第12話

「あの……取締役」



「なんだ十円まんじゅう」



「じゅ、十円まんじゅう……」



「いちいち反応するな。なんだ」



 い、いちいち反応するなですって!?



 反応したくてしてるんじゃないんですけどー!?



「さっきのドレスレンタルの……酒井さんとは、親しいんですか?」



 メガネガエルはお水の入ったグラスの上らへんを持ってカランと涼しい音を鳴らした。

「ああ、そうだな。大学の時の連れだ」



「え、あの人もですか? てことは……」



「万願寺と酒井は俺の昔からの知り合いだよ。それがなんだ」



「あ、いえ……さっき話しているのを聞いてて仲がいいのかなー……って思って」



 メガネガエルはもう一度カランと、氷の音を立てるとグラスの中の水を飲み干した。



 すかさずおかれたウォーターピッチャーを持ち、おかわりを入れようとする仕事のできるあんこ。



「いい、自分でやるから置いとけ」



「いやいや、そういわず……」



「飲み会かよ。自分でするって言ってる、置いとけ」

「はい……」



 気の利く部下らしさをアピールしようとしたが、この男には通用しないらしい。



 面倒なカエルだこと。



「大学の時はいつも4人でつるんでてな。なんの因果か知らないが、何故か未だにつながりがある」



「4人……ですか?」



 面白くなさそうに自らグラスに水を注ぐメガネガエルは、私が聞き返した言葉にハッとしたように目を開いた。


「取締役と万願寺さんと、酒井さん……もう一人仲が良かった友達がいたんですか?

 


 もしかして、その人とも繋がりがあったりして」



 と折角の話題なので広げようとしたけど、メガネガエルは黙って目を閉じてしまった。



「と、取締役……?」



「……」



 (あ、あっれぇ~……、私なんか地雷踏んだ?)



「おまたせしました。オムライスです」



 そんな気まずい空気を裂く、なんともグッドなタイミングで店員がオムライスを運んできた。



 オムライスと聞けば誰もがイメージする、アーモンド形に形成された黄色い卵に真っ赤なケチャップがかかってある。



 わかりやすいオムライスがきた。



「やった」



「はい?」



 あれ、なんか今「やった」って聞こえなかった?

「……なんだ」



 信じられないくらいの威圧感のビームを放出しながらメガネガエルは思いっきり私を睨んだ。



「あ、いえ……あの、【やった】っていいませんでし……」



「言ってない」



「は?」



「言ったこともない」



 凄い否定の仕方だ。



 これ以上突っ込んだら殺されるかも。

「おまたせしました。シチリア風レモンバジルのパスタでございます」



「わぁ~、おいしそ~」



 私の元に運ばれてきたのは、レモンの輪切りが数枚ちりばめられ、バジルの緑色との色のバランスが綺麗なパスタだ。



 バジル特有の草っぽい匂いがたまらない。……たまらない!



「お前、よくそんな緑なもの食えるな」



 それを見てメガネガエルはスプーンの裏でケチャップを伸ばしながら、興味なさそうに言う。

「おいしいんですよ、これ」



 そういってテンションMAXでフォークにパスタを巻き巻きする私。



 ハグ、ング、



 メガネガエルがオムライスにがっつく音が聞こえる。



 その食べる音を聞いていると余計にお腹が空いてくるみたいだ。



 私も早く食べよー



 ハグ、ング、もぐもぐ



 おー、棒つきキャンディみたいにフォークにパスタを綺麗に巻いた。実に美しい。

「いただきまぁ~す」



 はむ!



「おいし~~い!!」



 レモンの酸味とバジルのクセがオリーブオイルと合わさって、なんかよくわかんないけどおいしい!



 はむ!



 続けてもう一口、口に運ぶ。



 ハグ、ング、もぐもぐ



 メガネガエルもおいしそうに食べてるなー。

 そう思って何気なくメガネガエルを見た。



 メガネガエルは一心不乱にオムライスを食べている。こう見ていると、オムライスもいいなぁ……って思ってします。



 私ってば優柔不断っ!



