第2話

第2話

 <株式会社FOR SEASON>


 インターネットを駆使して調べたその会社の評判はまあまあ良かった。

 というか、そこまで情報が出てこなかったので、必然的に良い情報を参考にした結果だけど。


 いくつか出てきた情報の中で、特に目立った……いや、ほとんどがこのことばかりだった。


『あの会社は春日 棗(カスガ ナツメ)で持っている』


 ……と。


 春日 棗という人間を調べようと検索をかけたところ当然ながらこの<株式会社 FOR SEASON>がヒットした。


 した、が……問題はその名前が書いてあった場所だ。


<代表取締役 春日 棗>


 社長で持っている会社……。


 変じゃないといえば、変じゃないんだけど、社長が有名な会社って……どういうことだろう。

 ともかく、今日はここでの初の顔合わせだ。


 調べられることは調べたし、なんとかここで決めたい。

 


 <渋谷サンセット5F>


 住所を何度も確認し、その何の変哲もないビルにたどり着いた。


 約束の時間よりも20分も前に着いた。


 ――よし、万全だ!



 銀色の扉に自分を映し、身だしなみをチェックしながらエレベーターが来るのを待った。

 ポーン、という静かな電子音でエレベーターが着いたことを知らせる。


 一張羅のシャツの襟を整えて、エレベーターの扉が開くのを待つ。


 100回目の面接だけど、何度やっても緊張する。


 この100回目というキリのいい数字で決めるんだ!


 しかも今回は強い後ろ盾がいる。


 エレベーターが開くと、若い男性が居た。


 難しそうな顔をしていたが、私の顔を見ると微笑み、軽く会釈をしてくれた。


 私もすかさず会釈を返す。


 

 ややブルーのかかった薄くストライプの入ったスーツが印象的だった。


 いや、印象的だったのはスーツのせいだけじゃない。


 むしろ、それを着こなすその男性のスラッとしたシルエットと、高い身長。


 150センチしかない私には、巨人と言ってもいい身長差。


 それがまた自分とは別世界の住民だという空気を出していてよかった。


 そして、ふわりとしたボリュームの髪は、自然に横に流していて清潔感がある。

 メタリックグリーンっていうのかな? キラキラとした金属的な印象のある緑色のお洒落なフレームのメガネ。

 今まで出会ったことのないタイプの爽やかなイケメンって感じ。


 そうそう。いい男は眺めるだけに限る。


 私とは生きる世界が違うからだ。

 入れ違いでエレベーターに入った私は、彼とすれ違った際に知っている身近な香りがした。


 

 ――ケチャップの香り?


