第10話 粉砕

(これまた面倒な。どうせ昨日の奴らだろ。)

「エル様、動かないでください。」

即座に護衛が警戒態勢を取り、至る所からワラワラと出てくる。護衛の多さに若干引いてしまう。さすが大貴族、地力が違う。

道中での強さを見る限り、あまり心配しなくてもよさそうだったが、それでも少なからず死ぬ可能性はある。


「貴様ら! なんのつもりだ。」

エクスが威嚇と相手の意図の確認を行う。ほぼ黒だが、相手が無辜の民だった場合、少々面倒なことになるのだ。もっとも無辜の民であろうとも揉み消すことは容易い事だけれども。


「だからァ、金を出せっつってんだよ。痛い目に遭いたくねぇだろ?」


「我らをハーブルルクス家と知っての狼藉か?」

ここに至ってエルも警告を出す。自らの正体をバラすのは、護衛には与えられていない権限だから。彼らの流す血を減らすのは己の役目――というのは建前で、本音はハーブルルクス家と聞いて相手がビビって逃げ出さないかなとか考えていたりする。


「ああ、最近調子に乗っている家だろ? 知ってんぞ、王都の貴族はテメェらが嫌いだってなァ。」


(あーあ、言っちゃった。馬鹿だなぁ。こいつのバックには貴族がいるんだろうが、そいつはお前らを利用してるだけなのに。)


「エル様。」

「ああ、分かってる。ハーブルルクス家と知ってこの無礼な態度、十分不敬罪適用可能だろ。殺しても構わん、潰せ!」

「ハッ。総員、かかれーー。油断するな! 連携して対応しろ。」


そこかしこで衝突が始まる。そして時が経つにつれて明らかになる差。ハーブルルクス家が圧倒的優勢だった。

(ま、結局軍事力が物をいうのは父上も理解しているだろうからな。それでもここまでとは思ってなかったが。)

見たところ平均して、護衛は平時の2倍くらいの身体強化を維持しているように見える。これだけの人数がそれだけの出力を誇っているのは驚くべきことだろう。

(…いや、むしろ父上はこういう展開を望んでいたんじゃないか。最近、高まり始めていた敵意に釘を刺すために。…この分じゃ、コークスも手厚く保護されていそうだ。…いや、どうだろうか。父上が使えない人間のためにそこまで労力を割くだろうか?)


エルの思考とは裏腹に戦いは進んでいく。もはや無傷の敵はおらず、残るは初めに喧嘩を売ってきた男のみだった。


「くそっ、どうなってやがる。こんな数が多いなんて聞いてねぇぞ!! 落ち目の貴族じゃなかったのか!」


(やはり嵌められていたか。おそらくこいつは当て馬。俺たちの戦力を確認するために使われたのだろう。…可哀相に。ま、力がないのが悪い。強者は弱者の上に立つべし。)


「どうだ? 降参しないか? お前に依頼した者を吐けば、命だけは助けてやるかもしれんぞ。」

真っ赤な嘘である。エルはハーブルルクス家はともかく、己に牙をむいた者を許さない。なぜなら存在が気に食わないから。


「くそっ、援軍はどうしたァ!? 挟み撃ちにする予定だっただろうがァァーー。」

もはや勝ちの目がないことを悟り、大声で叫ぶ姿はまさに負け犬であった。

人が堕ちる姿にエルは愉悦を覚える。軍記物の英雄然り、今、目の前で堕ちたゴミ然り。

(いいねぇ。こいつの見えてる世界も絶望しかないだろ? 俺と同じだ。)

自分一人だけが絶望の世界に生きているわけではない。仲間がいることで孤独が和らぐ。たとえ真の意味で灰色の世界で生きる者はいないとしても。


「もうわかってるんだろう? お前は嵌められたんだ。お前の負けだ。」

哀しそうな仮面の下で嗤う。これから目の前の負け犬に訪れるであろう未来を思い浮かべて。


「クソクソクソ、こうなったらテメェだけでも殺してやる!」

怒りが限界を超えさせたのか、先程とは比べものにはならないほどの速さだった。


「エル様!」

エクスが瞬時に相手の剣をはじく。だが、思ったよりも手に残る重く鈍い感触。脳が警鐘を鳴らす。

「少しお下がりください。」

「分かった。殺せ、存在が不愉快だ。」

「よろしいのですか?」

「ああ、やれ。」

こいつを生かして後ろにいる人物を吐かせたところで己に利益はない。むしろ得となるのはハーブルルクス家。そこまで配慮してやる義理はない。それに背景ぐらいあの男が把握していないとは思えない。


