第9話 買い物

「はぁ、昨日は散々だったな。」

「お疲れ様です。」

「本当だよ、まったく。」

エルは平民に扮して王都の街を散策していた。ハーブルルクス領ではよく出歩いていたが、他の街は出歩いたことがなかったので、見るものすべてが目新しかった。

「それで本屋でよろしいのですか?」

「ああ。もう持ってきた本を全部読んだんだ。ここで買っとかないとスペスまで持ちそうにない。」

(まぁ、スペスにも本屋ぐらいあるだろ。問題があるとするとハーブルルクス家の影響力があまり浸透してないところか。…あまりやらかさないように気をつけないといけないな。)

「なるほど、かしこまりました。他に行きたい店はございますか?」

「…武器屋に行きたい。」

「武器屋ですか?」

「ああ。ちょっと武器に興味があるんだ。」

「なるほど、かしこまりました。ではまずは本屋から向かいましょうか。」

「そうしよう。」


道の両端にはお店しか建っていない。おそらくここは商業地区なのだろう。だが最も気になるのは遠くで聳え立つお城であった。よりによって灰色の色をしている。自分がこの国に生まれたのは必然だったのではないかと思えてくる。


エルの視線の先をたどってエクスが話題を振る。

「立派なお城ですよね。」

「ああ。」

(明日はあそこに行かないといけないのか。今から気が滅入るな。)

よりによって自分よりも上の立場である国王に謁見しなければいけない。何か粗相すれば、即座に打ち首だろう。実に業腹だが、首を垂れるしかない。

「そういえば、確か第三王女がエル様と同じ年齢だったはずです。」

「へー、そうなのか。」

(まさかそいつもスペスに行くなんてことはないだろうな? …確か父上は特別枠で十五名の入学者が決まっていると言ってた…、これは一気に可能性が出てきたぞ、勘弁してくれ。…いや、まだ行くと決まったわけじゃない。そもそも王族が国外に出て何かあったら国際問題だし、国内の貴族へのアピールとして国内の学院に入れるはずだ。…うん、何も問題はない。)

 

そう思うもエルは若干気落ちして、本なんぞどうでも良くなってきた。まだ楽そうな中立都市の学院という道を選んだのに、厄介ごとの未来しか見えないのはどういうことだ?

(…未来といや、最近あんまり未来を視ないな。コークスが居なくなったからか?)

あの力を任意に活用できればそれこそ無敵だったのだが、利用できないものに夢を見ても仕方がない。

「こちらです、エル様。ここが本屋です。」

「助かる。」

何はともかく、本屋に着いた。鬱屈した気分を引きずってもしょうがないだろうと切り替える。

お目当ての本はあるだろうか? できれば新作の本が出ていればよいのだが。

「おひょ、出てるじゃないか。さすが、王都。これは勝てないわ。」

(あ~、王都に住みてぇ。何だこれ? 反則じゃねぇか。)

「こ、これは…、こんなマイナー本も置いてるのか。…王都恐るべし。」

(こればっかりはあの男に感謝だな。反吐が出そうだけど。)


エルはホクホク顔で本を購入し、護衛に持たせる。

「いいか、絶対無くすなよ。」

「「ハッ、お任せください。」」

これで無くしたりしたら、減給にしてやる。そんな珍しく熱い思いを胸に店を去る。

「武器屋の前に昼食を取るのはどうでしょうか?」

「そうだな、そうしよう。」

「何を召し上がられますか?」

「うーん、王国料理でも食べに行こう。」

(あのフルコース、たまんないんだよな。あれを考えた人、天才だわ。)

「分かりました。それならいいお店を知っております。ご当主様も王都に来た時には必ず王国料理を食べられるのですよ。」

「…ふーん。」

エルの渋い顔を見て、失敗したと焦るが、今更出した言葉は引っ込められない。

(…父上と同じか。最悪だ。)




そう思っていたのは、王国料理を食べるまでだった。

「あ~、美味かった。」

(ご飯が美味しいのはこの国の良いところだよな。派手なのはないけど、堅実というか。)

