第3話

            ♪


 さて、みなさまに報告しなければいけないことがあるのです。


 ついに奇跡が起こったのです。


 いえ、……私が起こした奇跡……必然という名の奇跡なのです!



「わたくし、望月あんこは、通算100社目にして内定を勝ちとったのです!

 わードンドンドンドンパフパフパフパフー」


「おーー! おめでとーー!」


「え? マジで?? やったじゃん!!」


 高校時代からの親友、マイとミユキを呼び出し、内定祝いの宅飲みを実施した。

 そう、もうお分かりですね?


 あれから2日後、トウマさんから電話があり、正式な採用が決定したのです!

 

「いやいや、どうもどうも! 悪いね悪いねー! やーどんどん飲みなよ、どんどん」


「っかー、あんたってば調子いいんだから」


「でもおめでただよお」


 サバサバとした性格で、印刷会社のOLをしているマイ。

 フリーターで5年付き合っている彼氏と同棲しているミユキ。

 二人とも昔からの友達だ。

「私たち、ズッ友だよねー!」


「もう出来上がってんじゃん」


 マイはため息まじりに笑い、赤ワインを飲み


「やー、おめでただよお」


 同じ言葉を何度も言う天然のミユキ。


 なにかあるたびに3人が集まってワイワイと飲み会するんだ。


 決まってカクテル・チューハイ・焼酎・ワイン。


 山ほどのお菓子とおつまみで、いつもと同じ宴会が始まった。

「それにしても100社も会社落ちる奴いんだねー」


「99社ですぅ~だ! 100社目で決まったの」


「やー、ほんとおめでただねえ」


「あんたそればっかじゃん。……で、なんの会社よ」


「へへぇ~ん……デザイン会社だよぉ~!」


「デザイン会社!? そんなオサレなところであんた働けるの?」


「大丈夫大丈夫っ!」


「あんたパソコンとか使えんの?」


「んー……なんとかなるっしょ?」

「あんたのそういうところが今まで面接落ちまくってきた原因だってなんで気づかないかな……」


「なに言ってんの!? 私、受かりましたけど? デ・ザ・イ・ン・会・社!」


「いやあ~めでたいよお」


「だから、あたしが言ってんのは、あんたみたいなずぶの素人雇うような会社大丈夫かって言ってんのよ」


「はっ! 印刷会社のOLごときが私に嫉妬とはねー」


「……言ってくれんじゃん、あんた。覚悟できてんだろうね」


「……なァに? やるっていうの?」


 マイと私は睨みあうと、同時にスマホを取り出した。


「いざ、勝負!」


「吠え面かくわよ!」


 普段からスコアを競い合っているパズルゲームのアプリを開く。

 かわいいウサギのキャラが『レディゴー』とスタートを私たちに教えた。


「あんたわかってんの?! 先週のスコアあたしに負けてんだよ!?」


「その前の週は私が勝ってたけどねぇー!」


「言うじゃん」


 アラサー女子がそろってゲーム勝負。くだらないけど、このひと時がなんとも言えずに楽しいのだ。


「あんこちゃん、就職、おめでとお~」

「3カ月間は、試用期間として時給計算します。それでもよろしいですか?」


「じ、時給……?! あの、それってつまり……アルバイト扱いという……」


「ええ、そうなります。ご都合が悪いでしょうか」


「い、いえ! とんでもない! 本当にありがたいです! よろしくおねがいします!」


 宅飲み宴会から3日後、私は入社時期などの相談の為、FOR SEASONに訪れていた。


 ようやく掴み取った内定、さようなら無職。


 そんな風に手放しではしゃいでいた私は、当然、正社員での採用だと思っていた。


 よくよく考えれば、試用期間3か月間は時給だなんて、普通なんだけど……

 99社も面接を撃沈していれば、そんな常識すら忘れてしまっている。


 挫けるな、あんこ。人間活動は今始まったばかりだ!


「3か月間、社員になれるようにがんばりますっ!」


「とても良い心がけですね。その姿勢を見て安心しました」


 トウマさんは、穏やかな笑顔で優しく言ってくれた。


 そうだよ! アルバイト扱いだってたったの3カ月間じゃん!


 っつか、正式採用されたも同然じゃん!


