【短編】壁に挟まった俺、クラス1の美少女に相談を持ちかけられる。

赤城其

壁に挟まった俺、クラス1の美少女に相談を持ちかけられる。

 宗方 楓むなかた かえで。16才。


 毛先が緩くカールしているミディアムヘアがお似合いの我がクラスのアイドル、もといマスコットだ。

 名前負けしている童顔がコンプレックスだという彼女の身長は149cm。一応は育ち盛りということでメリハリのあるスタイルの持ち主ではあるが、いかんせん背が低いもんだから全体的な印象は幼いの一言に尽きた。

 明るく元気。活動的な性格の持ち主で、クラスの垣根を越えて可愛がられていることからも分かる通り、モテている。これでもかというくらいモテている。

 普通人生に1回あるかどうかの告白というビッグイベントをほぼ毎週経験してるっていうんだから、そのモテ具合も分かるというものだ。


 しかし悲しいかな。なんでも彼女にはすでに心に決めた人がいるらしい。

 それも小さい頃からずっと思い続けてるっていうんだから、そんじょそこらの男子風情じゃどれほど本気具合を見せつけたって振り向かせることもできやしないだろう。


 どうしてそんなロマンチック極まる乙女の事情を知ってるのかって?

 そこには俺、秋山伊吹あきやま いぶきにとって、とても暗くて狭い事情があった。



────

 


 寒さが身に染みるとある夕方。人気のめっきり途絶えた細い通学路。

 珍しく日直の仕事に手間取って帰るに帰れなかった俺は1人寂しく────塀と塀の間に挟まっていた。

 それはもうスッポリと。せいぜい小学生が横になって通れるだけのすき間に上半身がはまりこんでにっちもさっちもいかなくなっていたのだ。

 正気なのかって? 俺だって望んで『いしのなかにいる』を体験したかったわけじゃないんだよ。


 まさか、この歳になって新しい黒歴史を作ることになるなんて、人ってのはどうしても恥ずかしい思い出を作ってしまう運命にあるらしい。

 『あれ』以来絶対にしでかさないと心に誓ったというのにこうなったのは全部、盛大にやらかして一時バイト禁止令を学校に出させたアホが悪い。

 ……いや、金欠だからって落ちていた500円に目がくらんだ俺が悪いか。

 ほんの出来心だったんだ。体をねじ込めば取れそうな位置にあったから小遣いの足しにでもと思ったらつい。で、足を滑らせてそのままズボンっ! だもんな。


 うぐおおおっ……はあはあ。だ、ダメだ。バランスを崩した時に、めくれたコートを巻き込んだせいかビクともしない。

 体を持ち上げれば抜けられそうだけど、そもそも体勢が悪すぎて足に力が入らないから持ち上げられそうもない。

 さっきから人っ子ひとり通らないし、もしかしてこのまま凍え死ぬのか?