 時刻は13:40.昼食にオムライスでも食べたのかな。


 すれ違ったその男性のイメージとオムライスとのギャップを想像して、思わず私は笑ってしまった。


 ……ありがとう、なんとか緊張がほぐれた。


 心の中でお礼を言って、私はエレベーターの5Fのボタンを押した。

 5Fに着き、扉が開いたらすぐ目の前に四角いロゴで<FOR SEASON>と書かれてあるガラスのドアがあった。


 なるほど、1フロアに1つの会社が入っているんだ。


「失礼します」


 面接(不採用)の鬼である私は落ち着いた佇まいで、ドアを開けた。


「あ、いらっしゃーい! あんこ姉ちゃん!」


「あ、アッくん! 来たよー」


 金髪に染めた少年は、私を見ると嬉しそうに手を振った。

 私もそれに小さく答える。

 ……答えるのはいいんだけど……


「アッくん……そこって」


「うん? ああ、ようこそ<FOR SEASON>へ!」


 少年……もとい、アッくんが座っていたのは“受付”と書かれたカウンターだった。


「今日は僕が受付当番だからさ」


 アッくんは携帯ゲームを片手にニコニコと私に語り掛ける。


「……そうなんだ……。ところで人事担当って……」


「あーはいはい! そうだったね! トウマさーん」

 アッくんが、「トウマさん」と呼んだかと思うと、すぐに大きな体の……まるでアメフト選手のような体つきのナイスミドルなおじさまがやってきた。


「お呼びでしょうか? アキ」


「ほら、この人が望月あんこさん」


「ああ……本日面接の。望月さんですね? どうぞこちらへ」


「はい! 失礼します」


 トウマと呼ばれたその人に着いていきながら、アッくんに片手をあげて(ありがとう)と意思表示した。

 アッくんも(がんばって)とガッツポーズで返してくれた。

 奥のゲストルームに案内され、トウマさんは「すぐに戻ります」と言って一旦その場を離れた。


 その間、私はゲストルームを色々と見渡してみた。


 感想はというと……、まあどこにでもありそうなオフィスだ。


 誰が描いたかのか分からない前衛的なイラストや、カラフルな花が妙な形の花瓶に飾ってあった。


 おっと……この会社がどういう会社か、それを分かっていないといけない。

 この<FOR SEASON>という会社は、デザイン会社だ。

 社員の数は4名とまぁ小さな会社だが、時折大手企業のデザインを請け負い、その成果が話題に上がることもあったらしい。


 インターネットで話題が上がっていた『あの会社は社長で持っている』というのは、社長のデザインセンスのことを言っているのでは……と、勝手に推理してみた。


とにかく、デザイン会社ということでよくわからないオブジェが飾られたシンプルな内装だと、私はそう言いたい。


「望月様、お待たせしました」


「いえ、こちらこそお忙しいところお時間をとって頂きまして恐縮です!」


「そんなご丁寧に、ありがとうございます。お心遣い痛み入ります」


「いえいえいえ! こちらこそ……」


 数ある面接場の中でもこれほど丁寧な応対をしてくれた会社はなかった。

 それだけで私の中での好感度がアップする。


 ――ここで働けたら素敵だな……。


 思わずそんな言葉が胸をよぎる。

「申し遅れました。この度、社長に代わりまして面接を担当させて頂きます

 丹夏 冬眞(タンゲ トウマ)と申します。本日はよろしくお願い申し上げます」


「あ、望月あんこです! よろしくお願いします!」


 うう、なんだかいつもと違う緊張感があるなぁ……。

 

「そとは蒸し暑かったでしょう? そちらに用意したお茶でよければどうぞお飲みください」


「は、はい。恐れ入ります」


「そんなにかしこまらないでください、フランク行きましょう」


「は、はい……」

 私は今、試されているのだろうか。


 いや、私の百戦錬磨の勘が言っている。これは試練だ! 私は今、確実に試されているのだ。


「それで……早速ですが2,3、質問をよろしいでしょうか?」


 相変わらず丁寧な物言いでトウマさんが面接を続ける。

 負けじとそれに食い気味で応じる私。


 頑張れ、負けるなあんこ! 内定を勝ち取れ!


「……ああ、そういえば望月さんは弊社のアルバイト社員の<冬島 亜季(フユシマ アキ)>とお知り合いだそうで」


「あ、はい」

 そうアッくん……冬島亜季は私の住むマンションの管理人さんの息子で、私が引っ越した頃から知っている。

 4年前に今の部屋に越してきたときに13歳だったから、確か今は17歳のはず。


 アルバイトをしていたのは知っていたが……まさかそれがデザイン会社だなんて想像できるはずがない。


 ここしばらく会うことがなかったので、全く知らなかったがどうやらそういった関連を独学で勉強しているらしい。

 実は、私のお腹がゴロゴロしていた日、……そう。

 あの世にもツイてない日のことだ。


 ツイていないときはとことんツイていないようで、あの日、腹痛に悩まされた私の部屋に、胃薬や整腸薬といったハイカラなものなど存在せず、ただただ腹痛に苦しんでいた。


 病院に行こうと思ったが、苦しくて辿り着くまで耐えれそうになかった。

 けれど、だからといって1DKのマンションに住む私は、お隣さんに薬を分けてもらう勇気も根性もない。


 そこで閃いたのが管理人室だというわけ!

 管理人室には、暇つぶしに遊びにきていたアッくんが留守番をしていて、「薬……薬をばわたくしめに恵んでおくんなまし……」と助けを求めたのだ。


 不幸にもその場に薬は無く、トボトボと痛む腹を抱えて私は部屋に帰ったわけなんだけど……


 ピンポーン


 このまま死んでしまう方が、実家にも帰らずに済むし、就職に悩み自殺……なんてこともないので丁度いいかも、と世を憂いていたとき救世主が現れたんだ。

「あんこ姉ちゃん、薬買ってきたよ」


 神、降臨。




「結構片付いてんねー。えらいえらい」


「もー……えらいえらいって……私年上なんですけどー……」


 アッくんは、初めて入る私の部屋をキョロキョロと見渡すと金髪の髪をかき上げた。


「アッくん、高校生なんでしょ? その髪型……いいの」


「いいの。うち校則ゆるゆるだし。それよりさ」

「うん?」


「あんこ姉ちゃんの下着ってどこ」


「ぶほっ!」


 口からなんか出た。

 急になにを言い出すかこの子!


