絶対美少女と均一男子

上雲楽

絶対遡行

 アルバイト先の個別指導塾で教えている反町くんはものわかりがよくて気に入っていたけど、気になるようになったのはもっと最近だ。

「せんせいって犬飼っているんだね」

反町くんが学校の宿題の算数プリントを裏返してこちらの目を見たとき、反町くんの視線がおかしいことに気が付いた。

 わたしは、おそらくやつらに対抗するために、委員会によって骨格や肉付きが平均的に位置されていて、結果絶対的な美少女だった。だから人がわたしを見るとき、わたしの目や胸や手の美しさに見とれるはずだった。ピタゴラス的な調和の美に反応するのは子供どころか赤子だって例外じゃない。

「飼ってないよ。どうして?」

「そうですか。じゃあ勘違いみたい」

 わたしは確認のためにシンプルで美しいまなざしを反町くんに向けてみた。しかし反応はなく、反町くんは鉛筆で顎を掻いた。

 それから無言で時間が過ぎていたので、パーテーションの隙間から塾長が警告のように目配せした。わたしはとりつくろうように、

「わからないところはない?」

と聞いてみる。反町は今、小学六年生だけど、普段は中学の範囲の問題集を解いているから、学校の宿題なんてわかることは知っていた。案の定反町くんは喉でうなるように、

「うん」

と言って、プリントを解き続ける。塾長はそれを見て満足したのか、パーテーションの向こうに戻っていく。やつらと同じ仕草だ、と思った。塾長がその一員なのかはわからないが。

「どうして犬を飼っていると思ったの?」

わたしは髪を耳にかけて尋ねる。

「見たから」

「反町くんって、自転車で塾に来ているから東中野に住んでいるんだよね?」

「そう、だから変だと思って」

「犬を連れたわたしを東中野で見たってこと?」

「うん。せんせいってどこに住んでるの?」

「東小金井で一人暮らしだよ」

「じゃあ、ぼくは東中野じゃなくて、東小金井にいたのかも」

「距離あるよ」

「距離を超えたんだよ。昨日のバラバラ殺人みたいに……」

「黙れ」

奥で塾長が急に叫んで、反町くんはびくっとして、それ以上何も言わなかった。反町くんは一つ正しいことを言った。わたしが存在しているのはおかしい、ということ。

 言うまでもないことだが、この世界は侵略されている。わたしは小学生のころに気が付いた。わたしは六年三組で生き物係だったから気が付きやすかった。その証拠は例えば今、目の前にいる。アルバイトが終わって寄ったスーパーで、おばちゃんが買い物カゴに何もいれず、野菜コーナーから総菜コーナーまで往復しているのを知っている。

 総菜コーナーの奥のレジから機械の声が聞こえる。オフシールです。オフシールです。同一ラベルです。オフシールです……。

 わたしにはよくわからなかったが、機械の声の配置は合図だった。あるいは微妙に周波数が違うとか、店内放送と連動しているとか、いろんな可能性はあると思うけど、重要なのはメッセージを発したということだ。メッセージに導かれておばちゃんが移動を始めた。レジの列を横断するように入口の方に戻っていった。おばちゃんの耳にはインカムがはめられていたから、きっと指示された行動だった。わたしはおばちゃんの動向に注目していることに気が付かれないように、車二台ぶんの間隔を保って後をつけた。やはりおばちゃんは何も買うことなく、店内を再び巡回した。やはり、やつらの一員であることを確信した。

 こうしてやつらの動きを探ることは危険でいっぱいだった。実際、このスーパーでは万引きをしたなんていいがかりをつけられて、三回連行されそうになったことがある。連行されるときっと帰ってこれない。中退した大学の同期の宮野さんも連行されたのだと思う。

 卵と牛乳と鶏むね肉とブロッコリーと玉ねぎとセロリと冷凍ピザを買って、スーパーを出る(ちゃんとレジを通したということはあらためて強調したい)。自室のあるアパートの前に人影がある。

 人影自体は珍しくない。わたしの美貌を見ようとして、いくつもの人が追いかけてくるから。だけど路地の奥のその人影は小さくドラッグストアの明かりで形作られて、こちらの顔を確認してもずっと見据えている。

