少女漫画じゃあるまいし!

不明瞭

あるまいのよ


 現実はリアルであって夢ではない。

 登校中パンをくわえて走っていたら街角で美少年とぶつかって、ここらで有名な不良が捨て猫を拾う優しげな瞳に揺れ動き、ぶ厚いメガネのガリ勉がメガネを外したらとんでもない美形だった。なんてことはあり得ないことである。

 現実的ではない。非常に現実的ではないのだ。

 メガネを外したくらいで顔面が変わるならみんなやっているし、悪いやつが優しいことすればマイナスの好感度がゼロに寄ったただそれだけで。そもそも走りながらパンは食べにくい。

 ベッタベタのベタと言える少女漫画の象徴みたいなシチュエーションは、乙女たちの夢と希望と願望と夢と性癖を詰め込まれたドリームストーリーでしかない。

 要はご都合主義なのだ。

 現実は一ページ戻るだけで今朝携帯の充電をし忘れたことに気付き、あとは……なにしたっけな。数学のノートを忘れた。あとー、購買のパンがクロワッサンしかなかったくらいかな。

 共学というだけで出会いなんか当然ないしファンクラブができるくらいの顔面偏差値五億の男がほいほい歩いているわけがない。そもそもそんな男とあたしが出会うきっかけもない。故にあたしは主人公ではない。最高だね。

 さて突然だが、幼馴染みというものをご存知だろうか。少女漫画の定番中のド定番、必ずと言っていいほど出てくる幼馴染みは、最後の最後まで主人公の幸せを願いつつも横から颯爽と現れたしょうもない強引ワガママ男に主人公をかっさらわれる憐れなポジションだ。いや違うな、いつまでも主人公を愛していて……やめよう。綺麗な言い方が思い浮かばない。

 そもそも現実的な幼馴染みとは、中学で思春期という男女の壁に突入する時期で交流はなくなるはず。そう、なくなるはずなんだ。

「あおいー!」

 放課後に帰り支度を始めたA組のドアを引っ叩くように開けて大声を出すこの男は昔からなにも変わらない。

「葵、今日時間あるか?」

 変わらなさすぎて逆にちょっと怖い。

 彩瀬晴希。二年にして剣道部副部長を務める有望株であり、その薄いフレームから覗く目尻は垂れ、その下には小さなほくろ。男子にしては長めの黒髪に一七〇半ばほどの身長、顔もそれなりに整って優しくて笑顔が可愛いと有名なあたしの幼馴染みである。そして、

「今度応援に来てくれないか?あ、くだらさ、……ん?」

 生粋のバカである。かわいそうに。

「くださる、ね。いつ?」

「今週の日曜だ!」

 眉が下がる、いわゆるふにゃっとした笑い方は女子から非常に人気なことを彼は知っているのだろうか。知らないだろうなバカだから。

「予定とかあるのか?」

「いや、特には。孝太連れてっていいなら行くけど」

「かたじけない! 頑張るからな!」

 そしてこの会話で察したであろうが、彼は将来の夢に武士と書くレベルのバカである。解散。

「体育館まで一緒に行くよ」

「なら共に帰ろうではないか友よ!」

「アイス奢ってくれんならね」

「や、安いやつでいいなら」

「オッケー」

 クラス(主に女子)の視線を強く感じながらカバンと体操着袋を持って教室を出る。

 六月十日。曇り。

 今日も今日とて蒸し暑く、遠くからわずかに蝉の声まで響いているこの時期はあたしの誕生日である。といっても先月だけど。息をするように晴希が観たい映画のチケットをもらって一緒に観賞、頼んでないのに晴希持ちでご飯食べてクレーンゲームで欲しいとかひとことも言ってないかわいいぬいぐるみをプレゼントしてくれた。

 翌日は友人らに囲まれて「彩瀬くんとどっか行った!?」とか「なにもらったの!?」とかそんなことばっかりで肩が凝ってしまった。周りにとって晴希という存在は、それくらいの、手の届くようで届かない夢のある花なのだろう。あたしにとっては昔からなんにも変わらないアホタレだけど。

 さて話は変わるが、学校で注目されているのは晴希だけではない。

 同じ剣道部のロシアとのハーフがいる。名を、うんたらかんたらという。知らんけど。

「体育館に何用か?」

「友達にノート借りててさ。剣道部の、笹川明菜って子」

「ああ! 笹川殿か! そういえば仲が良かったな」

「やかましいけど面白いよ」

「それはよく思う」

 神妙な顔で頷く晴希の目線は少し高い。子供のころはあたしの方がずっと大きかったのになぁ。

「ん?」

 フレームを抜けて向けられる視線に「身長伸びたね~」なんて返せば「あと五センチ欲しいから毎日牛乳を飲んでいる」と牛乳嫌いが舌を出して顔をしかめる。その顔は面白いからわりと好き。