「ん?」



 私の視線に気づいたメガネガエルが、顔を上げてこっちを見た。



 口の周りに思いっきりケチャップがついている。

「ぶほっ!」



 放出。



「わー!」



 ケチャップのついた顔で叫ぶメガネガエル。



「ゲホッ! ゲホッ……す、すいません……拭きます……拭き、くく……」



 咳き込みながら口から飛び出した破片をハンカチで拭く。



「よ、よかった……オムライスは無事です……すみませんでし……ぶはっ!」

 メガネガエルはケチャップをつけたまま無表情で私がテーブルを拭く様を見ていた。



 そのケチャップと無表情さのアンバランスにもう一度吹いた。



 だけど……セーフ! 今回は口に手を当てたからセーフ!



「なんだ!? なにがおかしい!?」



「ケケケ……ケチャップが……口に……」



「わあ!」



 私に言われて気付いたメガネガエルは普段のイメージと違う声で「わあ」と驚き、慌てて拭いた。

 (わ、「わあ!」とか「わー」とか、かわいすぎる……もしかしてさっきの「やった」も聞き間違いじゃない……?)


 ムカつくけど、大人で、仕事も出来る典型的なイケメンエリートって思ってたけど、なんだか急に親近感が沸いたな。



「ごちそうさまでした」



 メガネガエルは、綺麗に手を合わせると滑舌良くごちそうさまと言った。



「ごちそうさまでした」



 前に同じく。



「約束だからな。デザート食え」



「わぁっ! いいんですか!? ありがとうございます!」



 目がケーキとアイスの形になった私は少しはしゃいで店員を呼んだ。



「えっと、このアイスとケーキの盛り合わせを……」



「2つ」



 え、食べんの?



「かしこまりました」



 にこやかに店員の女性は掃けて行った。

「くすくす……意外でした、取締役」



「ん?」



「だって、結構わかりやすいものが好きなんですね。アイスとかも食べるし……」



「な、なにを言っている。まんじゅうに合わせてやってるだけだ」



 店に入ってからここまでのことを思い返してまた私はおかしくなった。



「ふふ」



「もう笑うな。俺はなにもおかしくないぞ」

「す、すみませ……くすくす」



 笑うなといわれても無理だっての。ここまで普段とギャップがあると忘れようにも忘れられない。



「大体な、俺はなにもオムライスばかりが好きなわけじゃないぞ」



 急にメガネガエルがドヤ顔で話し始めた。



 オムライスが好きなのをバカにされていると思ったみたいだ。



「いいか、俺はハンバーグやカレー、ピザも好きだ」



 だからなんなんだ!!

「あっはっはっはー……おなかいたい……くぅ~」



 ここ数年で一番笑った。本当におかしかった。



 ドヤ顔で語った好物が全部子供が好きなものばっかりだから。



「おまたせしました。アイスとケーキの盛り合わせです」



 またいいタイミングで店員の女性がおいしそうなデザートを運んできた。



「……」



 意識しているのか、今度は無言でそれを眺めた。

 私はそれを笑いを押し殺して見守る。



「食べないんですか?」



 ケーキを睨んだまま固まるメガネガエルに話しかけてみる。



 メガネガエルは、普段と同じ偉そうな顔をして、ふんっ、と鼻を鳴らした。



「俺はお前に合わせてやっただけだからな。別にこれがなくたってなんとも思わないんだ」



 なんの宣言だ。



「えーーそうなんですかぁ~! じゃ、申し訳ないですし取締役の分も私が……」



「わあっ! ちょ、ちょっと待って……」



 

 萌え!



 ヤバイ、ツボすぎる!



 なんだこれ、なんだこのかわいさ!



 新鮮だ……新鮮すぎる……どうしよう、すごく楽しい。



「おい、まんじゅう……お前いい加減にしろよ。なんなら今ここで俺の権力を総動員してもいいんだぞ……」



 う、出た……それは卑怯なのに……。



「そ、それは……すいません」



 謝るしかない…………ん。

「そうだ、それでいい。いいか? 俺はお前の雇用主なんだぞ?


 お前の運命なんてもんは俺の掌に握られているようなもんだ。」



 これ言ってみようかな、怒るかな?