「待ってましたよ」

 わたしが顔を確認できる距離まで移動して、人影が反町くんだとだとわかり、反町くんのカーキ色のパンツには返り血がついていた。

「あとでお風呂沸かすからね」

 わたしは反町くんを部屋に入れて、血のついたパンツを洗面所で洗っていた。血はすでに少し乾いていたから、洗剤をつけて手洗いするだけでは落ちなかった。

「せんせいすみません。お言葉に甘えますね」

反町くんはわたしのベッドに当然のようにちょこんと座ってテレビのニュースを眺めている。

「これで共犯ですね」

反町くんがくすくす笑った。反町くんはわたしの部屋に入ったとき、即座にテレビのリモコンを見つけてニュースにチャンネルを回した。いや、あれはどこにあるのか知っている動きだった。わたしは命令されることもなく血を落とすことにした。選択肢はないと確信していた。

「何が目的?」

わたしは給湯ボタンを押して蛇口をひねってから、濡れた手を自分のパンツで拭きながら尋ねると、反町くんは困った顔をした。

「せんせいってどこにでもいるから知っているもんだと思って」

「わたしは一人だよ」

「ニュース見ましたよね?」

横目でテレビを見る。ニュースはよく知らないスポーツニュースを垂れ流している。熱狂している人々の動きはわたしを見る人の目に似ている。

「せんせい、今日ぼくがバラバラ殺人の話したとき、反応しなかったですよね。おかしいなって思ったんです。せんせいは何を知っているんですか」

「ネットニュースは見たよ。怖いね」

わたしは返答を間違えないように、笑顔をキープしながら答える。反町くんはうーんと言いながら上唇を舐める。

「この町の児童館で死体の一部が発見されたのは知ってますよね。それっておかしいんです。今起きることじゃなかった。ぼく、完全記憶を持っているからスカウトされてタイムパトロールになったんで、知ってるんです」

完全記憶、と言われて、反町くんの要領のよさが理解できた気がする。

「わたしと最初に会った日を覚えている?」

「明日です。本当は児童館でぼくが明日死んで、せんせいが見つけるはずでした」

 タイムスリップくらいの技術はやつらにあるのかもしれない。お風呂が沸いた音がして、入るように言うと、反町くんはその場で服を脱いで(このアパートに脱衣所はないしユニットバスだからそうならざるを得ないけど)服を手渡した。青いボクサーブリーフを見て、子供用の下着ってこんなに小さかったっけと思った。

 洗濯物を洗濯機に突っ込んで、バラバラ殺人について検索してみる。死体が発見されたのは小金井市の児童館。昨日の二〇二三年十一月二日の午前八時ごろ、四つある児童館のそれぞれに、右腕、左腕、右足、左足が置かれているのが発見された。頭と胴はまだ見つかっていない。被害者も誰かわからない。パーツはすべて同一人物のもので、小学六年生程度の男の子のものだとわかっている。それ以上の情報は特に報道されていなかった。報道規制されているのかもしれない。

 丁度テレビのニュースでもその事件について報道されていた。コメンテーターが好き勝手な憶測を囃し立てているが、こちらも言っている情報は変わらない。封鎖された児童館が映し出されたが、行ったことのない場所なので親近感は感じない。画面が切り替わって、コンビニの監視カメラの映像が映し出された。深夜に撮影されたそれに、大きなリュックを背負って横断する若い女が映っていた。テレビの言い分では、バラバラ死体を起きうるアリバイ的に、この女が怪しいらしい。そしてまた別の場所の監視カメラの映像。その場所はコンビニからだいたい二・五キロメートル離れていて、撮影されたのははコンビニの録画と同じ時刻だった。そこにも同じ女が映っていたが、テレビは時間的に同時に出現していることになる女をミステリーとして煽った。女の顔がクローズアップされ、謎の美少女とナレーションされる。その顔はわたしのものだった。

