第22話 怒り

「あら? それはどう意味でしょう?」

ゴッドステラが微笑みながら、首を傾げて尋ねる。実にあざといが、この少女がやると絵になる。

エルはその様子を見てげんなりする。少しこの少女の事が分かってきた気がする。


「君は例外だよ、レディ。だが、そっちの君。そう、君だよ君、髪の一部を灰色に染めている君。かっこいいと思っているのかもしれないが、ダサい事は知っておいた方がいい。そもそも灰色を選ぶ意味が私には分からない。」


目の前の少年が平然とエルの逆鱗に触れてゆく。そこだけは触れてはいけなかった。それだけは許せない。

望んだ色でないのは己が一番理解している。こういう奴らがいるから、こうなってしまったのだ。

エルが真顔で殺気立つ。これまでに見たことのないエルの様子にラーウス王国の面々、特にノアとジムは戦々恐々とする。

「ほう、ただ派手なのをお洒落だと思っている奴の言うことは違う。」

「…それは僕の事を言ってるのか?」

少年の顔も険しくなる。あえて挑発した面は否めないが、それでも乗ってくるとは思わなかった。ラーウス王国は卑怯者の集まりだから。

「この流れで分からないなんておめでたい頭してんな、カス。」

「僕に喧嘩を売ってるのかな?」

「やっぱおつむは悪いみたいだな、そう言ってんだろうが。それともそれはプルウィウスアルクス王国の国柄か?」

エルがせせら笑うように侮辱する。これにはさすがにノアとジムが止めに入る。


「エル様、言いすぎです!」

「ストップです。国際問題になってしまいます。」


だが、それでも振り切れたエルは止まらない。止まる理由がない。

「第一俺より弱いやつが囀るな、殺したくなるだろうが。」 

明確に挑発する。ここまで言われて引き下がるようなら国家の代表なんかに選ばれないだろう。本当にアホらしい。勝てない勝負はすべきではない。

「いいだろう! そこまで言うなら決闘だ! 負けたら全裸で土下座して謝罪しろ。」

エルの予想通り相手が決闘を仕掛けてくる。これで第一段階はクリアだ。

「いいぞ。その代わり、俺が勝ったらラーウス王国金貨千枚よこせ。」

一瞬時が止まる。誇りをかけた決闘で金を求めるというのだ。あり得ない。だが、エルにしてみれば土下座なんてしてもらっても何の意味もない。少しでも実利が欲しい。

「ハッ、これだからラーウス王国のやつらは薄汚いんだ。」

「あん? 払えねぇのか、貧乏人が!」

「払えるに決まっているだろ!、そんな端金。」

「ほーう、なら二千枚だ。払えるんだよな? 余裕じゃ意味がないからな。」  

(馬鹿が。)

エルは相手の隙を見逃さず、攻撃する。ここで引けば貧乏人というイメージがついてしまうし、値切るなんてもっての外だ。そもそもラーウス王国金貨が千枚もあれば数世代にわたって豪遊できる大金だというのに。


「クッ……、もちろんさ。そもそも勝つのは僕だからね、何も問題ないさ。」

少し少年の顔が歪む。さすがにそこまでの大金をポンと払えるかと言われたら、ノーと言わざるを得ない。だが、払えなくもない。

「おいおい、それはおかしいだろ。賭けが成立するから決闘も成り立つんだ。二千枚、払えるんだよな?」

「払えるさ。それより、そっちは裸で土下座できるんだろうな!?」

「ああ、やってやるよ。お前が勝てばな。」


(誰がやるかバーカ。そんなんするぐらいなら野に解き放たれるさ。俺が負けるなんて天地がひっくり返ってもないけどな。)

全裸で土下座なんて黒歴史にも程がある。いざとなれば金の延べ棒を持って逃げるつもりだった。


「クイクイ」


後ろから袖が引かれる。振り返ってみるとゴッドステラが心配そうな顔でこちらを見ていた。――が、エルは騙されない。この少女には既に何杯も食わされている。

「何です? 今いいところなんですが。」

「大丈夫なのですか? そんな約束をしても。」

「何も問題ないですよ。俺、強いので。」

(といっても対人戦の経験なんてほとんどないけどな。ま、大丈夫だろ。)

エルが余裕なのは灰色の世界に入れば、世界が止まって見えるからだった。よほどの強さじゃない限り対応できるだろう。


「じゃあ、立会人はどうする?」

「この辺に居る人たちでいいだろ。これだけの前で宣言したのに、負けて何もしなかったら生きてるだけで恥だからな。」

「いいだろう。あとから無しとか言うのはやめてくれたまえよ。」

「俺のセリフだ。」

(さあ、盤面は整った。絶対こいつだけは許さん。半殺しにはしてやる。)

ここまで殺意を持ったのは初めてだ。さすがはプルウィウスアルクス王国人、人の神経を逆なでするのが上手だ。


エルと少年が人のいないところに移動する。それに合わせて周りの野次馬たちも移動する。どうやら皆興味津々のようだ。


「いきなり凄いことになったな。」

「誰と誰が戦うんだ?」

「ラーウス王国とプルウィウスアルクス王国のやつだってよ。」

「ああ、あいつらね。納得だ。」

「いきなり決闘かよ。何賭けてんだ?」

「ラーウス王国金貨二千枚と全裸で土下座謝罪だとよ。」

「なんじゃそりゃ。」


「おいおい! ハインどうしたんだ!」

「決闘だ。」

「決闘? 何で急に?」

「今は何も言わないでくれ。説教ならあとで聞く。」

エルの相手、ハインに同国出身の生徒が話しかける。面白そうだと思って騒ぎを覗いてみれば友達が当事者だったのだ。それはもう驚いた。

「お、おい!?」


「「「「ウオオオーーーー」」」」


「ピュウピュウ」



周囲が一気に盛り上がる。両選手が位置に着いたのだ。

「ルールはどうする?」

「オーソドックスなやつでいいだろ。殺しはなし、降参すれば負け。あとは審判によるストップだが、それは周りの奴らがしてくれるさ。」

周りの人間を見ると、全員が首を縦に振っていた。これで合意は取れた。

エル、ハイン、両者ともに相手を半殺しにするつもりだ。ここまで虚仮にしてくれたのだ、お礼はたっぷりしよう。


「約束は覚えてるな?」

「勿論さ。君こそ忘れていないろうね。」

「当たり前だ。俺はお前と違って優秀だからな。」

これ以上なくエルが煽る。それに呼応して場も盛り上がる。こういう場では主導権を握った方が強い。そしてエルは雰囲気づくりに長けていた。

「言うじゃないか。さあ、もう言葉はいらない。」

怒りで声まで震えてしまうハイン。鞘から剣を抜き、構える。


(この程度で怒るなんて沸点が低いな。よく貴族なんて務まる。)


エルも剣を抜き、鞘を放り投げる。


「じゃあ、いくぞ?」

「来い。」



 









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