 まだ16なんだぞ。やりたい事だってまだたくさん残ってるんだ。


 こんな場所で人知れず死んでいくなんて嫌すぎる。



「ええ! ひ、人が壁から生えてる!?」


 そんな願いに流石の神様も情けをかけてくれたのか、柄にもなく辞世の句なんてものを考えていると、素っ頓狂な声が聞こえてきた。それも声からして若い女性。


 子供っぽくて愛嬌がある声をしているが、どこかで聞き覚えがあるような…………いや、今はこの状況を打開してもらう方が大事だな。


「すみません助けてくださーい」



「────あ、そうか。助けないとだよね」


 しばらく返事がなかったもんだからてっきり逃げられたのかと思ったが、どうやら目の前に広がる現実が飲み込めてなかっただけのようだ。

 そりゃそうなるよな。俺だってこんな場面に遭遇したら唖然とする自信しかないからな。


「大丈夫ですか……って、なんだ伊吹じゃん」

「だ、誰だ。どうして俺の名前を」

「えー誰だかお気づきでない? 毎日顔合わせておきながらって、今は合わせられないか。ていっ」

「あでっ」


 は? え? 思いっきり尻を叩かれたんだが。

 それに毎日顔を合わせてるだって? 俺を遠慮なくシバいてくる女子なんて………………あ。


「楓、なのか?」

「せいかーい。気づくのが遅いぞ」


 よりにもよって現れた救世主が噂の美少女だったとは……厄介な巡り合わせもあるもんだ。

 今はいないようだが、楓の周りには常に取り巻きがいるからな。

 もしも彼女らに俺が壁に挟まってたなんてことが漏れてしまえば、それはもう恐ろしいことが待っているに違いない。


 ……なぜか俺を目の敵にしてんだよな。アイツら。


「こんな時間に1人で何してんだよ」

「それはこっちのセリフ。私は……ちょっとね」

「ふーん、『ちょっと』ねえ」


 怪しいな。普段どんな目で他人から見られているのか人一倍理解してる楓が、お供も引き連れずにこんな暗がりを歩くもんかね。


「てやっ」

「あてっ。また叩きやがったな! それが困ってる人にすることか!」

「乙女のプライベートを勝手に詮索しようとした伊吹が悪い」

「こっちが手を出せないからって────」

「────そ・れ・と。どーせお金でも落ちてたから取ろうとしてたんでしょ? 自業自得だよ。いしつぶつおーりょーだよ」

「おのれ……」


 流石は楓。俺のすることなんかまるっと全てお見通しだってか。


 この美少女は、ご両親の都合で引っ越すまでお隣さんだったのだ。しかもゲームに付き合わせたりママゴトに付き合わされたりと、互いの家を行き来するくらいには仲が良かったんじゃないかと思う。

 まあそれもこれも昔の話だけどな。高校で衝撃の再会を果たしてからは、あくまでもクラスメイトとしての付き合いしかしていない。


「まあいいけど。で、助けて欲しい?」

「さっきからそう言ってるんだが。でもどうするよ。田中か斉藤あたりでも呼んできてくれるのか?」

「そうしてもいいけどさ。こんな恥ずかしいところあんまり見られたくないでしょ。君も、私も」

「た、確かに」


 ため息をつく楓の言う通り、今の俺は美少女に向かって尻を突き出している不審者そのものだ。

 何も知らない悪友が目撃したらどうなるか……正直考えたくもないな。


「だからってお前1人じゃどうしようもなくないか?」

「見た感じ別に力任せに引っ張る必要は無さそうだし? ダイジョーブ任せなって」

「なんでカタコトなんだか。まあいいや……それじゃ、頼むわ」


────


──


「楓? いい加減引っ張ってほしいんだが」

「その前に。1個聞いてほしいお願いがあるんだよね」

「は? 今更条件をつけるとか卑怯すぎないか」

「だっていま思いついたんだからしょうがないじゃん」


 いたずらっぽく笑う楓。

 絶対悪い顔をしているはずだ。見えないけどな。


「大体この格好じゃそのお願いだって聞けないんだぞ」

「助ける代わりに金払えーとかじゃないから安心しなよ。だいたいさー、そんなこと言っててもいいのかな伊吹。

 君の命はいま私の手に握られたも同然なんだよ?」

「うわわわっ。いきなり人の尻を撫で回すんじゃねえよコノヤロウ!」

「にっしっし。いい反応頂きましたっ」


 さっきから人の体をもてあそびやがって。女だからって、男に逆セクハラしていい道理はないんだからな!


 ……ご両親含めて皆の前ではちゃんと愛され系のいい子ちゃんなのに、どうして俺の前でだけ本性を現すんだろうな。


 楓は少しばかり猫を重ね着しすぎだ。


「何か失礼なこと考えてない?」

「別に。むしろ頭痛くてまともに物を考えられなくなってきた気がするわ」

「そう、じゃあさっさと本題に入るね。お願いというか相談事なんだけど。私ね、さっき告白されてきたんだ」

「あーなるほど。だから遅くなったと」


 打って変わって自嘲気味に笑う声が聞こえた。


 されたことの無い俺が言えたことじゃないが、告白というものはいつまで経っても慣れるものじゃないらしい。

 事実誰よりも経験がある楓ですら、傷つけなかったかなーとか、もうちょっと言い方があったかもーってしばらく引きずるんだからな。

 人を思いやれるってのは一種の美徳だが、こういう時はスッパリと忘れてやった方が相手の為になると思うし、何より自分の心が持たないだろうに。


 ほんと、難儀な性格してるよお前。

 

