第11話 死神


 夕暮れ時、コンビニ帰りの繁華街。


 突然、かざりに声をかけたのは、空色の狩衣かりぎぬに長い槍を持った男だった。


 しかもその男は、かざりのことを金了こんりょうと呼んだ。


 その匂いから神の類だとわかったもの、知り合いでもない男に本当の名を呼ばれて、文は警戒する。


「……お前は誰だ?」


 文が探るように男を見据える中、文の肩で踊っていた甚人じんとが思い出したように言葉を放った。


「あ、こいつ知ってるぞ! 死神だ!」

「死神だと?」


 死神と聞いてますます警戒する文だが、男は小さな神を珍しそうに眺めた。


「そちらの小さい御方は……」

「私は甚人という宿神やどがみだ」

「宿神? 私の素性を知っているなんて……どこかでお会いしたことはありましたか?」

「うぬ……どこで会ったのかは覚えていないが、顔は見たことあるぞ」

「……」

「それで、死神が俺になんのようだ?」


 文が警戒を解かずに話しかけると、死神はにこりともせずに告げる。


「長い話になりますので、場所を変えてもよろしいか?」

「なら、うちへ来ればいい。今日は都合よく誰もいないから」


 そして死神を連れ帰った文は、リビングに男を案内すると、金了に姿を変えて対応した。


「それで、俺たちになんのようだ」

「……私は死神のたもると申します。僭越せんえつながら、気になることがございまして」

「そういうのはいいから、用件を言ってくれ」

「金了様と行動をともにしている少女についてなのですが」

「少女? 明生あいのことか?」

「ええ」

「どうしてお前が明生のことを知っているんだ」

「実は仕事場でお会いしたことがありまして」

「仕事場?」

「はい。死人のニオイにつられて、とある女性のお宅に参りましたが……そこにいたのは死人ではなく、一人の少女でした」

「まさか、多重人格の女の家か?」

「多重人格かどうかは存じませんが……そこにはあなたがた宿神やどがみと少女が……」

「……ふうん。お前も明生が毒を吸い込んだ事件の現場にいたということか。それで、明生あいがどうかしたのか?」

「実はその明生……という少女の寿命についてなのですが……」

「ああ、明生なら俺の嫁になるから、寿命はなくなる予定だ」

「……そうですか、なら問題ありませんね」

「どういうことだ?」

「明生という少女は、どうやらあなたがた宿神の影響で寿命が縮んでいるようでして」

「寿命が縮む……?」

「ええ……彼女は神の影響を受けやすい体質のようで」

「それで、今のままだと、どのくらい生きられるんだ?」

「もってあと一年です」

「は!?」

「本来なら私のような死神が口を出す問題ではないと重々承知しておりますが……それでも同類が影響を与えているとなると、お伝えしたほうがよろしいかと思いまして」

「……明生の寿命を元に戻す方法はないのか?」

「ございます……というより、神格化してしまえば寿命はなくなることでしょう」

「神との婚姻か?」

「それも一つの手です。もしくは、少女から離れることで、神の影響もなくなります」

「一緒になるか、今生の別れを告げるか……ってことか」

「はい。それが最善かと」

「一年以内に結婚……」

「本当に僭越ではございますが……どうか御心にとどめ置きください」

「……いや、教えてくれてありがとう。俺たちはもう少しで、明生を殺すところだったということか」


 明生の寿命の話を聞いて気が気でない金了は、死神の含み笑いには気がつかなかった。






 ***






「明生、宿題は終わったか?」


 夜になって学校から帰った私──明生の部屋に、お兄ちゃんがノックして入ってくる。


「……まだだけど」

「スマホいじる前に宿題くらいやってしまえ」

「わかった」

「そういうことは自分で考えてやれよ」


 いつになく笑顔のお兄ちゃんに、私は首を傾げる。


「……お兄ちゃん、今日はご機嫌だね」

「そうか?」

「何かいいことあったの?」

「お前のおかげで、毎日いいことが溢れているよ、妹よ」

「なにそれ……お兄ちゃん、ちょっと気持ち悪いよ」

「そうかそうか、お兄ちゃんはカッコイイか」

「そんなこと一言も言ってないよ」

「大丈夫だ、お前が本当は優しいことを知っているんだ」

「……変なお兄ちゃん」

「今日は何が食べたい?」

「なんでもいい」

「じゃあ、豚の角煮と唐揚げにするか」

「お肉ばっかりだね。そんなに食べられるかな」

「残したら俺が食べてやる」

「お兄ちゃんっていくら食べても太らないから羨ましいな。兄妹なのに、私は食べたらすぐ太っちゃうよ」

「まあ、人間だから食べれば太ることもあるだろう」

「……人間かぁ」