 履歴書に嘘ついてないし、……出来ないことはこれから勉強すればいいし……

「望月さん?」


「え、あ、はいっ! 頑張ります!」


「その前向きな姿勢には、誠に感銘致します。それで出社日なのですが」


「本日が金曜日ですので、来週……6月17日、月曜日からで如何ですか?」


「はい、月曜日からですね! 私もその方が助かりますっ!」


「では、来週の月曜日、朝6時に出社お願いしますね」


「わかりました! 朝6時ですね!」


 ついに私の初出社日が決まった!

 週明けの月曜日、とても良いではないか。月曜日から出社だなんて、なんと縁起のいい。

 しかも、朝6時から出社だなんて、素晴ら……

 ……ん? 


 待てよ。



「……あの、トウマさん……」


「いきなりファーストネームで呼んで頂けるとは……意外にフランクなのですね」


「ああっ! す、すいません……つい」


「いいんですよ。これからもトウマとお呼びください」


「あ、ありがとうございます……。あの、それでですね……もしかしたら聞き間違いだったかもしれないんですけど……」


「はい?」

 トウマさんは、馴れ馴れしく下の名前で呼んでしまった私にも、変わらず優しい笑みで言葉の続きを待っている。


「朝……6時って仰ったような……」


「はい。朝の6時です」


「……」


「……?」


「6時……ですか?」


「ええ、6時です」


「そうですか」


 どうやら聞き間違いではないらしい。

 

 間違いなく朝6時出勤のようだ。


「わっかりました! じゃあ、来週から張り切って働きたいと思います!」


「よろしくお願いしますね、望月さん」


「はい!」


 私はそういうと、元気よく挨拶をし、跳ねるようにドアまで行くと、90度のお辞儀でオフィスを後にした。


 満面の笑みで、エレベーターに乗り込み。


 満面の笑みで、ビルを出た。


 そして、満面の笑みで駅ビルに入り、トイレに駆け込んだ。

「……大丈夫かな……あの会社」


 トイレの洗面所の鏡に問いかけ、引きつった満面の笑みを両手でほぐした。

 その拍子にまつ毛がずれたが、気にせずに鏡の自分を見つめて考えた。


『なにそれ大丈夫なのーー!? いや、大丈夫じゃない……大丈夫じゃないよ!』


 今日の出来事を話すとマイは、少し嬉しそうに電話の向こうで叫んだ。


『大体さぁ、そんなイケメンばっかりのデザイン会社なんて、裏があるって! まー世の中そんなに甘くないんだと思って諦めるんだね』


「うーー、あんたなんでもうちょっとアガるようなこと言ってくんないわけ? 親友の私がこんなにへこんでんだよ」


『キャッキャッキャッ』


 おー喜んでる喜んでる。悔しい。

「でも毎日じゃないかもしれないし、朝早い変わりに早く終わると思うし……」


『試用期間中はアルバイトなんでしょ? 早朝出勤なんて手当なんてつかないし、3か月間雑用させるだけさせて「適正不足」だなんて評価されて終わり! ……なんてことも覚悟してた方がいいんじゃない?』


 なにもそこまで言うことないんじゃない?

 朝6時に出社命令あっただけなのに、そこまで言う普通!?


『あんたのことだから“そこまで言うことないじゃない”とか思ってるんだろうけど、こう見えてもちゃんと心配してんだからね! 今からでも遅くないからもう一回ちゃんと調べてみなよ』

「ちゃんと調べろ……って、インターネットではちゃんとリサーチしたよぉ」


『インターネットだけが情報収集のツールじゃないでしょー。……わかった。あたしが調べてあげる』


「うーー」


 励まして欲しかったのに、こんなことになるとは……。

 なぜ私はマイに話してしまったのだろう。ミユキに電話すれば良かっ……


 そこまで考えるとミユキの「それはおめでただねぇ」というセリフが頭をよぎった。

 ……マイで正解だったと思うしかない。


「わかったよ~、じゃあ調べて!」


『よーし、任せて!』


 “任せて”だって……、やっぱり面白がってんじゃないの?


 なんて前途多難なんだろう……神様、なぜ私にばかり試練を与えるのですか?