 ドヤ顔で職権乱用を振りかざすメガネガエルを見て、「でも……」と前置きをした。



「ん、なんだ」



「それって卑怯くないですか?」



「……ッ!」



 キタ、これキタ!

「卑怯って……なんだ。お前、俺を卑怯者呼ばわりする気か?!」



「だって……卑怯じゃないですか。私はなにも悪口を言ってるわけじゃないのに、ちょっと笑っただけで社長権限でクビをほのめかすなんて……。


 なんていうかその……少し、悲しいです」



 私も中々の役者だ。こんなことを言われたら怯むはず……



「ぐ……そ、それもそうだ……」



 やった! 勝った! 



 ついに私はメガネガエルに勝ったのだ!

「……わかった。じゃあ権力は下げよう。同じ土俵でやってやろうじゃないか」



「……へ?」



 メガネガエルは一つ溜息をつくと、私を見つめ直した。



 そしてデザートフォークでケーキを切ると、一口食べ「んまい」とひとこと。



「まあ、食え。まんじゅう」



「は、はあ……」



 薦められるままにケーキとアイスを交互に食べる。

「おいしーー」



「な、うまいか? うまいだろ」



 メガネガエルはニコニコとしながら私を見詰めて、自分もぱくぱくと食べる。



「でもな、まんじゅう。俺は思うんだ」



 ニコニコ笑うメガネガエル。



 ……なんだ。なにを企んでいるんだ!



「なにを、ですか……?」



「痩せたほうがいいんじゃないのか」



















 ……!?
















「いや、お前がそれでいいなら別にいいんだが、ほらうちはデザイン会社だろ?



 そこの受付を任されている女子が、そんなアゴ……あ、失礼……お腹……ごめん、えっと、なぁ?」



 ひぃぃぃいいいいいい



 そそそ、そんなハッキリという!?



 うすうす感じていたけど、そんなハッキリいう!?



 そんなこと言われたことないのに!



 そんなハッキリ言われたことなんてないのに!



 しかも男の人に!!

「だからさ……一応社長として、アドバイスっていうか助言っていうか……。



 望月 あんこ、お前、痩せろ」



 ぽろぽろぽろ



「うえ~~ん」



 涙が出てきた。



 泣かされた!



「うえ~~ん……ぱくぱく」



 泣きながらスイーツを食べる。



 なんて悲しい絵なんだろ。

「お、泣いた泣いた。これは俺の勝ちだろ? な? な?」



「楽しんでるぅ~! うえ~~ん!!」



 普通、楽しむ?!



 おろおろするもんじゃないの?



 ハルくんだって私が泣いたら優しくしてくれるのに、なんて最低な男なの?



「うっわー泣きながら食べてる。すっげーな、お前」



 鬼の首を取ったよう笑い、全力でからかうメガネガエル。

 店の他の客もチラチラとこちらの様子を伺ながら笑っている。



 なぜ笑うか!



 泣きながら溶ける前にアイスを食べる私がそんなにおかしいかっ!



「うえ~~ん」



「あ、このイチゴもーらい!」



 ひょい、とメガネガエルは私のケーキについていたイチゴを食べた。



「うわあ~ん、楽しみにしてたのにぃ~~!!」



 止まらない涙。



 止まらないフォーク。



 増してゆく憎しみ!



 こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か・ぁ・~・!




「あの……そういえば」



 憎しみだけを残し、すっかり落ち着いた私はこのあいだトウマさんが口走っていたことを思い出した。



 メガネガエルは笑い疲れたのか、目線で返事をするとアイスミルクティーをストローでかき混ぜている。



「取締役の誕生日って……8月8日なんですか?」



 アイスミルクティーをカラカラとかきまぜながら「なんで知ってんだ」と言って、ストローを吸った。

「あ、いえ……トウマさんが先日、私と取締役の誕生日が同じ日だって言ってたんで……」



 ストローが止まる。私を見る。沈黙。



「あの……?」



「まんじゅうと俺が同じ誕生日なの?」



「ええ、まあ」



「8月8日?」



「はい」



「ああそう」

 ああそうって、それだけ?