「出してよ」


「へっ!? なに言ってんの?」


「いや、だって薬買ってきたじゃん。お駄賃としてさ」


「あのね、男の子だからそういうのに興味あるのはわかるけど」


「興味あんだよねー。僕、アラサーと付き合ったことないし、どんなの穿く……」

「ごほごほごほごほ!」


「あ、なんなら今穿いてるの見せてよ」


 どどど、どこまで冗談で言ってんだこのガキャ!

 これまでの人生でいくら子供相手とはいえ、こんなにもストレートにこんなことを言われたことがない。


 正直、どう返していいのかわからない。


「顔、赤―っ! ウケる!!」


「ウケない!」


 わわわ、私は今高校生のガキンチョにおちょくられているのか??

「うぅ……イタタ」


「あ、大丈夫!? 僕が脱がしてあげようか?」


「そっち? ……うぅイタタ……」


 


 ……ここから先はあまり思い出したくないので、省略。

 なんにもなかったよ! けど散々恥ずかしいやりとりがあったから……省略!



「え? 今無職なの!」


「イタタ……悪い……?」


 ソファで動けないでいる私の横に、いつのまにか座っているアッくんが驚いたように言った。

「だったらさ、うちの会社おいでよ! 丁度今、女の子足りてないんだよね」


「……会社? なにコンビニ? ガソスタ?」


「違うって! デザイン会社!」


「デザ……イン……会社ァ!?」



 アッくんの口から予想もしない言葉が出たことに私は驚いた。

 だが、それ以上に



「行く行く行く行く! 絶対行く! 面接してよ面接!」


「え……ああ、うん。社長に話しておくよ」


 さすがのアッくんもこの時の私には若干引き気味だったが気にしない。

 そういう訳で私は今ここにいるのだ。


「あの、私が住んでいるマンションの管理人さんの息子さんが亜季さんでして」


「そうですか。どうりで仲が良い訳ですね。でしたら、ご縁があって弊社でお勤め頂ける際には、幾分か気が楽かもしれませんね」


 ナイスミドル!


 トウマさん、幾つくらいなのだろう……。40代くらいかな……、歳の差って今まで否定派だったんだけど……アリかも。


「え、ええ! ご縁がありましたら……是非」

「どうだったあんこ姉ちゃん」


「わかんないけど、いい結果だったらいいね」


 オフィスを出るときに、それだけアッくんと話した。


「本日はお疲れさまでした。ご縁がありましたらいいですね」


「はい、是非この会社で働きたいです」


 オフィスのドアで、一度90度のおじぎをする。

 トウマさんも同じようにおじぎをし、アッくんはニコニコしながら手を振ってくれた。

 デザイン会社っていうから、もっと自己主張の強い人ばかりだと思っていたけど……、考えていたよりはアットホームな雰囲気だったな。


 でも実際手応えはどうだろう。

 面接で聞かれるようなベターな質問はもちろんされたけど……、それ以外は世間話の延長みたいなもんだったし。


 うぅ~~どうか神様、今回で決めさせてくださいっ!

 自分がピンチな時にしか祈らない、都合の良い神様にお祈りしながらエレベーターを待つ。


 ――トウマさん、素敵な人だったな……。色黒な肌に、屈強な体、後ろに流した黒髪がまた男らしさを醸し出して……


 私の夢見る王子様は、まだ見ないけど、王子様のお父さん……、つまり王様はあんな感じかも。


 ってことは私は王女じゃなくて王女様……?


 うふふ~、新しい世界~~

 ポーン


 私の煩悩の鐘を叩くように、エレベーター到着を知らせる音。


「はっ! 私ったら」


 ボケーっとした自分を正気に戻す為に、自分の頬を右手でつねった。


「イタタ……目覚めよ私っ」


 開いたエレベーターの中に、見覚えのある男性がいた。

「……!」


 どうやら向こうも私に気付いたようだ。


「あ、……お疲れ様です」


 当たり障りのない挨拶。


「ご苦労様です」


 そう言ってその男性は私と入れ違いに外へ出た。

(あれ? もしかして……FOR SEASONの社員さん……?)


 その男性は、急にこちらを振り返り、自分の右頬を指差し


「ここ赤くなってますけど、大丈夫ですか?」


 と聞いてきた。


「え? あ、ああ……その」


 急な問いかけに動揺して言葉に詰まる私の視界から、その男性は縦に狭くなってゆく。


「あ……」


 そうして、扉が閉まった。

 このビルに着いたときに、エレベーターで出会ったお洒落メガネの男性。

 

 ナイスミドルな王様……。


 こんな素敵な会社に働いたら……どうなっちゃうんだろう、私。


 うーーーー、考えるだけで恥ずかしいっ!



 でも、でもね、もしかしたらね。


 うふ、……でもまさかぁ~……




 ポーン




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