 マイとの電話を切った私は、冷蔵庫を開けるとあることに気付いた。


「……プリン、買うの忘れた」


 ――前途多難だ。

 ――6月17日が来た。


 気合いを入れて4時に起きた。


「……暗い。空が暗い……」


 寝ぼけて頭が起きていない私は、窓の外の空を見てつぶやいた。


 これ、まだ夜じゃん。と思いつつ、歯ブラシを取り歯磨き粉のチューブを握った。


 

 むにょーん!


「はわっ!」


 握りが強すぎたのかやたらと大量な中身が飛び出し、歯ブラシを持った私の手に乗った。

 手に乗った白い歯磨き粉を歯ブラシの先に着ける。

 それを口に入れると、水道で洗い流した。


「……うー」


 ごしごし、ぐしゅぐしゅ


 朝4時まで起きていることはあっても、朝4時に起きることは中々ない。

 時刻は4時14分。


 ちょっと調子に乗りすぎたかな。


 2着あるビジネススーツをボーっと眺めて思った。


 グレーとグレー。


 我ながら地味な色のスーツだな、と思う。


 でもお洒落なだけで印象が良くない可愛い色のスーツよりも、真面目さをアピールしなければいけなかった私にはこれが戦闘服なんだ。

 なんとかウテナとかっていう、私が中学生の頃にやっていた少女アニメを思い出した。

 ベルバラみたいな貴族の軍服みたいな服が子供心にかっこいいな、って思った。


 しかし、目の前にならぶこの地味なグレースーツはそんな格好のいいものじゃない。


「……デザイン会社のOLさんになるんだったら、デザインチックなスーツも買わなきゃ……」


 口に出して『デザイン会社』といった私は、その響きに自分でビクンとなった。


「……デザイン会社」


 もう一回言ってみた。


「……デザイン会社」


 おひょ?


「デザイン会社!」


 うっひょー!


 そうだ! 私は今日からデザイン会社に勤めるんだ!


 朝6時がなんだ!


 今は4時半にもなっていない、余裕で間に合うし、全然起きれる!


 多少の労働がなんだ!


 オサレな毎日がこの私を待っている、そして……

 あのメガネ男子……トウマさん……



 きゅんっ



「ぃよし! 頑張るぞ! 頑張って初給料で可愛いスーツを買うのだ!」



 テンションのあがった私は、スーツをかけたハンガーごと出すと、壁のフックにかけた。

 ベランダの窓越しに置いたスタンドミラーに映った自分が目に入る。



 ボサボサの髪、よれよれのタンクトップ、高校時代のジャージパンツ。


「……」


 デザイン性ゼロ。


「ふん!」


 見なかったことにして脱ぐ! 


 シャワーを浴びる!


 目に映る便器!


 見とけよ、その内セパレートバスのマンションに住んでやるからなー!

 5時40分。


 私の仕事場となる渋谷サンセットに着いた。


 早朝にも関わらず、やる気MAXの私はいつもより大きな歩幅で自動ドアの前に歩み寄った。


「……はれ?」


 開かない。


 もう一度地団駄を踏んでみる。


 ……開かない。

 これってもしかして……


 私は裏口(というのか?)を探すと、ドアの横に据え付けられたインターホンを押した。


 ピンポーン


『……はい』


 インターホンについている小さなカメラが私を見つめている気がする。


「あの~5階のFOR SEASONの社員なんですが、表の自動ドアが閉まっていて入れないんですけど……」


『ここの社員さん? だったら社員証あるでしょう。忘れたの?』


「いえ、実は今日が初出社でして……社員証はまだもらっていないんです」


『えー……こんな時間に? 聞いてないから入れるわけにはいかないな』


「そんなぁ~!」

 一体どうなってんの!?

 呼ばれた時間に来たのに中に入れないなんて!


「でも6時に来てくれって言われたんです!」


『ちょっと待ってよ、FOR SEASONって確か普通のオフィスだよね? そんなところがこんな早朝から出社するように言うわけないじゃない。時間間違えたんじゃないの?

 夕方の6時とかにさ』


「違いますよ! 本当に朝の6時に来てって言われたの!」


『とにかく、表のドアは8時までは開けないし、時間外の入館は社員証がないと許可できません』


「8時って、それじゃあダメなんですよ~」


『警察呼ぶよ』


「け、警察っ!? そんな……」


ブツ

 

「あ、切った!」

 5:54……ヤバイ、遅刻しそうだ。


 っていうか、遅刻しても絶対私悪くないじゃん!


