第4話 付喪神

 殺人事件の逃走犯が、私──佐東明生さとう あいの高校で立てこもりを始めて二時間が経過した。


 幼馴染のかざりと私が逃走犯を巡って口論になる中、突然教室に入ってきた綺麗な男の人が、文から状況を聞くなり目をうるませた。


「明生……お前ってやつは……」

「え? なんですか?」

「なんて良い子なんだ!」


 綺麗な男の人が感極まったように目頭を押さえる一方、文は嫌そうな顔をしていた。


「……」

「明生はその逃走犯を助けたいのか?」

「は、はい。助けたいです」

「だったら、俺が力を貸してやろう」

「この、妹バカが」


 文が頭を抱える中、綺麗な男の人は清々しいほどのドヤ顔で腕を組む。


「それで、どうすればいいんだ? 兄さん──じゃない、かざり

「力を貸してやろうとか言って、自分の頭では考えないのか?」

「セイフティも外してないやつが何を言ってるんだ?」

「セイフティ?」

「そのままだと銃は使えないぞ」

「そうなのか?」

「おい、逃げるぞ」


 凶器の銃を失った逃走犯たちが逃げようとした時、綺麗な男の人が足を引っかけて──立てこもり犯の男の人が盛大に転んだ。


「お前たちはなぜ逃げようとする。せっかく明生あいが体を張って助けようとしているのに」

柊征しゅうゆ、このまま警察につきだすぞ」

「はあ? 明生がこんなにお願いしているのに、かざりはどうしてそういうことを言うんだ」

「逆に聞くけど、赤の他人のために、どうしてリスクを背負わないといけないんだ」


 冷静な文に、私は口を膨らませる。


「文は頭が固いんだから! お願いします、この人たちを助けてください……」


 私がお願いすると、シュウユと呼ばれた男の人は当然のように笑顔で頷く。


「わかったわかった。兄さんが助けてやるから、待ってろ」

「兄さん?」

「あ、いや……俺のほうが年上だから……で、どうすればいい? 文」

「少しは自分で考えろよ。……とりあえず、〝付喪神つくもがみ〟にでも聞いてみるか」






***






 逃走犯の拳銃を持ったまま移動したかざりは、隣の空き教室に入った瞬間、波紋が広がるごとく翡翠ひすい色の狩衣かりぎぬに装いを変え、その顔は彫りの深い端正な顔立ちへと変化する。


 人ではない者となった文──金了こんりょうは、拳銃を適当な机に置くなり話しかけた。

  

