私の元カレが少しモテ過ぎな件(中)

「よーし、ペアは決まったかー」


 今週も残すところあと1日。今日を乗り切れば明日は土曜日休みだ。


「男子はペアごとに廊下に二列で並べー」


 担任の指示に従い廊下に並ぶと、隣に並ぶ米田よねだいつきが耳打ちをしてくる。


「(なあなあこーすけ。俺、今日の体力測定のために最近筋トレとランニングを始めたんだ。そのおかげでなんだか今日はいい記録が出る気がする)」

「(多分気のせいだ)」

「(じゃあ俺の記録ちゃんと見とけよ)」

「(ペアだからな。記録はしてやる)」

「おいそこ! しゃべるな!」


 担任に怒られチロッと舌を出す米田を無視して歩き出した先頭の後ろを付いて行く。

 



 

 うちの学校は全校生徒が体力テストと身体測定を同じ日に行うため一日の午前中たっぷり使って校内を回ることになる。

 まず僕たちが向かったのは生物室でここでは身長、体重の測定を行う。


「――っし! 173センチ! 2センチ伸びた! こーすけは?」

「……177」

「うわ、もうすぐ180じゃん」

「身長なんて高くてもしょうがないだろ」

「お、お前……今、全世界の身長に悩める男子を敵に回したぞ!」


 うるさい米田を無視して体重を量り、記録の書かれた用紙を持って廊下に出るとあとから出てきた米田がワーワー喚きながら僕の横に位置取る。


「体重4キロ太った……。これが2センチ伸びた代償か……。こーすけは何キロだった?」

「……59」

「はあ!? 俺より軽いじゃねぇーか! 俺より身長高くて軽いってなんかの嫌がらせか!? このモデル体型め!」

「さっきも言ったが体重が軽いとか重いとか肥満じゃなかったら別にどうでもいいだろ」

「うわ! 今度は全世界の女子を敵に回したよ」

「世界中、僕の敵だらけじゃないか」


 すでに若干の疲労を感じつつ、その後視力、聴覚と健康診断を終えるといよいよ体力テストをするため体育館へと移動した。

 体育館では体力テストの8種目中5種目(握力・上体起こし・長座体前屈・反復横跳び・立ち幅跳び)を測定し、それをペアで回る。

 体力テストは身体測定と違って体育館にきた全生徒が同時に各所を回るため、上体起こしや反復横跳びなど時間を計って行う系は長蛇の列ができていた。


「う~ん……とりあえず人が少ないところから行くか」

「そうだな」


 

 僕たちは人が一番少なかった握力に向かうことにし、受付をして測定をする。


「ふぐぅ――!」

「声出しても記録は変わらんだろ」

「そうかもだけどなんか声出ちゃうときってあるじゃん? 本気を出してるときとかさ」

「僕は出たことがないからわからん」


 握力計を米田から受け取ると僕は淡々と測定を済ませ、次の種目へと向かった。

 長座体前屈と立ち幅跳びの測定を終え、さっきよりもましになった反復横跳びの列に並んでいると、


「おっ! 今(体育館に)入ってきたのうちのクラスの女子じゃないか」

「そうだな」


 何人か見覚えのある顔がいたためそう答えると米田は、「あがってきたぁ!」と肩をぶんぶん回しだし、僕はそれを冷ややかな目で見る。しかし米田はそんな僕の視線など気にする様子もなく、「あっ!」と体育館の入り口を指さし、釣られて僕も指の差す先に視線を向けた。

 視線の先では水無瀬さんがちょうど体育館に入ってきたところでタイミング良くというか悪くというか……。完全に目が合った。


「なになに~。情熱的に見つめちゃって――いいとこ見せないとなっ!」

「…………」


 米田のニタニタとした冷やかしとは裏腹に僕の脳内には昨夜の水無瀬さんの姿と言葉が再生されていた。

 




 それからのことはあまりはっきりと覚えていない。ただ、記録の用紙を見るとあれ以降の反復横跳びと上体起こし、それに場所をグラウンドに変えてのハンドボール投げの記録は体力テストの点数でみると3点以下の不振ぶりだった。


「最後に50メートル走と1500メートル走を連続で走らせるなよな」

「ああ……」


 相変わらず口数の多い米田をいつも通りいなしながら僕は50メートル走のスタート位置へと着く。そして50メートルをさっきまで同様適当に走り切ったときだった。

 

「ちょっと来て――」


 突如詰め寄ってきた水無瀬さんに手を引かれ、グラウンドから校舎の方に引っ張られていく。そして連れてこられたのは我々と思い出深い場所――校舎の一番奥の外階段。


「――いきなりなに水無瀬さん……」

「ちょっと黙って――」


 その声は明らかに怒気を含んでおり、僕は思わず口ごもってしまう。


「……確かに昨日、私は天海くんが他の子にモテるのは嫌だって言った。けど……」


 水無瀬さんは言葉を詰まらせるもそれを振り絞るように言葉を続ける。


「天海くんが他の子にモテるのは嫌だけど――天海くんがカッコ悪いのはもっとやだ!」


 その言葉に胸がざわつく。封印したはずの気持ちがあふれ出てきてしまいそうになる。だって――その言い方じゃあまるで、僕がまだ君の彼氏ものみたいじゃないか……。


「――水無瀬さん」


 俯いた水無瀬さんの両肩に優しく手を置くと、顔を上げた水無瀬さんの綺麗な瞳が僕の顔を捉える。その距離15センチ。


「――最後の1500メートル見てて」


 そう言い残しグラウンドへと戻った。それはそれは最大にカッコをつけて。

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