第12話 知らない


「死神……? まさかお前たちのところにも、〝タモル〟という死神が現れたのか?」

「ああ柊征しゅうゆ、お前のところにも来たのか?」

「そうだ。明生あいの寿命について話していった」

「どうやら俺たちは、同じことについて話したいらしいな」


 柊征と金了こんりょうは互いに目を合わせて頷いた。


「……で、あの話を聞いて、柊征……お前はどうするつもりなんだ?」

「明生を助けるために必要なのは、婚姻もしくは縁切りか……俺はあいつの兄貴だから、どちらも選択する気はない」

「だったら、予定通り明生は俺がもらう」

「何が予定通りだ! 兄さんに明生はやれない」

「だが、このままだと一年の命だぞ?」

「あいつの話が本当だったらな」

「お前は信じないのか?」

「初めて会った相手を信じるほうが難しい」

「神が神を信じなくてどうするんだ。神に嘘をつく神なんて聞いたことがないぞ?」

「嘘をつく神なら知っている」

「は?」

「いや、なんでもない……それより、明生にはまだ一年という時間が残されているんだ。その間に俺は明生の寿命を戻す方法を探してみる」

「どうやって? 人見知りで他の神とのつながりもないくせに」

「……うるさい。俺にだって知り合いの一神や二神いるんだ」

「へぇ……それは初耳だな。とにかく、俺は明生と結婚する方向で進めるからな」

「おい兄さん、勝手に話を進めるな」

「長い時を生きてきた俺たちにとっては、一年なんて一瞬だぞ? いつの間にか明生が死んでました、なんてことになったらどうするつもりだよ」

「一番そばにいる俺が、そこまで放っておくと思うのか?」


 どこまでも頑なな柊征しゅうゆに対して、今度は甚人じんとが訊ねる。


「どうして柊征は明生を結婚させたくないんだ? 金了こんりょうはなんでも持っているし、正体もバレたから秘密もない。良い相手だと思うぞ」

「それは……って、正体がバレた、だと?」

「こら、甚人。明生に正体がバレたこと、勝手に言うなよ」

「金了、どうして言ってはいけないんだ? 神は嘘をつかないんだろう?」

「それはそれ、これはこれ。こいつにバレたら、面倒くさいことになるに決まってるだろ」

「おい、全部聞こえてるぞ。それより本当なのか? 明生に兄さんの正体がバレたっていうのは」

「……ああ、そうだよ。多重人格の女のところで、この姿を見られてしまってな」

「兄さん……あんたはどうしてそう、詰めが甘いんだ。まさか俺のことまでバラしてないだろうな?」

「さすがにお前のことは言えるわけがないだろう。……まさか明生の兄貴が、十年前に亡くなっているなんて知ったら……どうなることか」

「それなら良いが……」

「とにかく、俺は明生と結婚するからな」

「だから、それは俺が許さないって言ってるだろ」

「お前はどうしてそう、頑固なんだよ」

「明生には幸せになってもらいたいからだ。神との婚姻が、何を意味するのかわかっているのか? あいつが人間としての生を捨てることになるんだぞ?」

「それの何が悪い」

「兄さんはもうちょっとよく考えてくれ」

「お前には言われたくない」


 柊征と金了が一歩も退かない中、甚人は首を傾げる。


「柊征はどうして反対なんだ? 明生の幸せがお前の幸せなんだろう?」

「それはそうだが……できれば明生には人間として幸せになってほしいんだ」

「短命でも人間として生きることのほうが大切なのか?」

「……そういうわけじゃない」

「なら、どういうわけなんだ?」

「俺はただ、神と婚姻を結ぶことによって、果てしない時間を過ごす覚悟が……あいつにはないと思うから……」


 戸惑うように瞳を揺らす柊征に、甚人が踊りながら訊ねる。


「覚悟がないなんて、誰が決めたんだ? 明生に聞いたのか?」

「それは……」

「これは明生の問題なんだろう? だったら、明生に決めさせるべきことなんじゃないのか? ましてや自分の寿命を他人に決められたくなんてないだろう」

「それはそうだが……」


 甚人のしごくまっとうな意見に、悩む柊征。

 

 傍らにいた金了も考えを改める。


「そうだな。すべては明生に選択権があるんだ……だったら、俺がどうこう言う問題でもないよな。わかった……思い切って明生に聞いてみよう」

「兄さん」

「明生がどんな道を選ぶのか、お前も黙って見守れよ。兄貴なんだから、明生の味方なんだろ?」

「……わかった。俺も明生の選択を尊重しよう。ただし、明生が嫌がったら、兄さんと結婚なんてさせないからな」

「だったら、どうやって明生の寿命を元に戻すんだよ」

「それなら、私が明生と結婚しようか?」

「……は?」


 突然花婿候補として名乗り出た甚人を、柊征と金了は呆れた顔で見つめた。






 ***






「わあ、遊園地なんて久しぶり!」

「だよな。俺も中学以来だ」


 私──明生あいが事件ばかりでちょっとだけ気を落としていたら、かざりが遊園地に連れてきてくれた。

 

