第25話 ヒーローは厨二と共に
時は少し戻る。
「あ、おいっ!」
そして二人は黒瘴灰のドームに閉じ込められた。外からは多くの人の悲鳴と怒声が聞こえる。
「バーニー君は一般人の保護をッ!」
ローズは
「咆えなさい、“ブレイブド――」
黒瘴灰の生成で隙を見せた
「ッ! 霊力がっ!」
霊力が霧散されることに気が付き、驚愕する。だが、更に驚愕する出来事が起こった。
「素晴らしい悲鳴だわ」
「そうか? 煩いだけだろ」
「ッ、人!?」
灰色のシスター服を着た鼠人族の女と
そして恍惚に顔を歪めていた鼠人族の女はローズとバーニーに気が付き、聖女のような微笑みを浮かべた。
「あらあら。あらあらあら。アルクス聖霊騎士高校の学生さんじゃない。しかも、竜人族の少女がいるなんて」
「というか、コイツの顔、どこかで見たことあるぞ。どこだったけな……」
「彼の名高き英雄、
鼠人族の女は胸の前で両手を合わせる。
「ああ、神よ! 尊き灰の神よ! 此度の運命! 御身の恩寵に感謝します!」
シスター服に身を包み少女の様な容姿で熱に浮かされたように叫ぶ鼠人族の女。とてもアンバランスで歪だ。恐怖すら感じてしまう。
そして鼠人族の女は懐から拳銃を取り出し。
「ッ。やめなさ――」
「ピーピーとウジ虫が。黙ってくれないかしら?」
ローズの背後、つまり異常事態に恐怖し泣いていた幼子の一人に向かって発砲したのだ。
「ハァアアア!!」
裂帛の気合と共に膨大な霊力を消費して“ブレイブドライグ”を展開したローズは、自身の左側を通過しようとしていた銃弾を斬った。
「ふんっ」
「ッ!?」
だがしかし、それを見越していたのか、鼠人族の女はローズの左側とは逆。右側の背後にいた幼い女の子にも弾丸を射出した。
放たれた弾丸はローズの横を通り抜け、幼女を貫くかに思われたが。
「がッ」
「バーニー君っ!」
バーニーが身を
バーニーは背中から血を流しながらも、抱きしめるように庇った幼女の頭に手をおきニィッと笑う。
「大丈夫だ。俺やあの姉ちゃんがどうにかするか安心しろ」
「……うん」
悪人すら裸足で逃げ出すほどの凶悪顔の笑みに、されどその優しい声音と手に幼女は安心したように頷いた。
「ここは私たちがどうにかしますので」
「……分かった」
クッキンキャットの四人は親御さんたちと共に他の泣いている幼子をあやし始めた。背中を撫で、頭を撫で、抱きしめる。
それに目を見開きながらバーニーはゆっくりと立ち上がり、“ブレイブドライグ”を構えて鼠人族の女たちを威圧するローズの隣に立った。
「……動けるの?」
「ああ、問題ねぇ。銃弾は筋肉で押し返した。それに身体強化や治癒術とか体内は阻害されねぇっぽいな。霊装は展開できるのか」
「ええ。だけど、体外系の異能は無理。〝竜眼〟以外消費が大きすぎて発動できないわ」
「なるほどな。……砦となりて皆を守れ、“
バーニーが肩をぐるぐると回し、大きな盾の霊装、“天巌”を展開した。
「あらあらあら。こんな状況なのに見下げるほど高潔だわ。だけど、哀れね。来なさい、私の可愛い子猫ちゃん」
「ヴゥーー」
「「ッ!?」」
鼠人族の女がフィンガースナップすると、渦の様な黒の輪から獅子が現れた。
その獅子を見た瞬間、ローズとバーニーは否応なしに恐怖した。格が違うのだ。圧倒的な覇気をその獅子は纏っていた。
ローズの脳裏にある存在が過ぎる。
(
そう、一ヵ月前のローズが全力を出しても傷一つ付けることすらできなかった圧倒的強者。それと同格の存在が目の前にいるのだ。
「ヴゥゥ」
「ええ。いい子よ。いい子。撫でてあげるわ」
鼠人族の女は
「ワンちゃんたち。もういいわよ。よくやったわね」
「「「ガウッ」」」
「あらあら? 何を驚いてるのかしら? 鼠人族は厄災の種族よ?