「おい、俺の声が聞こえるか?」

「……誰だ? 神の眠りを邪魔するやつは」


 金了が訊ねると、拳銃から小さな声がした。


 かと思えば、拳銃に手のひらほどの人形ひとがたが浮かび上がった。


 人の形をしたそれは、小さいながらも紫の狩衣かりぎぬまとっていた。


「お前がこいつの付喪神つくもがみか?」


 金了が顔を寄せると、小さな人形ひとがたは腕を組んで威嚇するように言葉を放った。


「誰だ君は……なんの用だ?」

「あんたの持ち主を知りたいんだが」

「どうして私の持ち主を君に教えないといけない?」

「ああ、面倒なやつに当たったな」

「なんだと!?」

「……何か欲しいものはないか?」

「金品につられるような私ではない」

「なら、何か望みはあるか?」

「なんでも言うことを聞くか?」

「わかった……明生あいのためだ。ひとつだけ願いを叶えてやる」

「取引成立だ」

「それで、持ち主は誰だ?」

「女だ」

「女?」

「髪の長い女」

「名前は?」

「ない」

「どうして持ち主の名前がわからないんだ?」

「ないものはないんだ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だ」

「……そうか。わかった」

「俺が教えられるのはここまでだ。じゃあ、俺の望みを聞いてくれるか?」


 愛嬌のある笑みを浮かべる付喪神に、金了は仕方なさそうに伺う。


「……何が望みだ?」

「この拳銃との縁を切ってほしい」

「縁切り? どうしてだ?」

「所有者の殺意が重くてな、胸やけしそうだ」

「殺意? 犯人はまだ罪を重ねるつもりか?」

「そうだ」

「余計なことを知ってしまったな」

「とにかく、俺と銃の縁を切ってくれ」

「わかった」


 金了は返事をするなり、二本指を拳銃に向かって振り下ろした。






***






かざりは銃を持っていって何をしているの?」


 文が教室を出て行ってから、私──明生あいは、落ち着かない気持ちで文を待っていた。


 拳銃なんか持っていって、どうするつもりなんだろう。文が警察のところに行ってしまったら、逃走犯のおじさんたちは捕まってしまうし。なんだか心配になった。


「安心しろ、明生。文は持ち主を探っているだけだ」

「どうやって?」

「おそらく付喪神つくもがみにでも聞くんだろうな」

「つくもがみ?」


 文のことを詳しく聞こうとした時、さっきから私よりも落ち着かない様子だった逃走犯のおじさんが声をかけてくる。


「お前たち……どうするつもりだ」

「明生にお願いされたからな、助けてやる」


 余裕たっぷりに言う綺麗なその人──柊征しゅうゆさんと言うらしいけど。


 彼が当然のように答えると、逃走犯のおじさんは眉間を寄せて、信じられないという顔をしていた。


「何をバカげたことを……」

「おい、明生をバカにするな。こんな良い子は他にいないぞ」

「……あの、柊征しゅうゆさん」

「なんだ?」

「まるで私を知っているような口ぶりですが、どこかでお会いしましたか?」

「……いや、初対面だが……文から話をよく聞いている」

「そうですか」

「で、どうなんだ?」

「何がですか?」

かざりと付き合うというのは本当か?」

「はあ!? 文、そんなことまで言ったんですか?」

「……ああ」

「断りましたよ。私、文とは付き合えないです」

「どうしてだ?」

「恋愛ってよくわからないから」

「そうかそうか」


 柊征さんは、なぜかホッとした顔をしていた。


 そんな時、文が戻ってくる。


「おい、柊征」

「どうだった?」

「拳銃の持ち主は髪の長い女だそうだ」

「髪の長い女、と言えば……」


 柊征さんが呟くように言うと、私と文は同時に逃走犯の一人である女の人を凝視した。


「なに? なんなの?」

「この拳銃が殺人事件の現場に落ちていたと言うから、調べてみたんだが……銃の持ち主は髪の長い女だそうだ」


 文が言うと、女の人は怪訝な顔をする。


「どうやって調べたの?」

「それは企業秘密」

「ば、ばかなことを言わないで! どうして私が……その銃は、私の銃なんかじゃないわ」

「明生」

 

 女の人が否定するのを見て、今度は文が私に視線で合図を送る。


 その意図を察した私は、かぶりを振った。


「この人には殺意や敵意──負の感情はないよ」

「そうか。……だが、拳銃の持ち主はまだ、人を殺すつもりだそうだ」


 文の言葉に、私は目を丸くする。


「どうしてそんなことがわかるの?」

「……なんでだろうな」


 私たちがやりとりをする傍ら、もう疲れたのだろうか。女の人は、逃走犯のおじさんに弱音を吐いた。


「ねぇ、あなた……もう無理よ。自首しましょう」

「ここまでして、何を言うんだ!  サツキ」


 男の人が焦ったように言うと、〝サツキ〟と呼ばれた女の人は諭すように告げる。


「警察がきっと犯人をつきとめてくれるわ……凶器の銃はあの子たちにおさえられちゃったし、私たちに出来ることはもうないのよ」

「……わかった。なら、私だけ出頭しよう」

「何を言うの? あなた一人に罪を背負わせるわけにはいかないわ」

「いや、捕まるのは私だけでじゅうぶんだ。君も被害者だと言えばいい」

「……あなた」


 そして結局、男の人は一人で投降して、立てこもり事件は幕を閉じたのだった。




「結局おじさん……行っちゃったね」


 帰り道、すっかり暗くなった歩行者道路を歩きながら、私が落ち込んでいると、柊征さんが慰めるように声をかけてくる。


「そうガッカリするな、明生。俺がお願いを聞くと言っただろう?」

「でも、私たちに出来ることなんてないよ?」

「こ──かざり、あの拳銃はどうした?」

「警官に持っていかれた」

「そうか。なら、付喪神つくもがみは?」

「ここにいる」


 文がやれやれといった感じで息を吐くと、文の右肩に手のひらサイズの人形にんぎょうが現れる。


「こんにちは」


 人形は文の肩で踊りながら私に挨拶をしてくれた。


「何これ!」

「おい文、どうして連れてきたんだ?」


 柊征さんが責めるような視線を送ると、文はさらにため息をついた。


「あの拳銃との縁を切ってほしいと言われて、そうしてやったんだが……勝手についてきた」

「何これ? すごく可愛いんだけど、文って人形が好きなの?」

「まあ、そんなとこだな……ていうかお前、絶対喋るなよ」

「嫌だね。私だって可愛い子と仲良くなりたい!」

「明生は変なのに好かれやすいよな」

「うそ! 喋ってる! ねぇ、なんなのこれ?」

「最新のAIロボットだよ」


 文は棒読みで言うけど、ロボットがあまりにもなめらかに動くものだから、私は興奮気味に声を上げる。


「すごいね! 私初めて見たよ」

「初めまして、お嬢さん。良かったら私をあなたの所有物に憑かせてくれませんか?」

「こら、付喪神つくもがみ!」


 文がたしなめる隣で、柊征さんがロボットに訊ねる。


「で、髪の長い女というのはどういう女だ?」

「まだ銃の所有者を探しているのか?」

「そうだ」

「あいつなら、他にも銃を持っていたぞ」

「付喪神のネットワークでその女の動向を探れないか?」

「そこの少女が私を所有してくれるなら、願いを聞いてやらんでもない」

「おい明生、ぬいぐるみはないか?」

「私を捨てたら呪うからな!」

「じゃあ、今にも折れそうなシャーペンはないか?」

「私を殺す気か!?」

「二人ともなんの話してるの?」

「明生の所有物には触れさせないからな」

「じゃあ、教えない!」


 そう言って、よく喋るAIロボットは柊征さんにあかんべをして見せると、文の肩で踊り狂った。

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