元カップルは記念日を祝わない件(上)

◆ 水無瀬紗弥 ◆

 

「はあ……」


 朝、目が覚めてすぐ、愛用している色とりどりのバラがプリントされたスケジュール帳を開いて、私はため息をついた。今日で4月が終わる。

 スケジュール帳のページをめくり、1日ついたちに貼られたハートのシールを見て私はもう一度ため息をつく。

 5月1日――この日は私と天海くんが付き合い始めた日。そして私たちが付き合っていたなら1年記念日になっていた日だ。――きっと天海くんは気にしてないんだろうけど……。

 さてと――私はそっとスケジュール帳を閉じ、慣れた手つきでメイド服に着替えると朝の仕事を始めた。


 

 


「――なんで起こしてくれなかったの」


 家を出る直前、寝ぐせをつけた天海くんがやっと自室から起きてきた。


「……起こしたよ――3回も」

「……」

 

 寝ぼけて覚えてないみたいだけど。

 時刻はもうすぐ8時。慌ただしく用意をする天海くんにコーヒーを入れ直して、準備が終わるのを待つ。


「もう8時なるけど行かないの?」

「ん? たまには一緒に行こうかなって思って」

「……いいのか?」

「いいでしょ」


 ――もうすぐこの生活も終わるんだし。

 そう、私たちのこの関係はあと1週間で終わるのだから。





◆ 天海浩介 ◆

 

「よーし、席替えするぞー」


 金曜6限のホームルーム、先生がそう言うと歓声で教室が震えた。高校生にもなって席替えごときで――と思う反面、クジを引く手が疼く。

 ――こ、これは厨二病!? 中2なら席替えではしゃいでも仕方ないか。

 明日からゴールデンウィークというこのタイミングでの席替えは絶対みんなが五月病になって学校に来なくなるのを防ぐための意図があると僕は思う。


「全員引き終わったなー。じゃあクジ開いて黒板に書いてる席に移動しろー」


 僕のクジは――14番か。

 14番は教卓正面の列の3列目。一般的にはちょうど授業中、前を向いた先生と目が合う位置で、内職ができずハズレとされている席だが、僕にとっては全然当たりの席だ。なんてったって、今までの出席番号順の席は窓側の前から2番目という内職するにも黒板を見るにも適していないゴミ席だったからな。

 荷物を持って新たな自分の席に移動し、座ると聞き慣れた声がこちらに近づいてくる。

 

「19……ここか。ん? よぉ! こーすけ」

 

 これまたうるさいのが来たな。僕の右斜め前に腰かけた米田はくるりと体をこちらに向ける。


「前の方で最悪だと思ってたけどこーすけがいるなら当たり席だな」

「……お前のその思ったこと何でも言える性格たまに羨ましいわ」


 普通そんなくさいセリフ思っていても羞恥心という名のストッパーで口に出せないもんだ。

 それから喋り続ける米田を適当に相手していると、


「げっ、隣いつきじゃーん」

敏子としこじゃねーか、お前もしかして13番か?」

「だーかーらー、学校では名前で呼ばないでっていつも言ってるでしょ!」


 米田の左隣――すなわち僕の前の席に座ったのは敏子と呼ばれる女子。


「敏子は敏子だろうが」

「あかりが自分の名前嫌いなの知ってるでしょ!」


 敏子こと明里あかり敏子としこ。水無瀬さんによると彼女は名前で呼ばれることを酷く嫌ってるらしい。そのため特に仲のいい水無瀬さんにも『あかり』と苗字で呼ぶようお願いしてるとか。


「てか、後ろまたあまみんじゃーん」

「あまみん?」


 誰だ、そのマヌケなあだ名のやつは? ……僕か。


「おい、こーすけに変に絡むなよ。迷惑してるだろ」


 どの口が言うか――


「2人は仲良しなんだな」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「あかりと樹は幼稚園から一緒なんだよ~」

「そっ、それで母親同士が仲良くなって。一緒に飯行ったり、旅行に行ったり。いわゆる幼馴染みたいなもんかな」

「まあ、あかりたちっていうよりママたちの方が仲良いんだけどね」


 これは初耳――なんだかラブコメによくありそうな設定だな。水無瀬さんが聞いたら食い付きそうな話だ。

 こういうことを思うのもフラグになるのだろうか。ガタンと勢いよく机に荷物を置いた音に驚き、振り返ると目を星にした水無瀬さんがハイテンションで会話に割り込んでくる。


「恋バナ! 恋バナしてるの!?」

「さやちー! あまみんの後ろの席なのー!?」

「そーだよ、それよりあかりと米田くんが幼馴染って初耳なんですけどー。なんでもっと早く教えてくれなかったのー」


 1度話が始まるとそこはもう水無瀬さんと明里さん2人の世界。乙女の会話に男の介入は厳禁だ。会話の輪からも外れたわけだし、あとは課題でもしながら終礼まで過ごしますかね。

 目の前で繰り広げられている女子トークをBGM代わりにし、数学のプリントを黙々と解き進める。

 

 


 

 それにしても女子というのはすごいものだ。課題がひと段落し、時計を見ると終業のチャイムまであと5分に迫っていた。目の前で繰り広げられていた女子トークはコロコロと話題を変え、絶え間なく今も続いている。

 よくもまあそんなに話し続けられるもんだ。

 今はちょうど話題が明日からのゴールデンウィークに変わったところでお互いの予定を確認し合っている。


「あかりはゴールデンウィーク家族で出かけたりするの?」

「うーん、そういえばママが樹ママと京都に行くって言ってたからそれに付いて行こうと思ってたんだった! ねえ、樹も京都行くのー?」

「人のお金でうまいもん食えるのに行かない理由がねぇ」


 こいつカスだな――と思ったのが正直な感想。それに米田の返答の速さ、的確さから推測するに2人の女子トークを盗み聞いていたとも考えられる。乙女の会話を盗み聞きするなんて最低! 変態! …………。


 疑問が解決すると明里さんは再び水無瀬さんに向かい合い、2人の世界を再開した。思ったよりもあっさりと輪から外された米田は持て余した話したい欲の矛先を僕に向けてくる。


「なあ、こーすけはゴールデンウィークなんか予定あんの?」

「……ないことはない」

「嘘つけ、どうせ家で1日ゴロゴロするとかだろ。せっかくの5連休だし、どっかで遊びに行こうぜ」

「……まあ、気が向いたらな」


 実際ゴールデンウィークの予定が全くないかと言われればそれは本当にノーだ。ゴールデンウィーク中に1日だけ絶対に外せない予定が入っている。そう、だけは――

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