「鼠人族は厄災の種族ではないわ。その力は単なる特殊能力よ」
「……つまらないわね。そう、これは私の異能。獣相手に使える精神操作能力」
鼠人族の女は、
「アルム。すべてのテレポート門を消しなさい。それと、あと十分したら指定した通りに鷲ちゃんを招き入れなさい」
「へいへい。分かってるよ」
アルムと呼ばれた
鼠人族の女は聖女のように微笑む。
「さてはて、虚飾と欺瞞に塗れた未来の英雄さん? アナタはこれからどうする? ここにいるのは、CランクとDランクの
その言葉を聞いた瞬間、ローズの後ろにいる親御さんやスタッフたちの表情が恐怖に歪む。それを敏感に感じ取ったのか、ようやく泣き止んだ幼子たちがまた泣き始める。
(……≪竜の祝福≫なしでも一分は相手できる。けど、子供たちがいる以上、全員を守りながら戦うのは無理だわ。逃げしきれない。バーニー君も同じ結論のようね)
チラリとバーニーを見やったローズは、静かに鼠人族の女に尋ねた。
「……それで私たちに何をしろっていうの」
「なに、単純よ。ただ、降伏しなさい。哀れで醜いウジ虫たちと共に縮こまり、恐怖に震えてなさい」
「……人質になれってことかしら?」
「ええ、そうよ。アナタたちは人質なの。聖霊協会への、ね」
ローズとバーニーは視線を交わし、降参を示すように霊装を消して両手をあげたのだった。
Φ
三十分以上の時間が過ぎた。
『セラム様。こちら赤灰チーム。先ほど、第六聖霊騎士団が到着しました。どうしますか?』
「……想像以上に早いわね。けど、いくら彼の英雄が率いるナンバーであろうと、簡単に手は出せないわ。そのまま強気で聖霊協会と交渉を続けなさい。特に私が二体のCランク
『ラジャー!』
『セラム様。こちら青灰チーム。例の霊具ですが熱暴走をしかけてます。今、兎たちの異能で冷やしてますが、もって二時間です』
「……出力を十パーセント下げなさい。それと大鷲を呼んで風を吹かせなさい。それで一日は持つはずよ」
『ラジャー!』
鼠人族の女、セラムは無線から視線を外す。
「それでセラム。いつ、こいつらの
「アナタは本当に短気ね。少しは待てを覚えなさい」
セラムとアルムの会話を聞きながら、ローズは考える。
(……お姉ちゃんたちも迂闊には動けないし、他に仲間もいる。長丁場になりそうだわ。けど、それまで子供たちが耐えられるか)
今、親御さんやクッキンキャットの四人が恐怖に震える幼子たちを励まし、宥めているが、それがいつまで持つか。
(……だけどホムラ君とドルミールは絶対に逃げてないはず。今もどこかで機を伺っている)
今のローズにこの状況を打開する方法は思い浮かばない。自分の無力に怒りを感じながら、二人を信じて霊力を練っておく。どんなことが起きてもすぐに対応できるように。
そしてその『どんなこと』はすぐに起きた。
「う、うわぁぁぁぁああん!!」
「ま、マナ! 静かに! ねっ?」
まだ赤ん坊といえるほど、幼い女の子な泣き出してしまったのだ。それを皮切りに他の幼子たちも泣き始めてしまう。
アルムが顔をしかめる。
「チッ。なぁ、セラム。ぶっちゃけ、こんなに人質いらないだろ。半分くらい灰の救済を与えようぜ」
「……そうね。協会の返答も遅いし、それも一興ね。アルムは動画を撮っておきなさい」
「えぇ。オレがやりたい。灰で押しつぶしたいぜ!」
「駄目よ。あなたのテレポートの力は温存しておくの。それに、ウジ虫どもには簡単な救済で十分よ」
セラムは
セラムは躊躇いなく黒瘴灰の剣を握る。黒瘴灰の毒によって火傷を負い手から煙がのぼるがセラムは気にしない。
アルムはスマホを取り出して動画を撮り、セラムは聖女の様な微笑みを浮かべながら泣きわめく幼子たちへと近づく。
「待ちなさい!」
ローズが立ちふさがった。
「子供たちに手を出すなら、容赦しないわ!」
「容赦? この状況で容赦?」
セラムは
ローズは歯噛みし、バーニーと視線を交わしたあと、セラムに頭を下げる。
「……どうか子供たちには手を出さないでください。私が代わりに何でもしますから」
「ふむ、どうしましょうか~?」
「どうか、どうかお願いします。この通りです」
ふざけたように惚けるセラムにローズは何度も頭を下げる。
「ん~そこまでいうなら、あ、そうね。服を脱いで土下座しなさい。それで私がアナタの頭を踏むの。そしてその動画を外にいる
セラムは楽しそうに微笑み、ローズを見やる。
「で? どうする? するの? しないの?」
「くっ」
ローズは怒りで唇を噛みしめる。
服を脱いで土下座する。これはまだ耐えられる。けれど、自分の弱さで尊敬する姉に迷惑をかけるのはとても屈辱だった。
それでも子供たちの命には代えられない。
ローズは制服に手をかけ、ブレザーを脱いだ。そしてスクールシャツのボタンをはずし始めた時。
「ライバルよ。もう安心しろ。我が来た」
可笑しな口調と共に四階からホムラが飛び降りてきて。
「さぁ、同族よ。我が相手だ」
「は?」
黒のコートをはためかせながら、バールのような物をセラムに突きつけたのだった。
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