「それで、何かあったのか?」

「なんにもなかったよ。正直に気持ちを伝えたら分かってくれたから」

「そっか。とりあえずトラブルにならなくてよかったな」

「心配してくれるんだ」

「そりゃあ一応幼なじみだし? 知らない仲じゃないんだから心配もするだろうよ普通」

「ふふっ、一応ね。そーゆうことにしといてあげる。それでね、我慢できずに打ち明けちゃったの」

「打ち明けた。何を?」

「好きな人がいること」

「…………へ?」


 瞬間、楓の言葉に凝り固まっていた体を衝撃が走った。


 そりゃ楓だって人並み外れた美貌の持ち主っていっても元を辿れば同じ人間なワケだし、好きな人の1人や2人いたって不思議じゃない。

 不自然どころか自然極まることなのに、どうして俺は動揺してるんだ。


「めっちゃ驚いてるし」

「は? な、何を言ってるのかさっぱり分からんな。好きな人がいるって? 大いに結構なことじゃないか」

「お尻震わせて何言ってるんだか。もう、可愛いヤツめ」


 感覚が曖昧になってきた尻も、彼女の細い指先が言葉に合わせて突っついてくる感触だけはしっかりと伝えてきた。


 色々と衝撃的すぎて頭痛が吐き気をお供に戻ってきたんだが、人を思いやれるのがお前の長所なんだろ? だったら少しは俺を労わってくれてもいいのにな。


 あいにくと、そんな俺の気持ちはちっとも伝わっていないようだ。


「その人はね、すごく鈍感なの。あと昔の約束を全然叶えてくれない薄情者でもあるかな」

「それはまた……お前さ、もしかして男を見る目がないんじゃないか?」

「うっさい。好きになっちゃったんだからしょうがないじゃん」

「へいへいごちそうさん。ちなみにだが、その昔の約束ってのは?」


 多分地元を離れている間の事なんだろうけど────


「えっと私が引っ越す前にね、『大きくなったら絶対にお嫁さんにする』って言われたの」

「ぶっふぉ」

「……どうしたのかな。結構寒くなってきたし、もしかして体が冷えちゃったとか?」

「そ、そうだな。風邪を引いてもなんだしさっさと引っ張ってくれ」

「全部終わったらねー」


 この鬼畜め。死んだら化けて出てやろう。



 さて、俺が楓の衝撃発言に吹き出したのには深い理由がある。


 実は今から10年前。当時ハナタレ小僧だった6歳の俺は楓に淡い恋心を抱いていたのだ。

 お隣さんでしかも両親同士が大の仲良し。必然的に遊ぶ機会が多かったこともあって、そうなるのはもう自然な流れだった。


 そこに舞い込んできたのが宗方家の急な引越しだ。

 とにかく俺は焦った。避けようのない事だってのは幼心に理解していたからな。

 だから荷物を運び出す大人の合間をぬって落ち込む楓を連れ出し、精一杯の言葉を紡いで約束を交わしたってワケだ。


 その時はとびきりの笑顔を見せてくれたし、良いことをしたなぐらいにしか思っていなかったんだが。

 

「覚えてないの?」

「へ? あ、ああそうだな。別に俺らって四六時中くっついてたワケじゃないし。覚えてないってことはその場に居合わせなかったってことだよな。あー惜しいことをしたもんだ」

「…………バカ伊吹」

「悪かったなバカで」


 バカとは失礼な。恥ずかしさと甘酸っぱさ満載の黒歴史を覚えているなんて、普通白状できるわけないだろうが。

 女の子、それも初恋をした子に好かれて嬉しくないわけじゃないが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。


「まあいいや。でね、朴念仁で融通が利かなくて約束をすっぽかす人をなんとか振り向かせたいんだけど、なにか良いアイデアはないかな」

「ひどい言い様だな」

「いーんだよ彼が悪いんだから。で?」


 たくっ、人の気も知らないで────いや待てよ。さてはコイツ、全部分かった上でからかってやがるな? 

 改めて思い返してみると態度もどこか白々しいし、さっきから妙に引っかかる言い方をすると思ったんだ。こうなると好きってのも怪しいな。


 くそう。腹が立つことだらけだが、真面目に答えてやらないとこのまま放置される未来も全然有り得るんだよな。

 だからってこのまま楓の思惑に乗るのも、散々もてあそばれた俺にとって面白くないことこの上ないし……そうだ。

 ここは1つガツンと仕返ししてやろうじゃないか。


「もう真っ向勝負を仕掛けるしかないんじゃないか」

「真っ向勝負?」

「押してダメなら引いてみるってのも手だが、悠長に構えすぎて気づいた時にはもう他の女子に盗られてる。なんてのは嫌だろ?」

「それは…………イヤ、かな」

「だろ? だからここは速攻で畳み掛けてやるんだよ。そうすりゃいくら恋愛沙汰に鈍い輩だって嫌でも意識すると思うんだが、どうだ?」


 途端に黙り込んでしまう楓。しめしめ、効果はテキメンのようだ。

 告白慣れをしていない楓のことだ。きっと男子の本音をぶつけられる度に顔を真っ赤にして狼狽えているに違いないからな。

 しかけた俺もダメージを受けるから諸刃の剣もいいところだが、体調的にそろそろ病院行きも視野に入ってきたし、これでからかうのを諦めて素直に引き上げてくれると助かるんだが。