「せんせい、お先にありがとう」

反町くんが裸のままお風呂から出てきた。わたしが適当にスウェットを渡すと、

「ぶかぶかですね」

と言って素肌のまま身に着ける。しばらく反町くんの裸体に違和感を覚えていたが、それは勃起していないからだった。わたしと同じ空間にいて勃起していない肉体を見ることは常識の範疇外だった。あらためて、この子は異常だ、と知った。

「さて、目下のタイムパトロール的問題ですけど……って、あれせんせいが報道されてる?」

反町くんがテレビを凝視して、爪を噛もうとしてとどまるそぶりを見せた。

「せんせい、マジでヤバイかもしれないです。せんせいがヤバイって知られたらタイムパトロール的にもっとヤバイんです」

「あれ、わたしじゃないよ。深夜に出歩いたりしない」

「それは今と過去のせんせいの意志であって、未来のせんせいと改竄された『今』のせんせいは違いますよね」

反町くんがポリポリ顎を掻く。わたしが改造人間だって知っている?

反町くんがやつらの一員であることは半ば確信していたけど、これでわからなくなった。だってやつらの一員にしてはわたしのことを知りすぎている。もしやつらが反町くんの知っていることを知っていたら、もっと対処は変わっていたはずだ。もしかしたら、委員会の送り込んだスパイなのかもと思ったが、委員会にタイムパトロールなんてないはず。

「タイムパトロールは何をするつもり?」

「素敵な未来を創ること。要するに、昨日男の子が死なず、明日ぼくが死ぬことです。それにせんせいが関与していることが暗黙されるのも大事です」

「お茶飲む?」

「どうも」

わたしがお湯を沸かしに動くと、また反町くんは当然のようにベッドに座った。

「反町くんは前にこの部屋に来たことあったかな」

「もちろん」

つい疑問を挟んでしまったが、反町くんは、これも当然である、かのように受け流した。少しの沈黙の間をぬうように、テレビから緊急テロップが流れた。報道されたのは殺人事件。場所はわたしの地元である名古屋市。すぐにテレビ番組も緊急報道を伝える。そして殺害現場が映し出される。知っている病院だった。そして報道された被害者の名前は爾牟田あおい。わたしの名前だった。

「ほらね、運命がこんがらがってヤバイんですよね。『爾牟田あおい殺人事件』が発生するのは二十三年前の二〇〇〇年六月十八日のはずだったんです」

 その瞬間、ドアに備え付けられたポストから郵便物が落ちる音がした。配達されたのは手紙だった。この時間に郵便なんてありえない。見るまでもなく、委員会からの指令かやつらからの警告だった。

 反町くんは勝手に届けられた手紙を開いた。ピンクの封筒にまたピンクの便せんが入っていた。

『逃げて』

手紙にはそれと、「爾牟田あおい」の署名だけ入っていた。筆跡はわたしのものだったが、こんなもの書いた覚えはない。メッセージの意味がわからない。

「未来のせんせいを信じましょう。今は逃げるのが先決かもしれません」

 そう反町くんが言うのを待たず、わたしは外に飛び出していた。投函した人を追いかけようととしたが、すでにあたりに人影はなかった。気が付くとわたしはがむしゃらに駅の方まで走っていた。終電まではまだ時間があるが、駅にも人影は全くない。後ろから反町くんが息を切らしながらついてきた。

「どうして?」

わたしは汗で張り付いた前髪を軽く横に流す。

「逃げ場はそれだけですから」

駅の外からサイレンの音が聞こえた。わたしは何もできないのを悟った。改札はすべて開け放たれていた。恐らく委員会の工作だった。わたしはそのまま駅構内に侵入し、数分後、見慣れたオレンジのラインの電車がやってきた。

「新宿から深夜バスで名古屋に行きましょう」

二人で電車に乗り込むと、反町くんはわたしのスマホをいつの間にか持ってパスワードを解除し、深夜バスの予約を入れた。わたしはポールにうなだれて、ゆっくり目を閉じた。

 数分か数時間経った気がする。電車は中野を過ぎて、新宿に到着した。体感時間では日付が変わっていた。三連休のはずなのに、新宿の駅にまったく人がいない。その光景は、数年前に起きたパンデミックで閑散としていた時期を思い出させた。南口を出てバスタ新宿に到着しても、誰ともすれ違わない。駅員すら見ない。反町くんが先導して、バスタ新宿のエスカレーターを上がっていく。待合室も素通りして、スタスタと乗降所にあゆみを進める。通りすがった待合室の案内掲示板に、現在の時刻は十一月二日〇時八分と書かれていた。