「ん? どうかしたか?」

「お兄ちゃんって、神様は本当にいると思う?」

「なな、何を言い出すかと思えば……神様? そんなもの……」

「やっぱりいないと思うよね」

「いるに決まってるだろう」

「ふうん、お兄ちゃんは信じてるんだ?」

「神様を信じるのはタダだからな。タダだったら信じたほうがお得だろ?」

「お兄ちゃんらしいね」

「……あ、しまった」

「どうしたの? お兄ちゃん」

「サラダ油が切れてるから、ちょっとスーパー行ってくる。ついでに何か必要なものはあるか?」

「じゃあ、アイス食べたい」

「さっき、太るとか言ってたんじゃないのか?」

「ダイエットしてるわけじゃないから、いいの」

「仕方ないな。買ってきてやるから、ちゃんと宿題しろよ」

「わかってるよ」






***






「アイスを七つも買ってしまった。この中に明生の好きなものはあるのか?」


 会社帰りの客で賑わう夜の繁華街。

 買い物帰りで道を急ぐ、明生の兄、まことだったが──そんな充の前を遮るようにして、空色の狩衣を纏った男が現れる。


「あの」

「ん?」

「あなたは宿神の柊征しゅうゆ様ではございませんか?」

「何者だ?」

 

 充の正体を知る者は神でもほとんどいない。


 そのため警戒し睨みつける充に、男は控えめに自分の素性を告げた。


「私は死神のたもると申します。少しお時間をいただきたいのですが」

「悪いが、今はアイスを持って帰る任務があるから、またにしてくれないか」

「急を要する話です」

「だったら、今ここで話せ。どうせ他の人間には見えないのだろう?」

「では用件のみお伝えいたします。……実はあなたが一緒に暮らしている少女のことですが……」

「明生のことか? 明生がどうした?」


 その名を聞くなり顔色を変える充を見て、たもるはかしこまって告げる。


「あなたという存在がそばにいることで、寿命が縮んでいるようです」

「寿命が? 今までさんざん人間をしろにしてきたが、そんな話……聞いたことがないぞ」

「おそらく、明生という少女が特別なのです。神の影響を受けやすい体質かと……下手をすれば一年以内に死ぬ可能性もあります」

「なんだって……?」

「ですが、あなたが彼女から離れれば、少女の死は回避できるかもしれません」

「俺がいなくなる……? そんなこと、できるわけがないだろう。あいつを一人にするなんて」

「もしくは、神のあなたと婚姻を結べば寿命そのものを失くすことができることでしょう」

「婚姻を? そんな、バカげた話……」

「信じる信じないはあなた次第です」


 賜が嘘をついているようには見えないことから、充は苦い顔をするが──賜は言うだけ言うと、その場を去った。






***






「珍しいな、お前から飲みに誘うなんて」


 深夜。

 居酒屋の屋台に座る金了が、隣に座る柊征の顔も見ずに告げると、柊征はいつもより覇気のない声で答えた。


「ちょっと飲みたい気分でな」

「何かあったのか?」

「ああ、複雑な話だが……」

「ちょうど俺も相談したいことがあったんだ」

「なら、兄さんが先に話せよ」

「なんでだよ。せっかく言いかけたんだから、柊征が先に言えよ」

「俺の話は覚悟がいるんだよ。だから兄さんが先に……」

「いや、俺が譲るって言ったんだから、年下は素直に言うこと聞けよ」

「だから覚悟がいるんだって言ってるだろ!」

「覚悟したからここに来たんだろ。お前が先に──」


 声を荒げる金了の肩に、小さな神が眠そうな目をこすりながら現れる。


「うるさいな。なんの騒ぎだ? こんな時間に起こされるなんて最悪だ。おかげで腹が減ったぞ」

甚人じんと……お前はそれしか言えないのか」


 甚人の腹の虫を聞いて呆れる金了だが、柊征は真面目な顔を甚人に向ける。


「ちょうど良かった、甚人にも話があるんだ」

「ようやく話す気になったのか?」

「いや、俺の話は兄さんのあとでいい」

「まだ言ってるのか?」

「何を二人で言い合っているんだ? 話とは、どうせ明生のことだろう……ふわあ」


 言いながらあくびをする甚人の傍ら、柊征は驚いた顔をしていた。


「なんでわかるんだ?」

「お前たちはいつも明生のことばかりだ。文……いや、金了も死神に言われたことをずっと気にしているしな」

「死神……? まさかお前たちのところにも、〝タモル〟という死神が現れたのか?」

「ああ。柊征、お前のところにも来たのか?」

「そうだ。明生の寿命について話していった」

「……どうやら俺たちは、同じことについて話したいらしいな」

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