「えいっ」

「────おわぁっ!?」


 塀のごりごりとした冷たさにうんざりしていると、突然めくれ上がったコートを掴まれた。

 力強く引っ張り上げられる感覚と軽い浮遊感に驚きながら上を見上げると────空はオレンジと紺が入り交じり、気の早い星がいくつか瞬きを始めていた。


────ああ、世界ってこんなにも美しい。


 なんて。何気なく見るよりも断然きれいな光景に現実逃避できたのも束の間。俺を出迎えたのは強かに尻を地面に打ち付けたことによる激痛だった。


「痛ってえな! おい楓! 引っ張るならせめてタイミングを考え……ろ、よ」


 俺はようやく向かい合った幼なじみを見て言葉を失った。



「10年も待ったんだよ。いい加減約束を果たせよバカ」



 どうしてそんなに顔を真っ赤にしてるんだ。いや、計画通りといえばそうなんだが思った反応と違いすぎて反応に困るんだが。

 もしかしたら影と逆光が覆い隠しているから勘違いなのかもしれない。

 だが、黒髪とスカートを風に揺らす幼なじみにいつもの雰囲気は微塵も感じられず、言ってることは乱暴なのにどこまでもしおらしくって……その態度に、不覚にも胸が高鳴ってしまった。


「か、楓さん。一体何を?」

「伊吹のアドバイス通りにしただけだけど」

「俺はてっきり冗談だとばかり」

「本気も本気だし。じゃなきゃ好きな人の話なんてしないよ」

「いや……なんだ、悪い。まるで実感が沸かないんだが」

「いーよ。人の大切な思い出を覚えてないなんて、平気で嘘つける幼なじみにはなんの期待もしてないからね。ほら、いつまでも座ってないで立った立った!」

「お、おう」


 言い立てられるままにヨロヨロと立ち上がる。


「はいシャキッとする。あ……やっぱりちょっとかがんで」

「こ、こうか?」

「もうちょっと。あーもう、少しは私の身長考えろってば」

「ぐえっ」


 ネクタイを引っ張られてようやく目線が交わった。178cmの俺に対して楓は149cm。仕方ないとはいえこの体勢は少し窮屈だ。

 しかしなんだな……こうも整った顔に間近で見つめられると落ち着かないもんだな。ふわりと香る甘い匂いと、ぷっくりと柔らかそうな唇が刺激強めで理性が吹き飛びそうだ。


「目閉じて」

「なんだよ」

「いいから閉じるっ」

「は、はいぃっ」


 あまりの剣幕にビビって目を閉じた瞬間────俺の唇に温かくて柔らかい何かが重なった。 


 ほんの数秒。いや、もしかしたら1秒にも満たなかったかもしれない。

 身じろぐことすらせず恐る恐る目を開けると、唇にあったはずの温もりもネクタイを掴んでいた小さな手も、いつの間にか俺から少し離れていた。


「これで伊吹は私の彼氏。逃げるなんて許さないし、むしろ誇れよ男の子っ」


 自分の唇に指を当て、イタズラっぽい笑みを浮かべながらぼう然とする俺の胸をトンと叩いた楓は、そのままくるりと走り去ってしまった。


 しばらく楓が消えた曲がり角を眺めた後、さっきまで挟まっていたすき間を見る。

 雲1つなく満点の星をたたえる空を見上げた俺は、白い息を吐いてすでに冷えてしまった唇に手を当てた。





────完結





「────ご、ごめんすっかり忘れてた!」

「締まらないな……たくっ」

「ケガしてるでしょ。手当てしたげるからついてきて」

「いやもう家近いから大丈夫だって」

「実はね、ここからなら私ん家の方が近いんだよ」

「へ? 聞いてないぞそんなこと」

「うん。あえて言ってなかったからね」

「あえて。まさか、父さん達は知ってたのか?」

「もちろん。さ、ついでにお父さん達にも顔見せとこうよ。今日は早番で帰ってきてるはずだから、ね?」

「待て待て心の準備が」

「待てなーい。ほら手握って!」





────完結?

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