ......お義父様かぁ。流石にそろそろ顔を出さないと不味いわね」
「はい、大層ご心配なされておりましたよ。なので行ってくださいませ!」
ルーネの苦労はまだまだ続くのであった。
過保護なエレノア★フローリア帝国の執行者序列第2位、【白銀の剣聖】の異名を持つ剣姫の子育て奮闘譚 二宮まーや @NINOMIYA_M
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。過保護なエレノア★フローリア帝国の執行者序列第2位、【白銀の剣聖】の異名を持つ剣姫の子育て奮闘譚の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます