第37話 萎縮

(いつも通り2倍でいいか。)


「ゴウッ」


エルは無造作にパンサーとの距離を詰め、鋭い突きを放つ。当たったと思った瞬間パンサーの身体が沈みこみ、ギリギリで避けられる。それがとても衝撃的だった。速さはハインやイグニスには遠く及ばないが、あのタイミングでは普通避けられない。きっと彼は目が異常に良い。


「…一つ聞きたいことがある。」

「な、何かな?」

ピクリと体を震わせながらも何とか返答するパンサー。さっきはギリギリで攻撃を躱すことができた。だが、目の前の彼には数段上のステージがある。およそ、自分が敵う相手だと思えない。

「お前はどこ出身だ?」

「…僕はニガレオス王国出身だよ。」

「なるほど。黒獅子の国か。」

黒獅子は現英雄だ。この大陸でも3人しか存在しないうちの1人。7王国最弱のニガレオス王国に産まれ、中堅国家へと引き上げた猛者。それゆえ、彼が居なくなればかなりの規模の揺り戻しが起きると見られている。少なくとも黒獅子に奪われた分の領土を奪還しに隣国は動くだろう。

(それを防ぐには力ある後継者が必要だが、黒獅子は英雄。見劣りするのは避けられないだろうな。英雄は願って誕生するものじゃない。)


「…そうだね。」

パンサーの顔がより一層硬いものとなる。震えは収まっているが、身体ごと硬直してしまっているかのようである。


その様子を見て、エルは訝しむ。どうも期待を一身に背負って、プレッシャーを感じてるというふうでもない。どちらかというと苛められているような雰囲気だ。

(…分からない。何がこいつをそんなに追い込んでいる?)


エルの疑問の答えはすぐに判明した。それは観客席からパンサーに投げかけられた言葉に含まれていた。

「パンサー! レオパルド様から稽古をつけられてたんだろ! そんな奴に負けんなよ。」

「そうだそうだ!」

「つーか、何でレオパルド様はパンサーなんかに稽古をつけたんだ? パワーもないのに。精々すばしっこいだけだろ?」

「どうせ家のコネでも使ったんだろ。レオパルド様の奥方はあいつの血縁者らしいし。」

「えっ、それって本当だったんだ。ショックかも。」

「マジだよ、マジ。そうじゃないとレオパルド様があいつなんかに稽古をつけるわけないよ。」


新入生が好き勝手にパンサーをこき下ろす中、それに上級生まで便乗し始める。

「なあ、知ってるか? 結構前にアルブム王国に負けたことがあったろ? それってあいつの祖父が撤退命令も出てないのに勝手に撤退したかららしいぜ。」

「それ知ってるわ。俺も聞いたことがある。」

「えっ、そうなんだ。じゃあ、その人は軍法会議にかけられたの?」

「いや、それがかけられてないんだよ。」

「それって…」

「ああ、そういうことだ。見えざる力が働いたんだろうよ。」


黒獅子に稽古をつけてもらっていたパンサー個人に対する嫉妬、そしてライバル国に負けた戦犯の親族、この2つの要素が大きくパンサーを縛っていた。

だが、周りでそれを聞いている各国の生徒たちはさすがに呆れ果てるほかない。曲がりなりにも同じ国の生徒がシード争いに参加しているのだ。たとえ異なる派閥の人間であったとしても応援するのが筋というもの。むしろ、それで器の大きさが分かるだろう。人は狭量な器の者には付いていかない。貴族としてそれは理解しているはずなのに、ニガレオス王国の者たちはパンサーを批判するばかり。これではあまりにもパンサーが可哀相だ。話を聞く限り、黒獅子は彼に期待しているというのに。


