第34話 意見交換

(…なるほど。気にしてたのはそれか。)

エルが灰人になれば、フェーベル家を長とする派閥の凋落は決定的。その果てに待つ混乱を危惧しているのかもしれない。

もしくは――

「…正直に言うと、今のところなるつもりはない。」

「そうなの?」

「ああ。今の灰人はまだ若い。あと十年は現役だろう。そんな状況下で、俺が軍に入ったところですぐには灰人にはなれない。むしろ体よく使われるのがオチだ。そんなのゴメンだ。」

(それに軍の上層部もフェーベル家の派閥が大多数だからな。俺が灰人になったところで恒久的にハーブルルクスが軍部を取れるわけでもない。)

そもそも現在のハーブスルクスには軍部を牛耳るだけの人材がいない。どうしても主戦場が政治である以上、そういう家柄しか集まってこないのだ。

(それよりも司法を取りに行くかもな。今のハーブルルクスじゃ、不可能でもない。父上が本気で仕掛ければ取れるだろう。)


「そっか…。」

「だから注目すべきは俺じゃない。それよりも父上かランデス兄上に気を付けた方がいい。特にランデス兄上は次の当主だからな、どういうハーブルルクスにするのか、分析すべきだろう。」

「…敵わないなー、エルには。」

「腐っても貴族の子供なんでね。」

(俺が灰人になれば、父上がランデスを廃嫡して、俺を当主に据えるかもしれないと思ったんだろうな。…ハーブルルクスの当主ねぇ、なりたいとは思わないなぁ。父上の部下が邪魔すぎる。掃除から入らないといけないっていうのが怠い。ランデス兄上が父上の影響力を含めて完全に排除できるかが見ものだな。)

だが、それこそが父の望む次代の後継者だろう。人の上に立つ者は強く在らねばならない、あるいは強くなくとも強いように見せないといけない。弱ければ奪われるだけだから。

(ほんとクソだよ、この世界は。)


「話は変わるけど、あの予選の決勝の相手強かったよねー。」

聞きたいことを聞き終えたのか、テオが違う話題を振ってくる。その結果、先程までの張りつめた空気は霧散した。エルとしてはもう少し突っ込んだ話もくるかもしれないと思っていただけに、肩透かしを食らった気分だ。

(…俺の答えに納得したのか? 感情を隠すのがうまいな、こいつ。テオって長男だっけ?)

深い教養に読みの鋭さ、そして空気を読む力、およそ大貴族として必要なものが揃っている。幼い頃から次期当主としての英才教育を受けてきたのだとしたら納得だ。テオからはセンスだけではなく、家が積み上げてきた確かな蓄積も感じる。もしかしたらシーメンス家において、最高傑作なのかもしれない。だがエルからすれば――

(駄作だ。残念なことに、貴族にとって最も大事なものが欠けている。野心がない以上、それほど上には上がれない、…上がる気もないんだろうが。)

テオからはやる気が感じられない。裏を返せばやる気がなくともそれなりにこなせるということだが、それでは頂点には一生手が届かないだろう。父でさえ届いていないのだから。


「イグニスだろ? たぶんあれは次期日照だな。大事に育てられてる印象を受けた。」

「そうなんだ。彼、途中から覚醒してたよね。何かしたのー?」

「いや、してない。あいつが最強最強、うるさかったから、どうしてそんなに最強になりたいんだ?って聞いただけだ。」

(それで自分の柱となる根源理由を自覚したと。…八割、俺のおかげか。)

「へー、それで何て答えたの?」

「…大事なモノを守るためらしい。」

エルは苦々しい思いでそう口にする。自分には大事なモノなんて一つもない。何なら明日死んでもいいくらいだ。でも自殺だけはしない。それでは完全に世界に負けたことになる。膝は折れどもかすかに残る何かが己を引き留めていた。

(生きている以上、生きるさ。たとえ希望がなくとも、な…。)


「そっか。彼は覚悟を決めたんだね、凄いや。」

「だな。あいつは国全部を背負うつもりだろうよ。」

「仕方ないね。それが日照というものだから。…本当は王族がその役目を引き受けないといけないんだけどね。」

エルがテオの顔を見ると、彼は軽蔑しているかのような顔をしていた。きっと思うところがあるのだろう。ラーウス王国も似たようなものだから。エルとしても分からなくはない。本当のトップは王族なのだ。まかり間違っても称号持ちではない。

「…結局は軍事力が物を言うからな。大陸の情勢も今は落ち着いているとはいえ、小競り合いはどこでも起きてる。崩れるときは一瞬だ。」

(今の大陸は英雄を中心とした均衡がある。問題は彼らが死んだ後だ。間違いなくパワーバランスが崩れ、不穏な雰囲気となる。ま、どうでもいいけど。最悪、ラーウス王国が潰れたところでハーブルルクスは倒れない。むしろ、絶好のチャンスだろう。)

今のハーブルルクスは小国と変わらない。それだけ基礎があれば大国に化けることも可能。特に己が居れば軍事の面は問題ないだろう。

(まあ、そうなったら――)


「物騒だね、ほんと。」

「まあ、そんなことは言ったけど、大丈夫だとも思っている。七大国が協調して、スペスを作ったんだからな。各国にも反戦派がいるだろ。」

「問題は彼らに力があるかだね。」

「それは知らん。」

「だよねー。…案外、衛星国にも気を付けた方がいいと思うんだけどね。」

「そうだな。むしろ、そっちを危惧すべきかもしれない。」


大陸中央部に中立都市スペスが存在し、それを囲う形で七大国が存在している。そしてその外側にさらに衛星国と呼ばれる小国群が存在するのだ。七大国はそれぞれ自国に近い小国を従属させている。だが、その小国がその形に納得しているとは限らない。


(いや、あえて七大国が従属国に戦争を引き起こさせる可能性もあるな。きっとどの国も併合したいと思っているはず。)

七大国が従属させるだけにとどまっているのは、各国がパワーバランスに配慮した結果だ。どの七大国も両隣には異なる七大国が存在するため、無茶な動きは出来なかった。いくらなんでも両方を相手取るのは厳しい。

(ただ、大義名分があれば別だ。従属国が離脱するような場合には、実力行使をしても他国は黙認するだろう。批判すれば、いずれ自分たちにも返ってくるのかもしれないのだから。)


「お待たせしましたー、こちら子豚の丸焼き二人前です。」


ここで、ちょうど料理が運ばれてくる。すでに旨そうな匂いが部屋に充満している。今すぐにでも食べたい。

(なかなかのボリュームだが、舐めるなよ? こちとら食べても食べても減らない料理で鍛えられてるんだからな。)

おかげで一般の同世代と比べても胃袋が大きくなってしまった。これが良い事なのか、悪い事なのか判断はつかないが、美味しいものを多く食べられるということでエルの中では良しとしている。


「お、多いねー。」

「食いきれなかったら残せばいいさ。」

「そうするよ。」

すでにテオは諦めた表情をしている。エルとしては食べる前から諦めないでほしいところだ。

「じゃあ、いただきます。」

「いただきます。」








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