「ここはどこ?」

わたしが反町くんに問いかけるころには二人ともバスの座席に座ってしまっていた。

「今日起きた殺人事件を二十三年前に起こすんです」

わたしは吐き気を感じていた。バスにも運転手を含めて誰も乗っておらず、自動音声のアナウンスが聞こえるとドアが閉まり、無人のまま動きだした。自動運転の技術は驚くことではない。しかしそれをひけらかすのは、わたしがここにいるのは誰かの意志の結果だと思わせぶるものだった。バスは高速道路に乗っていて、一定の速度で走り続ける。

「今日って……」

とスマホを探ろうとして、まだ反町くんが持っていることに気が付いた。ポケットを探るそぶりを見せたのに反町くんは察して、すぐにわたしのスマホを差し出した。受け取って日付を確認すると、まだ二〇二三年十一月二日〇時三十二分だった。わたしは「爾牟田あおい」と検索してみる。やはり殺人事件はまだ発生していない。それどころか小金井市のバラバラ殺人もまだ発覚していない。こちらもまだ犯行が起きていないのかもしれない。

 うつらうつらしているうちに太陽があがっていて名古屋駅に到着していた。あと数時間で小金井市では死体が発見されるはず。名古屋駅は早朝だけどまばらに人が歩いていた。ロータリーに到着してバスから降りると、バスは無人のまま走り去っていった。

「まだ今日の殺人事件は起きていません。春田に行きましょう」

 春田はわたしの地元だ。『爾牟田あおい殺人事件』の起きる場所。名古屋駅から関西本線で二駅だが財布がないままで動けないと反町くんに伝えたが、反町くんは当たり前のようにわたしの財布を持っていた。

 春田駅から徒歩十分程度の場所に、『爾牟田あおい殺人事件』が起きる病院がある。今はまだ殺人事件が起きていないから、病院の周りにはほとんど誰もいない。

「それで、どうするつもり?」

わたしは病院を遠目で見つつ反町くんに聞くと、

「まあなんとかなります」

と言ってスタスタ病院の受付に歩きに行く。

「あの、殺人事件を止めに来たんですけど」

「まだ受付前ですので……って殺人事件ですか。また名探偵か。迷惑なんですよね」

受付のおばさんがむすっとした顔をするのでわたしが顔を見せた。

 瞬間、おばさんの視線はわたしにくぎ付けられた。おばさんが少し頬を赤らめ、緊張するのがわかる。わたしの美貌に性別や年齢は関係ない。

「ごめんなさい、迷惑でしたよね」

 わたしは髪を耳の上にかきあげて、髪や手や耳を強調する。おばさんは恥ずかしそうに眼を伏せようとするが、わたしと視線を合わせようとして小首をかしげながら上目遣いで口角を上げる。

「いや、そんなことないです。他の名探偵の方でしたらあちらに……」

おばさんが反町くんの肩の向こうに手を向けるので振り返ると待合室に患者に混じって三人、こちらを見ている。もっとも診察者は他にいないようだから、ここには名探偵しかいないらしい。

「あれもタイムパトロールの仲間?」

反町くんの横顔をちらりと見る。

「記憶にない人なので知らない人だと思います」

「あのー名探偵ってことはそちらも聖地巡礼ですか。自分はそうでー兵頭っていいますー」

三人のうちの一人、季節違いのトレンチコートを着た女性が話しかけてきた。

「わたしたちは……って、まだバラバラ死体は発見されてないんだった」

「それって小金井市で起きるやつですかー」

 わたしは少し背筋をこわばらせる。この知識を持っている人は存在しないはずだった。やつらの一員かも、と思ったが、それにしては視線が、わたしへの関心の薄さを語っている気がする。