 悪くはないけど、……初日から遅刻してどんな言い訳しても心象悪いよね……絶対。


 なんか手はないものか、ううむ。


 開かない自動ドアの前で私は頭を抱えた。


「あ~~! こんなことなら電話してもう一回確認しておけばよかったぁ~!!」


 その場でしゃがみ込み両手で顔を覆った。


 ……ん、ちょっと待てよ……

 電話……


「電話っ!」


 そうだよ電話だ!

 朝6時に呼ぶくらいだから誰かいるに決まってるじゃない!


 なんでこんな単純なことに気付かないかなー!


 私はそう閃くとFOR SEASONにコールした。


 トゥルルル……と呼び出し音が受話器の向こうを叩く。

 ……出ないな。


 まさか、誰もいないなんてことないよね……。



 トゥルルル……



「お~~い……お願いだから誰か出て……」



 トゥルルル……



 出ない出ない出ないぃ~……



 電話の向こうが不在通知音声に変わる度にコールし直す。



 もう5回くらいはかけた。

「次で出なかったら8時まで待つしかない……」


 私は半ば途方に暮れて、スマホを耳に当てた。


 トゥルルル……ガチャ


 出た!


「も、もしもし! あの、私本日からFOR SEASONで」


『誰だお前』


 えーーーー! 今名乗ろうとしてるじゃん!

 心の中で大声で叫ぶ私。


「あの、ですから私は本日からFOR SEASONで働くことになった……」


『ああ、新人か。そういえば今日からだったな』


 よ、良かった……話が通じた。


『で、なにしてんだ。とっとと入ってこいよ』


「それがですね、社員証がないと入館できないみたいで……その」


『ああ、入れなかったのか』


「はい、そうなんです!」


『じゃあセキュリティの奴に言っとくから裏から入れ』


「わかりました」


 急いで私は先ほどの裏口へいく

 ピンポーン


「あの、さっきの……」


『ああ、今聞いたよ。鍵開けたから入ってください』


 や、やった……やっと入れた。


 中に入ると、ところどころ蛍光灯はついているが、全体的には暗いフロアだった。


 物音ひとつしないので、自分のヒールの音がカツンカツンとやけに響く。


 ビジネスヒールなので、甲高い音は出ないはずだけど、これだけ静まり返っているとさすがにうるさい。

 恐る恐るエレベーターのボタンを押す。最初から一階にあったようで、ドアはすぐに開いた。

 

「おはようございます……」


 5Fにつき、ドアが開くとすぐ目の前にあるオフィスのドアを、またまた恐る恐ると開けてみる。

 確かにさきほど電話に人が出たので、誰かはいるはずなのに、やけにくらい。

 なぜ電気の一つもついていないんだろう。



「あの……望月です……どなたかいらっしゃいませんか」


 受付カウンターをゆっくりと通過し、辺りを見渡す。

 この突き当りを左に行くと、面接を受けたゲストルームだ。

 右の方にはまだ入ったことはない。


 多分、この右の奥にオフィスがあるんだと思う。


「あの……どなたか……」


 右側のオフィスを覗き込んでみる。


 予想通りオフィスだ。


 なんの変哲もない、オフィスだ。


 ただ、暗い。


 真っ暗。


「おはようございます!」


 少し大きな声を出してみた。

 ……無反応。


 なんだか泣きそうになってきた。


「おばけでてきそう……」


 なにを隠そう私は、大の怖がりなのだ。

 学生時代、夏場の私は“ビビる望月”という不名誉なアダ名をつけられるくらいだ。


 思えば、いつぞやの肝試しの時、恐怖のあまり……いややめとこう。


「お願い~誰かぁ~」


 泣きべそをかきながら暗いオフィスに目を凝らす。

 ……奥に人影があった。


「よ、良かった……」

 その人影に安心した私は、少し歩みを早め、その人影の前まで来た。


「こんな暗いところでお仕事さ……」


 その人物は、ただ突っ立ったままで微動だにしない。


「あの……」


 なんの反応もしないその人影に近づいてみると……、段々とそれが人ではないことが分かった。

 人でない……って、もしかして……


 暗くてそれが誰で、なんなのか分からないけど……これは多分、オバケ……


「ひぃぃ……」


 後ずさりする。


「ひゃぁ!!」


 お尻に椅子があたり、その場に尻餅をついてしまった。

 どしん、という振動に反応したのかその人影は私に向かって迫ってきた!