「フンッ、ひどい奴らだ。彼は懸命に戦っているのに!」

「妬ましいんだろうねー。普通の人間じゃシードにはなれないから。」

「上級生も悪口を言っているのが理解できないな。そこは一年を窘めるべきなのにな。」

エルグランドもラーウス国の生徒には一部を除いてそこまで歓迎されていないが、表立って批判する声はない。所々応援する声が飛ぶくらいだ。


(…そういうことかよ。胸糞悪ぃな。弱者が喚きやがって。いざとなったら強者に頼る分際でよォ。テメエらは祈っとけばいいんだよ、無様に膝をついてなァ。)

「パンサー、お前はどうやら応援されていないようだな。」

エルは攻撃を止め、パンサーへと話しかける。彼の才能を潰すのはもったいなさすぎる。少なくとも凡人どもに潰されてよいものではない。彼一人で何人分の価値があるだろうか? 百人の無能より一人の有能を生かすべき。世界を動かしているのは一握りの人間なのだから。そんな彼らさえプレイヤーには完全になれていない。


「…そうみたいだね。」

パンサーの声には諦めが漂っている。それがエルには腹立たしく感じられた。己の2倍と渡り合える人間なんてそうはいない。それなのにその人間が卑屈なのは己まで貶められているような気がする。

「お前は何のために戦う?」

「…分からないよ…。」

パンサーは俯いてしまう。本当に自分は何のために戦っているのだろうか? 本来は仲間なはずの人間に罵倒され、家族からも汚名を晴らすことを期待され、黒獅子にも特別扱いされる。こんなこと決して望んでいなかった。ただ、普通に楽しく暮らせたらそれでよかった。

「あいつらが言うにはお前は黒獅子に稽古をつけられていたらしいが、それは事実か?」

「うん…、事実だよ。でもコネなんか使ってないよ、うちにはもうそんな力なんてないんだ。」

「ならどこで目をつけられた? まさか道端でスカウトされたわけじゃないだろう?」

「…小さい時に剣の大会が開かれてね、そこで声をかけていただいたんだよ。」

両親は汚名を返上することに妄執している。その気持ちは分からないでもないが、自分がやらかしたわけでもないのに、背負わされるのはしんどい。


(なるほど。きっと黒獅子は理解したんだろう、こいつが後継者だと。俺もそう思う。…こいつは俺よりも才能がある。ただ残念なことに周囲が理解していない。)

「…一つ言ってやる。お前は強い。」

「そんなことないよ。」


「ゴウゥ」


「くっ…」


やはりパンサーはギリギリで避ける。先ほどよりも強い出力で放ったというのに。

「弱者にそれは避けられない。もう一度言うが、お前は強い。」

「…。」

パンサーは反論しない。正直、自分でも人並みよりは強いと朧気ながらも思っていたから。そして、それを誰もが認める強者に肯定されたのだ。もはや反論の余地はない。

「――それともう一つ。背負う価値があるかどうかは背負う側が決めることだ。背負われる側が決めることじゃない。」

「ッッッッッッ!?」

今度こそ完全にパンサーの身体が硬直する。まさに雷に打たれたかのようだ。呼吸までままならなくなってくる。

「お前は背負う側だ。選択権がある。さぁ、どうする? ちなみに俺なら背負わない。あんな奴ら背負う価値もない。」

エルはチラリと観客席の方に目を遣る。相も変わらず、応援の声が聞こえない。代わりに失望の声が聞こえてくる。

(シードにすらなれなかった奴らが随分と勇ましいことだ。…ニガレオス王国の未来は暗いな。)

「お前は初手で失敗した。彼らに力を示さなかった。その結果があれだ。しかもお前が力を示せば示すで、彼らは掌を返すだろう。さて、ここでクエスチョン、本当に彼らを背負う価値はあるでしょうか?」

「………。」

パンサーはその問いに答えられない。今まで持っていなかった視点を急に与えられ、戸惑ってしまう。

(悩めよ、パンサー。悩みながらも出した解には意味がある。)

どれほど絶望的な解でも無いよりはマシだ。解があれば先に進める、または先が無いことが分かるかもしれない。解があるのと無いのでは違いすぎる、まさに天地ほどの差があるのだ。











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