第44話 私の得意魔法で断罪

 王様が遣わしたのか、大柄な騎士が二人やってきて、ニコレッタ先輩をどこかへ連れていった。



 危険が去ったのを見て、私もドーム型のバリアを消して飛び出した。

 マヌエル団長やナタリアちゃんたちに駆け寄ると、


「話は舞踏会の会場に戻ってからだ。ついて来い」


 と、なぜかマヌエル君に冷たく光る青い瞳で睨まれた。

 そして、彼の刺々しいオーラに刺されそうになりながら、私は連行された。



 「逃さんぞ」という無言の圧と共に、前後左右を四人に囲まれて歩かされている。

 こういうのって、連行って言うんじゃなかったっけ?




 いいアイデアだと思ったのに、うまくいかなかったのかな……?







 舞踏会の会場はしんと静まり返っていた。

 ダンスをするカップルのために中央を空け、端の方に並べられたテーブルに全員が着席して、一様に口を固く引き結んでいる。

 私たちが戻っても、誰も何も発しない。



 もしかして失敗だった? ――と目線を上げれば、天井のすぐ下に、四角いスクリーンがあった。

 今も私が天井を見上げている姿が大画面に映し出されている。



 ……なんだ。

 ちゃんと思った通りに出来てるじゃない!


 私がニタッと笑ったのをマヌエル君は見逃さなかった。



「やっぱりお前だったんだな! 突然あんなものが浮かんで、お前が見ている景色がそのまま映っているような――」


 よかったー。ちゃんと中継できていたんだー。

 大成功だよー!


 

「……お前。俺たちが見ているとわかった上で、相手にベラベラと罪の告白をさせたのか?」


 そうなんですっ!

 だって、それが一番、確実じゃないですか。

 編集なしのライブ映像が!


 ダフネやニコレッタ先輩が自白するところを、ここにいる人たち全員が、自分の目で見ていた訳でしょ?


 ダフネの、「毒は倍量使うことにしたの」というセリフも、ちゃんとみんな聞いてくれた訳だし。

 あの二人が後からどんな言い訳をしようと、ここにいる全員が目撃者なんだから、言い逃れできないですよね?



「……お前。会場内は大騒ぎだったんだぞ!」

「で、でも――」


 驚かせたのは悪かったけれど。

 まあ、褒められるとも思っていなかったけれど。


 でもでも――。

 私、よくやったんじゃないかな?




 マヌエル君の後ろに立っていたロレンツォが、ツンと顎を上げて私を見下ろしている。

 そしていつもより低いトーンで言った。


「ダンスどころじゃなくなったから、俺とシルヴァーノは映し出されている場所を探しに行こうとしたんだ。まあ、マヌエル団長の方が動くのが早かったが」


 ん? 

 もしかして――。

 怒ってるんじゃなくて、悔しがっている?




 シルヴァーノが、「はあ」とため息をついてから教えてくれた。


「何も知らずに会場の入り口に戻ってきたダフネ嬢は、それとはわからないように別室に連れて行かれた」


 ……そっか。

 ダフネは公爵家の令嬢でフランコ殿下の婚約者という立場だもんね。

 大っぴらには連れていけないよね。


 今後は家族とも引き離されて、取り調べを受けるのかな。

 取り調べという名の尋問だったらいいのに。



 ……あれ?

 やっぱり――。


 シルヴァーノも怒ってる?

 とめどなく溢れる怒りを自制しているみたいな……。

 一見無表情に見えるけど、強く感情を制御しているのがわかる。




 ……ええと。

 上位貴族が関与しているセンシティブな事件を、後先のことなんか何にも考えずに強引に、ぐいっと事を進めちゃったから怒っているのかな?

 そりゃあ貴族らしくないやり方だとは思うけれど。




 マヌエル君が、「オホン」とわざとらしく咳払いをして、チラッと視線を部屋の奥の方へ向けた。


 お、王様!?

 王様が耳を傾けている?



 ……違う。

 みんなだ。

 全員が――ここにいる全員が、私の説明を聞きたがっているんだ。



「オホン。あの大きな――あそこに浮かんでいるあれは、お前の魔法なのか?」


「あは。あははは。ええと。なんか、その場の出来事を空中に大きく映し出せるのが、私の特異魔法みたいです」



 「中継」って言ってもわかんないよね。

 このゲーム世界に縛られない想像力こそが、私の得意魔法ならぬ特異魔法。

 これは――名付けて「巨大スクリーン魔法」なんてね。



「そんな魔法が使えるなら、なぜ言わなかった? いったいいつから――。それより、お前を囲っていた、あの膨大な光は何だ? 攻撃をことごとく防いでいたようだが?」


 マヌエル君は、王様の顔色を見て、質問を変えたみたい。



「それは――」

「それは?」


「ナタリアの――」


 ナタリアちゃんの結界魔法を無意識に真似したみたいだと言おうとして、慌ててやめた。

 それではナタリアちゃんの特異魔法のが失われてしまう。

 ヒロインを際立たせるための設定がぶち壊しだ。



 ――となると。

 道は一つ。



 私はナタリアちゃんに目で必死に訴えかけた。

 彼女も、「ん?」と、なんとか読み取ろうとしてくれている。

 意思の疎通ができたかどうかはわからないけど、これしかない。



「ナタリアの? なんだ?」

「お守りの力です!」


 そうだ。そうだとも!