「ぎぃやぁああああああ!!」


 黒い人影が私に覆いかぶさる。その重みと、冷たい体に私の恐怖は頂点に達した!

 っていうか死ぬ、死んだ!

 お父さんやっぱり帰ればよかった! ごめん、ごめんねお母さん!!


「おかあーさああん!!」


 さようなら……みんな。天国から見守って

「なにやってんだお前」


 死を覚悟し、目をつぶっていた私に誰かが話しかけた。


 この声は、神様!?


 できれば天国のおいしいうどん屋さんを教えて!


「う、うどん……」


「うどん? なに言ってんだ」


 ん? 神様じゃない?


「……へっ」


 恐る恐る目を開けてみると、暗かったはずの景色が一転、明るくなっていた。


「ぎゃあああ!」


 覆いかぶさる重さの主に目をやると、黄色い目の白いゴツゴツしたバケモノだった!

 死んだ! やっぱり死んだ!


「うどん! おかあさん、うどん、死ぬ! うど……」


「よく見ろって」


「おかうど……あ、あれぇ!?」


 私の上にかぶさるそれは、よく見ると大きな人間サイズのロボットのフィギュアだった。


「ろ、ロボット……」


「違う、ガンバルだ」


 ロボットとは違う、スーツ姿の人がそのガンバルをどかしてくれた。

「あ、ありがとう……ございます」


「あー!ここ傷入ってんじゃねぇか!」


 どうやら私の声は聞いていないようだ。


「ここも! うっわ、やってくれるな……」


 倒れたままの私を無視してガンバルの心配をしているみたいだ。


「……」


 それにあっけを取られ、動けないでいた。


「あ、あのぅ……」


 私の声に男はこちらを向いた。

「……うそ」


 私を見下ろすその男は……、メタリックグリーンのメガネをした……私の王子様だった。


「だっせーパンツだな」


「ほわあっ!」


 倒れたままの恰好で大きく足を開いたままだった私は、王子様に勝負パンツを見られてしまった。

 すかさずに足を閉じ、手で押さえて隠す。


 しかも……ダサいって……フリフリ付きのお気に入りなのに……

 王子様は私のパンツをバカにしたあとは、わき目も振らずにガンバルの心配ばかりをしている。


 ゆっくりと立ち上がりお尻をはたく。


「あの……」


「お前さ」


「はい?」


「遅刻」


「へっ!?」


「出勤が遅いって言ってんだよ」


「はぁ!?」


「はぁ!? ってなんだ。時計見てみろ」


 そういわれて咄嗟に腕時計を見る。

 ……6:12


「12分遅刻」


「で、でも! それは……」


「どんな理由があろうと、遅刻は遅刻。原点1」


 ななな、なんですってぇええええ!


「返事は」


「……はい。すみませんでした」


 落ち着け、私は社会人。今日から社会人、ようやく決まった就職……我慢するんだ。


 それにしても王子様がこんなにもムカつく奴だなんて!

「まあ、いいだろ。で、名前は?」


 ガンバルの手入れをしながら、私を見ずに王子様……いや、メガネガエル(緑のメガネなので)は言った。

 その態度に余計にイライラが上がる。


 ムカ着火ファイアー!


「望月 あんこです」


 自己紹介すると、メガネガエルの手が止まった。


「なんだと?」


「え、だから望月 あんこです」


「“餅突き あんこ”? 甘ったるい名前だな」


 え、なんて言ったの今!? 


 それが初対面の相手に言う言葉??


 ムッキー!!!


「望月あんこです!! 大体なんなんですかあなた! 失礼だと思わないんですか?!」


 そう言うと、メガネガエルはゆっくりと真っ直ぐ立つと、こちらに向き直り距離を詰めた。


「な、なによ……」


「株式会社FOR SEASON 代表取締役の春日棗(かすが なつめ)だ。これからよろしくね、“おまんじゅうさん”」


「春日……ナツ……ええっ!!」









 社長でした。









 


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