「私……昔から自分の誕生日嫌いなんですよね」



 メガネガエルは返事をしない。



 だけど、こっちを向いているから聞いていないわけじゃないみたいだ。



「だって夏休み中の誕生日なんて、誰も祝ってくれないんです。



 あ、もちろん家族はちゃんと祝ってくれましたよ?



 けど、友達はみんなお盆のお休みを多く取って家族旅行とか言っちゃってるし、学校も休みだから誰かに言うことも出来ないし、



 なんだか損したなーって、学生の頃までは思ってました」

「で、いまは?」



「今はもっと嫌いかな。0が4つ並んでて、【お前は0点だ】って言われてるみたいで。



 なんだかハラがたちます」



 とそこまで話した私は「ははは」と自虐的に笑って見せた。



「そうかな」



 メガネガエルは、静かにひとこと言った。

「俺は自分で会社やってるからな。【八】って数字は末広がりで縁起がいいと思ってんだ。



 それが二つ並ぶなんて、なかなかないぜ?



 俺が独立を決めた理由の一つもそうだ。自分の生まれた日が、俺の成功を後押ししてくれてるんじゃないかってな」



「末広がり……ですか。そんな風に考えたことなかったです」



「なんでも考えようだと思うがね。俺は自分の誕生日は好きだ。



 大体、自分の生まれた日が嫌いなんて贅沢なこというな」



 とてもさっきまで口にいっぱいケチャップをつけていた人の言葉とは思えない。

「取締役って……一人っ子ですか」



「ん、なんでわかった」



 うわ、典型的。可愛がられて生きてきたんだろうなぁ……。



「うちは下に5つ離れた妹がいるんです。妹は6月生まれで、誕生日の時はいつも雨でした。


 けど、雨が降ると外で遊べないからみんなストレス溜まってんですかね?


 妹の誕生日の時は、いっぱい友達が来て……羨ましかった」



「そうか」



「だから、取締役と私は誕生日が同じでも全然違うんです!」

「そうだな」



 メガネガエルは少し寂しそうな顔をした。



 つーかなんでお前がするかなー! 私でしょ普通このタイミングで寂しげな表情するのって!



「お、こんな時間か。会社に戻るぞ」



「あ、はい! ごちそうさまでした!」



「出世して返せ」



「う……は、はい……」

 外に出るとまた強烈な日差しと熱が私に襲い掛かった。



「な、なんか今年……暑くありません?」



「夏は毎年暑いだろ」



「いや、なんか特別にというか……」



「夏に特別なんてあるか」



 メガネガエルはスタスタと先へ行く。



「あ、取締役……」



「とっとと歩け、置いていくぞ。蒸しまんじゅう」

「あ、いや……そっちは酒井さんの店の方向ですよ」



「……。 試したんだよお前を!」



 どんな強がりだ。



 私は方向を変えて歩き出すメガネガエルの背中を見詰めて、少しだけこの男の見方を変えようと決めた。



 オフィスに戻ると、なにやら中の様子がおかしかった。



 いつも静かなオフィスが、更に静かで、物音ひとつしない。



「ただいま帰りましたー……」



 誰もいないのか? と思いつつ玄関ドアからオフィスを覗く。



「なんだ、ちゃんとみんないるじゃない」



 覗き込んだオフィスには、ハルくんのパソコンの前で集まっているみんなの姿がいた。



 でも、みんなそれぞれ険しい顔をして画面を眺めている。

「どうした。なにかあったのか」



 メガネガエルが私の肩を押しのけて、みんなの集まるところへと歩み寄る。



 当たった肩をなんとなく押さえて、その様子を見守りつつ近づく。



「取締役……実は……」



 トウマさんがメガネガエルに気付きなにかを耳元で話した。



「デザインを……盗まれた……だと?」



 え、今なんて言った?7



 メガネガエルの言ったことがよく聞こえなかったので、みんなが覗くハルくんのパソコンの画面を私も覗いてみる。



「あ……これって……」



 ブリリアントのイベント用に作っていたキャンペーンページ。



 ハルくんが担当で、毎日のように見ていたからわかる。



 ただ、そのキャンペーンページの企業名は……「イクシード」……



「ブリリアントじゃない……?」












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