そして始まる剣戟。これまでの衝突で最も見応えのあるショーとなっていた。

「ズリュ」

男の頬が抉られた音がする。

(あー、血が出てる。きっしょ。…この後処理、誰がやるんだろう? …エクスに丸投げでいいか。というかそろそろ衛兵が来てもおかしくないよな。)

今後の対応に思考を回すも、どうせ何とかなるだろうという希望的観測に託す。


そして決着は唐突についた。エクスの仕掛けに引っかかった相手をカウンターの一撃で仕留めたのだ。


「パスッ」 


軽い音と共に男の首が舞い上がる。

(ご臨終ーでーす。さて、どんな死に顔をしてるか拝んでやるか。)

悪趣味なエルは転がっている首に近づいていく。

「エルグランド様?」


首を刎ねられた男の顔は苦痛に歪んでいた。それを見て、一気に昂ぶった感情が沈静化する。

(うわ、明らか苦しんでそう。…俺は絶対こうはならん。)

また一つ胸に決意を宿す。


「…さて、衛兵を呼ぶか。」

あたりには十数人の遺体と飛び散った血痕。こちらには被害は出ていないとはいえ、見ていて気持ちのいい景色ではない。

「ですね。それにしてもまだ来ないとは職務怠慢にも程があります。」

「買収でもされてそうだ。」

金を握らすか、脅すか、絶対に裏で暗躍している人物がいる。結果は不甲斐ないが、それでも用心するに越したことはない。

(これってもしかして事情聴取とかあるのか? …だリィ、貴族の特権で何とかならないかな? さっさと帰ってエクスに丸投げしよう。)

「エクス。」

「はい。何でしょうか?」

「俺はもう帰る。上手いこと処理しておいてくれ。」

「…御意。」

一瞬渋い顔になりそうになるも、鋼の意志で堪える。


エルはだんだん増えていく野次馬を退けさせて、宿へ戻る。騒ぎ立てるだけで邪魔しかしない者たちに少し苛立つ。

(無能どもが。俺の邪魔をするな、俺を遮るな。邪魔だ。)


帰ってきて即座に食事と風呂を済ませてベッドで横になるが、エクスが帰ってくるまでは眠れない。別に眠ってもいいのだが、途中で起こされるのは嫌なので、こうして起きている。

「あー、濃厚だったなぁ。ま、退屈しない一日だったという事でいいでしょう。」

ずっと欲しかった本も買えたし、手に馴染む槍も手に入った。あとは謁見さえすれば、いつでもスペスに行ける。

ただ気になるのはエクスの帰りが遅いこと。面倒な事態になってない事をそれなりに願う。


「コンコン」

ようやく来たかと構える。もしかしたら衛兵も一緒かもしれない。


「エルグランド様、エクスです。諸々の報告に参りました。」

「入れ。」

「失礼いたします。」

数刻ぶりに見るエクスの顔には疲労が見え隠れしていた。

「どうだった?」

「結論だけ申しますと、無罪放免となりました。」

それはそうだろなという当然の想いと、面倒事にならなくて良かったという想いが入り交じる。

「そうか、ご苦労。それで明日の謁見時間はいつだ?」

あっさりと流す仮の主に苛立ちを覚えるが、表には出さない。たとえ、間違っていても最後まで尽くすのが騎士道である。

「10の刻です。ですから、9の刻には出発したほうがよろしいでしょう。」

「分かった。ではもう寝るとするか。」

「ハッ。ごゆっくりお休みください。」

エクスがそう言って部屋を出ていく。


(いい駒だ。色々と不満はあるだろうが、上手くこなしている。父上が重用するはずだ。)





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