「自分もファンとしてー今日ここに行くか明日明後日小金井に行くか迷ってたんですけどーやっぱ東京は遠いなって。まあ距離は関係ないんですけど」

そう鼻を膨らませて笑う。

「ファンってわたしの?」

わたしは軽く微笑んで、三人を眺める。

「せんせい、この人がバラバラ殺人のこと知っているわけないです。ヤバイ気がします。もしかしてここは行きたい昨日じゃなくて改竄された昨日なのかも。殺して今日にいったん退散しましょう」

「あのう、聞いているとなんだかおだやかではありませんわね。私は榎崎眞羅瑠芽って言います。名探偵です」

 反町くんの発言にトレンチコートの女が苦笑いしているのを見かねたのか、タイトなニットワンピースを着た女が立ち上がった。

「あ、自分はフルネーム、兵頭現々野子って言います。名探偵ですー」

 トレンチコートの女がニコニコとしながら手をあげてはきはき言うと、向こうで座っているカジュアルなスーツを着た女性もあくびを中断してこちらを見て、肩をすくめ。

「上石神井ひもねすです……。名探偵」

と呟いた。

「私は鯨杏です。名探偵じゃない」

受付のおばさんもそう言ってわたしの方をちらりと見た。

「ぼくたちも名探偵じゃないです。というか名探偵ってなんですか。時空を超えて来たならタイムパトロールが許しません」

「私たちがするのは推理ですわ。結果的に時空を捻じ曲げることになるのかもしれませんが、きちんと過去の因果と運命を見極めているつもりです。ここにいるのも私は推理するためですし、みなさんもそうだと思います。お言葉を返すようですが、そちらは名探偵でもないのに、今日この病院に居て、起きてないバラバラ殺人のことを知っているなんて、その方が不審に感じますわ」

 榎崎眞羅瑠芽が自分の刈り上げた短髪を撫でつけて微笑んだ。わたしは待合室の時計をちらりと見た。現在の時刻は七時前。まだバラバラ死体は発見されていないはずだ。

「そろそろ小金井市で死体が発見されるだろ。それをここで推理しようってこと。」

上石神井ひもねすが足を組みなおす。

「ほら、殺人事件とか物騒なこと言いだす。迷惑なんです」

おばさんがいやそうな顔を作る。

「状況を整理しましょうー。春田で『爾牟田あおい殺人事件』が発生するのは十一月三日の夜中。小金井でバラバラ殺人事件が発覚するのは十一月二日ですよね。私たちはその両方の殺人事件を解決するためにここにいるんですー。

私が推理したのはこうです。すべての発端は二十三年前の二〇〇〇年六月十八日に『爾牟田あおい』殺人事件が起きなかったことです。発生しなかった事件の概略はこうです。爾牟田あおいが死亡したのは二〇〇〇年六月十八日、名古屋市立富田中学校に在学中のときです。爾牟田あおいは六月十一日に所属していた陸上部の練習を終えたのち消息を絶ち六月十四日に酩酊状態で発見され病院に担ぎ込まれますが、四日間の危篤状態が続いたのち、六月十八日早朝五時に死去します。その間爾牟田あおいは譫妄状態で、会話は不可能でした。また発見された際、他人の服を着せられていてました。それで死因も不明です。死亡前後の時間に停電が発生して、断定できなくなりました。もっとも事件性なしとのことで司法解剖もされませんでした。

というのも今日の〇時過ぎくらいに、不審な手紙が投函されましてね」

兵頭現々野子がハンドバッグからピンクの一枚の封筒を取り出した。それはわたしが受け取った「逃げて」という手紙と同じに見えた。

「この手紙に書いてあったのは『The Raven』と『二〇二三年十一月二日愛知県名古屋市中川区春田』の文字、そして『爾牟田あおい』の署名です。『Once upon a midnight dreary, while I pondered, weak and weary,

Over many a quaint and curious volume of forgotten lore,

While I nodded, nearly napping, suddenly there came a tapping,

As of some one gently rapping, rapping at my chamber door.

"'Tis some visitor," I muttered, "tapping at my chamber door —

Only this, and nothing more."』エドガー・アラン・ポーの『The Raven』の冒頭です」

 わたしはこの描写はタイムスリップの感覚と似ていると思ったが、口を挟まなかった。

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