私の元カレが少しモテ過ぎな件(下)

◆ 天海浩介 ◆

 

 体力テストも残すところ男子は1500メートル、女子は1000メートルのみとなった。長距離走はグラウンド全体を使うため全校生徒が身体測定と他の体力テストが終了してからグラウンドに集合して行われる。まず一番に1年生の女子。次に1年生の男子。そして2年生の女子、2年生男子といった順番に走り、グラウンド1周(250メートル)ごとのラップタイムとゴールタイムは同じクラスの異性に記録してもらうことになっている。


「ねえねえ天海くん。よかったら私とペア組んでくれない?」

「あー! 抜け駆けずるい! 天海くん私と~」

「ああー、ごめんなさい――先約があるんで」


 僕はそう断りを入れ、女子の集団の中でそわそわしている先約の元へ向かった。


「『見てて』って言ったよね」


 恥ずかしさを抑え込み記録用紙を手渡すと、水無瀬さんは「うん」と小さな声で自分の記録用紙を僕の交換する。周りから熱い視線を向けられている気がするが今はそれを気にしていない風に振る舞う。踵を返し、2年の男子が集まっている場所に戻ろうとする最中、後ろから聞こえた「きゃあー♥」という黄色いに必死に抑えていた羞恥心が爆発しそうになった。





 2年生女子の1000メートルが終わり、いよいよ僕の番がきた。あれだけカッコをつけた手前、中地半端は結果は許されない。スタートラインに前で大きく深呼吸をし、緊張を落ち着かせる。そして――パンッと号砲が鳴り、勢いよく飛び出した。

 もともと僕は長距離は最初から最後まで同じペースで走るタイプだ。けれどそのやり方じゃそこそこどまりだ。やっぱり一番を狙うならスタートから全力で行くしかない。

 スタートしてから2周(500メートル)もすれば先頭集団が大体決まってくる。僕もなんとかその先頭集団の中にいるのだが、周りは陸上部やサッカー部の運動部ばかり。しかも僕は全力疾走なのに比べ彼らはどこかまだ余力を残しているように見える。

 そして――3週目までこそなんとか先頭集団の後方に張り付きていたが1キロを目前に彼らの背中はどんどん離れていく。

――体力切れだ。

 そういえば聞いたことがある。人間が全力疾走できるのはその道のプロでもせいぜい数百メートルが限界。これは体力のあるないの問題とかではなく、人体構造上そうできてるらしい。よく考えれば僕はすでに750メートルも全力で走っている。もう十分頑張ったといえるんじゃないか。

 先頭集団とはもう半周ほど差を付けられている。体力的にも身体能力的にも追いつくのはもう無理だろう。あとはこのままゴールしよう考え、4回目のスタート地点(1キロ)に差し掛かったとき、


「天海くーーーーん! がんばれーーーーーーーーー!」


 コース内側最前列から水無瀬さんの声が届く――と同時に僕の中の暗い思考が消し飛んだ。――そうか、頑張る理由なんて最初から明白じゃないか。それなのにさっきの僕は言い訳を探して、途中なのに諦めて。相変わらずカッコ悪いままじゃないか。

 体力は限界。体も気張ってないと足がもつれてこけてしまいそうだ。けど――


「うああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ」


 走っていない生徒も――僕の周りを走っていた男子も――先生も。それに自分でも驚いた。無意識にあげた雄叫び共に僕は全力で加速した。

 がむしゃらに足を動かして、前に進むが視界はぼやけ、聞こえてくるのは聞き取れないノイズのような音。けど頭だけは妙にクリアで――そういえば握力のとき米田がなんか言ってたな。






◆ 水無瀬紗弥 ◆


 急加速した天海くんはどんどん先頭集団との差を縮め、5週目の直線――ついに先頭集団の背中を捕まえた。ほぼ半周の差があったにも関わらず1周の内にその差をラップタイム5秒以内まで縮めて展開に学年の女子は大盛り上がり。「がんばれー」という黄色い声援があちらこちらで飛び交い、私もそれに負けないように大きな声援を送る。きっと私のは大衆の声に紛れて天海くんに届くことはない。けど応援せずにはいられない。


「がんばれーーーーーーーーー!」

 

 叫ぶと同時に先頭が最終コーナーを回り、ゴールへ向かって走ってくる。そしてゴールの瞬間――その一瞬、天海くんと目が合った気がして――。ゴールを超えた途端天海くんは魂が抜けたようにグラウンドの内側に倒れ、ハアハアと仰向けのまましばらく呼吸を荒ぶらせている。

 ――天海くん!

 私は倒れている天海くんに駆け寄ろうとするが先に駆け寄っていた女子たちのせいで天海くんの元まで行けず――っていうかあんたたちはペアの記録ちゃんと取りなさいよ!

 1分もすると天海くんはむくりと起き上がり「お疲れ様~♥」や「カッコよかった♥」と群がっている女子をほぼ無視し辺りをキョロキョロし始めた。そして群れの端にいる私と目が合うと視線を下に落とした。それはまるで下になにか見てほしいものがあるかのようで――。

 私は女子の足と足の間から天海くんが見ていた辺りを見ると――それは周りの女子には見えない膝辺りで作られたピースサインで。これは天海くんが私に向けてしたサインだとわかった。そして私はとびっきりの笑顔で天海くんにピースサインを返した。

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