最強の味方

 カーロフが敵の集団を相手に奮戦していた時、ジョニーら三人は巨人の通路への侵入に成功していた。

 入口を塞いでいる巨岩を、ブリンケンが特殊な操作でどかす。と、自然の洞窟が現れた。中に入ると、下に続く石造りの階段が設置されていた。

 その階段を降りていくと、突然に風景が変化する──


「なんだこれ」


 呆然とした表情で呟いたジョニーだったが、それも当然だろう。彼ら三人が階段を降り通路に立った途端、天井が光ったかと思うと、明かりがついたのだ。ランタンなど比較にならない光量である。昼日中のような明るさだ。

 明かりに照らされた通路は、とてつもない大きさだった。十人が並んで歩いても余裕がありそうなくらい広く、天井はキリンでも通れそうなほどの高さだ。巨人の通路の名は、伊達ではないようだ。

 しかも天井には、眩しい光を放つ石が幾つも埋め込まれていた。


「これは何だよ……魔法か?」


 誰にともなく疑問を口にしたジョニーに、ブリンケンが答えた。


「ああ、そうらしい。もともとはエルフたちが作ったらしいが、今では俺たち天空人の通路として使っている」


「そうか。凄いな」


「感心してる場合じゃないぜ。先を急ごう


 そう言うと、ブリンケンは歩き出した。イバンカも、彼の後に続く。少し遅れて、ジョニーも歩き出した。




 ジョニーは、下を向き歩いていた。

 胸の中では、罪悪感が重くのしかかっている。自分ひとりが、のうのうと生き延びてしまった。カーロフは、今も戦い続けているのに……その思いが、頭から離れてくれない。

 その時、異変が起きる。ジョニーの足が、何かにつまづいた。障害物などない平坦な道だったのに、目に見えないものに足を取られたのだ。そのまま、前のめりに倒れる。

 直後、驚くべきことが起きた──


「な、なんだこれ?」


 思わず呟く。いつの間にか、ジョニーの周囲が一変していたのだ。土や石に覆われていた通路は、真っ白な空間へと変貌している。壁も歪も天井もなく、ただただ白い平面だけが視界に映っていたのだ。

 そんな平面上には、見覚えのある顔があった……。


「アオーン! ジョニー元気ないな! どうした!?」


 叫びながら、ピョンと飛び上がったのはマルクだ。空中でくるりと一回転し、着地すると同時にニッコリ微笑む。

 マルクが、機嫌のいい時によくやっていた動きだ──


「まったく、あんたみたいな命知らずが最後まで生き延びるなんてね。神さまの考えることは、あたしら凡人には理解不能だよ」


 言いながら、呆れたようにかぶりを振ったのはミレーナだ。白い衣を身にまとい、ジョニーを見下ろしている。


「な、なんでお前ら……死んだはずだろうが……」


 どうにか言葉を搾り出したジョニーに、今度はザフィーが姿を現す。


「そう、死んだよ。でもね、あんたに一言もの申したくてさ。地獄の奴らにワガママ言って来させてもらったんだよ」


 言いながら、口元に笑みを浮かべる。かつて、口の周りを覆っていた傷痕は、綺麗さっぱり消えていた。


「ずいぶんとしょぼくれた面してんね。どうかしたのかい?」


 聞いてきたザフィーに、ジョニーは何か言おうとした。だが、言葉がつまり出てこない。


「俺は……」


 かろうじて出てきたのは、この一言だった。

 直後、その目から涙が溢れる。


「俺ひとりだけが、おめおめと生き延びちまった。この中で、一番弱くて使えない俺がな」


 涙をぬぐい、ジョニーは立ち上がった。

 皆に向かい、深々と頭を下げる。


「すまねえ。俺は、誰も救うことが出来なかった。俺がもっと強ければ、ひとりも死なせなかったのに……」


 言った時だった。マルクが吠え、宙に飛び上がる。


「アオーン! ジョニーは弱くない! 強いぞ! 俺の次くらいに強いから! だから泣くな!」


「まったく、ピイピイ泣いてんじゃないよ。泣いたって、何も解決しやしないから」


 言いながら、苦笑したのはミレーナだ。拳を握り、ジョニーの肩を軽く突く。


「あんたみたいなバカが、うじうじ考えてどうすんのさ。考えてる暇があったら動きな。あんたの長所は、何も考えず先頭切って相手に殴りかかっていけるところだよ」


「う、うるせえ。バカって言うな」


 顔を上げ言い返したジョニーに、ミレーナは優しく微笑んだ。


「あんたは、ただのバカじゃない。格闘バカなんだよ。どっかの偉い人も言ってたじゃないか。考えるな、感じろって」


 そこで、ザフィーも口を開いた。


「いいかい、よく聞くんだ。あんたは、ここで試練に立ち向かわなきゃならない。泣いてる場合じゃないよ」


「し、試練?」


「そう。これから、あんたの前に敵が現れる。はっきり言うよ、今までのあんたじゃ勝てない。殺されるだろうね。そうなれば、ブリンケンもイバンカも死ぬだけさ」


 聞いたジョニーは、思わず顔を歪める。まだ、戦いは終わっていないのか。

 しかも、厄介な敵らしい……。


「じゃあ、どうすればいい?」


 思わず口にした問いに、ザフィーが落ち着いた口調で答える。


「あんたの師匠は、ヒントを言っていたはずだよ。思い出してみるんだ」


「師匠?」


(目を閉じれば、世界は闇に覆われる。だが、より鮮明に見えてくるものもある)