「そうですね。」

「じゃあ、武器屋に行って帰るとするか。」

「かしこまりました。」

「結構、王都は楽しいねぇ。」

(それでも俺の世界は一ミリも揺らがないけど。…ま、分かっていたことだが。)

少し現実に引き戻される。ただ己の世界がどうのこうの、気にしている時点でまだ心の奥底では希望は捨ててないことに安堵するのだ。

「それは良かったです。」


膨れた腹を撫でながら歩く。家でも限界までご飯を食べるのでこの苦しさは慣れたものだった。

「ここが武器屋です。」

「なるほど。」

(暖簾ね。なかなか変わった演出じゃないか。)

しかし中に入ってみると、槍はあまり置いておらず、剣が大半だった。

(客観的に考えて剣より槍の方が強くないか? 何で槍の方が少ない。)

思わず仏頂面になってしまう。己の持ち武器が優遇されていないのは、何となく気に食わない。

店内を見て回り、槍コーナーへとやってくる。

「槍に興味がおありなのですか?」

「ああ。」

「…そうですか。」

「これは手に取ってもいいのか?」

「店員に確認してみます。」

自分から知らない人に話しかけたくなかったので、この配慮はありがたい。たとえエクスにそんな気はなかったとしても。


エクスが戻ってくるまでの間、槍をじっと見つめるがどれも重そうで振り心地が悪そうだった。

(あの剣、よっぽど業物だったんだな。槍も頼めばよかった。むしろ槍が本命なのに。魔力で作れるといっても、実物の方が楽だし。)

「エル様、振っても大丈夫のようです。」

「そっか。」

とりあえず身体強化せずに持ってみる。すると案の定、少し重かった。剣より大きいことを考慮しても重い。

「どうですか?」

「うーん、微妙。」

店に気を使い、小声で話す。その後もいろいろ試してみるが、どれもしっくりこない。何となくだが、重心の位置がおかしい気がする。

「そうですか。ならもう一店違う店に行ってみますか。」

「あるのか?」

「はい。裏通りにあるんですよ。」

「じゃあ、行ってみよう。」

(ま、量販店じゃ、こんなものか。やっぱオーダーメイドじゃないとなぁ。)


表通りから外れて裏通りを歩くと、一気に人が減った。まだ明るいからいいが、夜には絶対に歩きたくない道だ。

「…この辺は人が少ないですね。」

エクスは人の少なさに逆に危険を感じて周りの護衛を厚くする。こればっかりはエルに嫌がられても譲られない。ここは王都、面が厚い貴族どもが跋扈しているのだ。決して油断してはいけない。


エクスに案内されること十数分、ようやく古めかしい店に到着した。だが、逆にその様子がエルの興味をそそる。

「入ろう。」

「はい。」


見かけとは違い、意外と中は広かった。それに剣の方が割合は多いものの、槍も結構置いてあった。

(これは…中古品も売っているのか? 新品がいいな。)

エルは何事も形から入るタイプなのだ。人が使ったものをもう一度使うのは忌避感を感じる。

「…これは。」

その中でも興味を惹かれたのは、一本の槍。その槍は灰色だった。

「…」

思わず手が勝手に伸びてしまう。直感通り、凄く手に馴染む。重心の位置も申し分もない、誰かが使った形跡がない、これ以上ない槍だった。


「ゴウッ」


鋭い突きが唸る。


「凄いですね、いつの間にそんなに?」

エクスは想像以上の腕前に感嘆する。ここに魔力が乗れば、並の騎士では勝てないだろう。

「うん? いろいろあってな。これにしよう。」

部屋の中で夜な夜な練習していることは黙っていた方がいいだろう。奇人として見られたくない。

(しかし灰色か。ここまで来たら運命めいたものを感じるな。)


即座に会計を済ませ、所有権を得る。

「さて、帰ろうか。」

「ハッ」


買物に満足し、宿へ戻ろうとする。だが――

「よう、坊ちゃん、とりあえず金おいてけや。」

現実はそう甘くはない。








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