 デートと言われるのはちょっと微妙だけど、久しぶりの遊園地は胸が弾んだ。


「ねぇ、何から乗る? やっぱりマジカルトルネード?」

「相変わらず絶叫系が好きなんだな、お前は」

「ジェットコースターから見る景色ってすごいんだよ」

「ジェットコースターで景色を見に行くやつってお前くらいだよ」


 私が「そうかな?」と納得できないでいると、文の肩に小さな宿神様が現れる。


 甚人じんとは、好奇心いっぱいの目で周囲を見ていた。


「じぇっとこぉすた~とはなんだ?」

「あそこにある速い乗り物だよ」

「あれは竜か?」

「だからジェットコースターだよ」

「人間が竜を飼いならして乗るなんてすごい時代だな。よし、私も乗ろう」


 意気込む甚人じんとに、文が無表情で告げる。


「残念だけど、ジェットコースターには身長制限があるんだ」

「なんと! 殺生な」

「確かに、甚人だったら飛ばされちゃいそうだよね。やめたほうがいいかも」

「私だけ留守番はいやだ!」

「仕方ないだろ? 決まりなんだから」

「ああ、どうして私はこんなにも小さいんだ……」

「それは名づけ主が人間だからだろ? 神の俺が名前を付けなおしてやろうか?」

「いや、せっかくもらった名前を捨てるなんてことはしない。ここは私が我慢してやろう。大人だからな!」






***






甚人じんと!」

「お」

「お待たせ。ごめんね、放置しちゃって」


 ジェットコースターが終わって、メリーゴーランドの近くにいた甚人を迎えに来た私を見て、甚人は目を輝かせた。


 こんな小さな神様を置いていくなんて、何かあったらどうしようとか考えちゃって。


 本当はジェットコースターに乗る間も気が気じゃなかったんだけど。


「私は大丈夫だ。それよりご飯がほしい」

「そういえば私もお腹空いたかも」

「じゃあ、俺が何か買ってくるから、お前はここにいろ」


 遊園地のマップを広げて食べ物のワゴン販売を探す文の肩に、甚人がよじ登る。


「私も行く」

「甚人も待ってろよ」

「いや、私は自分で選ぶんだ」

「……わかった。じゃあ、明生はここで待ってろよ。変なやつに声をかけられても無視しろよ」

「うん、行ってらっしゃい」




「……遅いな……混んでるのかな?」

 

 文と甚人がお昼ご飯を買いに行って四十分が経とうとしていた。


 行列に苦戦しているというメッセージが来たから、心配はしていないけど。こんなに待つなら私も行けばよかった。


 私がお腹を空かせてため息を吐く中、ふと神主さんみたいな水色の服を着た人を見かけて──私は思わず目で追った。


「あれ? あの人、どこかで見たような」


 長い槍を持ったその人は、誰かを探しているようで、あちこちに視線を移動させていた。


 その姿を見ているうちに、私は思い出す──


「あ! 私が誘拐された時に見た人だ!」


 その人は、〝サツキ〟さんに捕まっていた時、話しかけてきた人だった。


「ねぇ! あなたは──」


 思わず話しかけた私を見て、水色の服を着た男の人は、優しい顔で微笑んだ。






 *** 






「お待たせ、明生……って、あれ? 明生がいない。どこ行ったんだ?」


 肉まんやチュロスを購入し、明生が待つ場所まで戻った文だが、メリーゴーランドの近くには、それらしい姿はおらず。


 文が目をうろうろさせていると、甚人が「やれやれ」と頭に手を置いた。


「仕方ない、私が交信してやろう────むむむ……明生なら近くにいるぞ」

「どこだよ」


 甚人の能力を信用していない文が、そこらじゅうを探していると、甚人よりも先に明生の姿を見つけた。


 そしてすぐさま駆け寄った文は、どこか暗い表情をした明生に声をかける。


「明生、なんで移動するんだよ」

「……」

「おい甚人、いつまで交信してるんだ」

「うーん、明生の位置がわからなくなったぞ」

「何を言ってるんだよ。明生なら目の前にいるだろう?」

「? 何を言ってるんだ? 明生はいないぞ」

「お前こそ何言ってるんだよ。おい明生、さっきから静かだけど、どうし……」

「アイとはなんだ?」

「は? 明生?」

「アイ? それは私の名前なのか?」

「何言ってるんだ、明生」

「文こそ何を言ってるんだ、こやつは明生じゃないぞ」


 明生に向かって指をさす甚人に、文はやや狼狽える。


「は? どう見たって明生だろ? なあ、明生」

「……誰だ」

「は?」

「あなたは誰だ?」

「……明生?」

「私はあなたなんて知らない」

「ええ!?」


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