 最後に、師匠はそう言っていた。今も、はっきり覚えている。

 しかし、意味がわからない。


「意味がわからねえよ。目をつぶって戦え、とでも言うのか……」


 思わず毒づいた時、ザフィーの声が聞こえてきた。


「あんた自身は、既に答えを知っている。あとは気づくだけの話さ」


「えっ……」


 意味がわからず戸惑うジョニーに、今度はマルクが吠える。


「アオーン! 俺、イバンカのこと好きだ。だから、あいつのそばにいて守ってやってくれ。俺からのお願いだぞ!」


「そうだよ。あたしも、あの娘が大好きだ。泣かせたりしたら、承知しないからね」


 ミレーナも、怖い顔つきで睨んでくる。ジョニーは、慌てて頷いた。


「わ、わかった」


 答えたジョニーの肩に、ザフィーがそっと触れた。


「あたしから言えることはひとつ。人は誰でも同じなのさ。自分にとって最強の敵は、いつだって自分の中にいる。でもね、最強の味方も自分の中にいるんだよ」


「最強の……味方?」


 繰り返すジョニーに、ザフィーは大きく頷いた。


「そう。最強の味方も、あんたの中にいるんだよ。だから、今は前に進むんだ。あんたとイバンカの行く先には、光り輝く未来が待っている。あとは、その手で障害となるアホどもをぶっ飛ばすだけだよ。あんたなら、必ず出来るから」




「おい、大丈夫か?」


 突然、ブリンケンの声が聞こえてきた。

 ジョニーは、はっと我に返る。目の前にあるのは、土と岩に覆われた地面だ。しゃがみこんだ姿勢で、じっと下を向いている。

 顔を上げると、マルクもミレーナもザフィーもいない。ブリンケンとイバンカが立ち止まり、心配そうにこちらを見ている。


「なあ、俺は……気絶していたのか?」


 口から出たのは、そんな言葉だった。すると、ブリンケンは気味悪そうにかぶりを振る。


「違うよ。お前は今さっき、けっつまづいて転びそうになって、それきり固まってたのさ。どうしたのかと思ったぞ」


 その言葉に、ジョニーは愕然となった。では、今さっき見たものは何だったのだろう。


 俺にしか、見えていなかったのか。

 待てよ。

 俺にしか見えていない?


 その時、ジョニーは思い出した。小さな村に、襲撃をかけてきた山賊たちとやり合った時のことだ。

 敵味方入り乱れた乱戦の最中、ジョニーに不思議な瞬間が訪れる。目の前の敵の動きと同時に、他の者の動きまで見えていた瞬間があったのだ。

 しかも、敵の動きはひどく遅い。ハエが止まりそうなほどスローモーな動きで、ジョニーに向かってきていた。


(考えるな、感じろってね)


 先ほど、ミレーナにいわれた言葉が甦る。そう、あの時は考えている暇などなかった。たた、その場で感じるがままに動いていた。命を惜しむ気などなく、他の全てが頭から消え失せていた。ただ、己の全てを戦うことに集中させていた。

 そんな乱戦の中、あの不思議な瞬間が訪れたのだ。相手の動きが遅く、手に取るように見えていた瞬間──


「目を閉じれば、世界は闇に覆われる。だが、より鮮明に見えてくるものもある」


 師匠の言葉を復唱したジョニーは、くすりと笑う。

 ようやくわかった。目を閉じるとは、余計な情報を遮断しろということなのだ。己の持つ五感の全てを、目の前の戦いに集中させる……それが、師匠の言っていたことだった。

 ジョニーは笑みを浮かべたまま、すっと立ち上がる。その顔には、自信がみなぎっていた。先ほどまでとは、まるで違っている。


「お、おい……お前、大丈夫か?」


 首を捻りながら声をかけてきたブリンケンに、ジョニーは頷く。


「大丈夫だよ。むしろ絶好調だね」


 答えた後、心の中で呟いた。


 マルク、ミレーナ、隊長、本当にありがとう。

 やっと、悟った気がするよ。


 ・・・


 その頃、地上では恐ろしいことが起きていた。


「お、お前は……」


 カーロフは、呆然とした表情で呟く。

 彼の周囲には、大量の死体が転がっていた。人間、ゴブリン、オーク、さらには巨鬼オーガーまで……様々な種族が、ものいわぬ屍と化して地面を埋め尽くしている。

 一方のカーロフも、無傷ではない。衣服は破れ、傷だらけの上半身か剥き出しになっている。さらに、大量の血が全身にこびりついていた。相手からの返り血と、己の流した血の両方である。

 そんな彼の視線の先には、あの男がいた。カーロフとほぼ同じ身長に、がっしりした体格。黒い衣服で身を包んでおり、短めの金髪に白い肌。瞳は青く、顔には何の表情も浮かんでいない。


「ミッシング・リンク……」


 呟くカーロフを無視し、リンクは歩いていく。死体の山を踏みつけ、岩場へと向かって行く。


「貴様……ここは通さん!」


 吠えると同時に、突進するカーロフ。残された力を振り絞り、全力のタックルを食らわす──

 だが、リンクは彼の突進をしっかりと組み止めた。

 直後、化け物じみた怪力で放り投げる──

 カーロフの巨体は、軽々と飛んでいった。一瞬の後、凄まじい音とともに地面に叩き付けられる。あまりに強烈な勢いに、さしもの人造人間も苦悶の表情を浮かべる。

 だが、ここで倒れるわけにはいかない。カーロフは、必死の形相で立ち上がった。

 直後、恐ろしいものが彼の目に飛び込んでくる。巨人の通路の入口を塞いでいた巨岩を、リンクが持ち上げていたのだ。家畜小屋ほども有りそうな巨大な岩石を、高々と持ち上げている。

 次の瞬間、その巨岩が飛んできた──

 さすがのカーロフも、ひとたまりもなかった。岩石を受け止められず、その下敷きとなる──

 ミッシング・リンクは、振り返りもせず洞窟へと入っていった。

 

 




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