 ナタリアちゃんの魔法だってことにすればいいんだ。



「私が何度も危険な目に遭ったので、結界魔法のお守りをくれたんです。それで、ニコレッタ先輩の攻撃にお守りが反応して結界が張られたみたいなんです。ね? ナタリア。そうだよね?」


 ナタリアちゃん頼む!

 後で謝るから。この場は、どうか汲んでください!



「ナタリアの特異魔法のお守り?」

「はいっ!」

「そうなのか?」


 マヌエル君の問いかけに、ナタリアちゃんは否定せず、曖昧な笑みを浮かべてくれた。



 これで私のモブ位置は死守できたよね。

 ナタリアちゃんの正規ルートは死んでいないよね?


 自分かわいさでナタリアちゃんからヒロインの座を奪うつもりはないからね。




「本当に今年の一年生は優秀な者が揃っているな。いや、これほど驚かされたのはいつ以来だろうか」


 王様が優しく話しかけてくれた。



「私の家族が何やらトラブルに巻き込まれたようで、皆に心配をかけてしまった。だが、犯人を確保したので解決したも同然だ。せっかくの交流会を台無しにすることは忍びない。一連の出来事を見てショックを受けた者も多かろう。すぐには気持ちを切り替えることは難しいだろうが、だからこそ、今はせめて、音楽と軽食を楽しみながらダンスをしてはもらえないだろうか」



 ……王様。いい人だなあ。



「仰せのままに」

「仰せのままに」



 ……ん? ん? ん?



 カストさんが返事をしたのはわかる。士官学園側の代表としてだよね?

 もう一人。カストさんと声を揃えて返事をしたのは、入学式で見た、あの、薄暗がりの中、背中を丸めて、『イヒヒヒヒ』って笑っていそうな老人だった。



 私が訝しげな顔でその老人を見ていたことに気づいたマヌエル君が、唇の端をピクピクさせながら教えてくれた。


「あれはガスパロ様だ。聖女学園の学園長だぞ。間違ってもお前が睨みつけていい方ではない」


 睨んでなんかいませんけどー。

 なるほど。そうだったのか。

 多分、あの方も私が知らないだけで有名人なんだろうな。

 平民のナタリアちゃんも知っていたくらいだから。




「とにかく。お前から詳細を聞くのは全部終わってからだ。お前たちは実行委員だったな。さっさとダンスを始めるぞ」



 マヌエル君の口調だと、「さあ、もう一試合やるぞ」みたいに聞こえるんですけど。


 ロレンツォとシルヴァーノも、「はあ」とか「ふう」とか言いながら気持ちを切り替えている。

 


 ……!

 ……そうだった!

 私――軽食担当だったのに、何にもしないで自分だけ着飾って大騒動を起こして――。

 結局、仕事は全部ナタリアちゃんに押し付けてたっ!

 


「ナタリア、ごめん! 私、働きもせずに――」


 ナタリアちゃんは、今まで見たことのない意地の悪い笑顔を浮かべて、首を振って言った。


「それは一つ貸しっていうことで。さっきのお守りの件も、今夜、部屋に戻ってからゆーっくり聞くとして。でも、この場を切り抜ける手伝いは出来そうにないから頑張ってね」



 ……は?

 それはどういう意味――かと思ったら、目の前に手が差し出されていた。それも二つ。




 なぜか怒っているように顔をしかめながら、マヌエル君が私に右手を差し出している。

 あれ? 耳がちょっと赤いような気がするんですけど。


「陛下があのように仰せなのだ。全くお前ときたら――。いつの間にそんなドレスを準備していたんだ」



 隣のロレンツォも渋々という顔で手を差し出していた。



「まさかお前がそれほどダンスをしたがっていたとはな。俺のリストをすり替えるつもりだったのか? どうせ相手は見つけていないんだろう?」



 いやいや――。

 ちょっと待って!

 二人ともどうしたの?



 そんな風に互いを牽制し合ってどうするの?

 どうして手を引っ込めないの?




「お待ちくださーい! その方とのファーストダンスは、殿下がお約束済みなのですー!」


 え?

 ミケーレさん?!

 殿下って……。



 優雅な足取りで私の前までやってきたコルラード殿下が、すっと手を差し出された。




 目の前に、三人の右手が差し出されている。

 その顔を見れば、三人が三人とも、いつもの三割増しの魅力を醸し出している。


 明らかに攻略対象者たちが、自分ルートのエンディングに向かって輝きを放っている!



 私の死亡診断書には、きっとこう書かれていることだろう。



 死因:尊み神々しい美貌炸裂による衝撃波全身貫通とかなんとか




 なんとか踏ん張ったけど。


 ちょっ、ちょっと待って。

 これって――かなりヤバい状況じゃない?

 本当にエンディング目前って感じなんですけどっ!



 駄目じゃないの!


 ……もしや。

 本編にないアナザーストーリーを突っ走っちゃったから、この世界が私のことをヒロインと誤認したとか?



 どうしよう……。

 どうする?

 とにかく、ストーリーの修正は考えるとして、今、この場をどうしたらいい?!





 鼻血を吹き出しそうなほど、脳に血を巡らせて熟慮した結果、


「私と踊っていただけますか?」


 ドレス姿の私は、体を反転させて進むと、ひざまずいて手を差し出した。




 儀式用の端正な騎士服姿のナタリアちゃんが、金色の瞳を輝かせて私の手を取る。


「ええ。喜んで」

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【完結】モブとして覚醒したからには 〜ヒロインはサポートキャラのようで何故か私が全ての出来事の中心にいる〜 もーりんもも @morinmomo

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