「うっわなにあれ」

 すでに体育館に群がる女子が恐ろしい。帰りたい。この気持ちはきっとこれから起こる嫌な予感に対する予知……? いいえただの防衛本能。正解。

「失礼、通してもらえないだろうか」

 よく通るテノールが女子のざわめきを増やし、さらに晴希の後ろに立つあたしに嫉妬の目くじらが立つ。嫌な話ですねーまったく。

「葵、こっち」

 連れられるままにマネージャーたちの隣に腰掛けることに。ぱっと見渡した限りどこにも明菜はいない。

「あ、あおいちゃんも来たんだぁ~」

 いっつもかわいく髪を巻いているオシャレな紗耶香ちゃんが隣に座ってお菓子を手渡してくる。

「紗耶香ちゃんマネージャーだったんだ?」

「ううん~ここの部長が彼氏なのぉ~」

「へぇ……」

 あのゴリラ面が。

「あ、あれ~」

 ふわふわしたしゃべり方は意図的なのか地なのか。爪まできれいにコーティングしているその先を見ればそれはもうびっくりするゴリラ面。こんなかわいいふわふわビッチ系ビッチはあのゴリラでもいいのか。

「たっく~ん」

 クリーム色のカーディガンを萌え袖にして、ひらひら手を振るその仕草すらかわいいというかあざとい。あと動くたびに甘ったるい匂いがするのは香水か? あたしはもっとライトな匂いの方が好みです。言わないけど。

「晴希くんの応援?」

「いや、本当は明菜に用があったんだけどいないみたいだしどうしようかなーって」

「ラインは?」

「今日スマホ忘れた」

「うっそぉあたしスマホなかったら死んじゃう~」

 正直うちの高校スマホ持ち込み禁止なんですけどねー。言わないけど。

「そ~いえばさぁ~」

 晴希もいないし居心地悪いしどうしたもんかとさっきもらったチョコを口に放り込んだとき。

 スマホを弄りながら紗耶香ちゃんはごっついつけまとカラコンとぶ厚い化粧で作られた目で品定めするようにあたしを舐める。

 正直こういう女のマウントほどキツイものはない。ほどほどでいようぜ。どうせお互い興味ないんだし。

「晴希くんと付き合ってるってガチ?」

「まったく。ビックリするくらいただの幼馴染みですけど」

「うっそだぁ~だってデートしたんでしょ?」

「デートっていうか……うち家族ぐるみで仲良いからただの交流というか、」

 女の勘が言っている。あたしの誕生日のこと探り入れられてるって。余計なこと言ったら死ぬと思え。高校生活が犠牲になる。なんだったら大学にまで付きまとうからね。本当に良くない。あたしは平和に地味に生きていたい。ただ晴希が察してくれない。あのバカ。

「え~でも二人っきりならデートじゃん? ほんとは付き合ってんじゃないのぉ」

 あー目が怖い。でもあたしは無実なんです本当なんです! いやマジで。マジマジのマジ。

「本当にそれはナイ。から。ほんとに」

「じゃあ~」

 スマホを伏せて毛先を指でくるくると巻きながらかわい~く彼女は言う。

「あたし狙っていい?」

 あーーーー出ましたよはいはい勝手にどうぞ知りませんよそんなこと。なんて言ったらありえないくらいの脚色でとんでもないうわさを流されて高校生活肩身が狭いってやつです。すでに肩身が狭いのに。

「えー……と、あいつやさしいから、ね」

「なにそれぇ~自慢?」

「……そういうんじゃないよ、」

「あおい、アイスなにがいい?」

 ふとかがんだ影が言う。不穏な空気を打ち消すように剣道着姿のやさしいメガネがへにゃりと笑った。

「……お金ないって言ってなかった?」

「先刻サイフを見たら五百円入ってたので好きなの買えるぞ!」

「あっそ。じゃあはーげん」

「ウッ」

「ジョーダン。パッキンアイスでいいよ」

「なら半分こだな! 何味食べたいか考えといてくれ!」

 じゃ。と去っていく黒髪。帰るタイミング失ったなーという心の声と、左右からの責め立てるような視線がグサグサと刺さってあー本当になんで女子ってこう面倒な生き物で……と愚痴を吐く心の声で耳鳴りが起きている。

「あーあ、あたしウソつかれちゃったぁ~」

 嘘はついてない。決して。

 ただ、彩瀬晴希というヤツは、こういう年頃の人間たちの距離感をまったく理解していない男であり、さらには女同士の関係にこういったマウントという恐ろしいものが存在していることさえ知らないアホなのだ。あいつの頭の中で戦争というものは単なる痴話喧嘩、口論的な規模だと思っているらしい。知らんけど。

 気まずい空気を呑み込んで前を向けば今日は最初から試合形式でやるようだ。

 パツンと響く竹刀の音に怒号に似た声が体育館にこだまする。動きがあるたびにわずかギャラリーから声が上がるが、面してるせいで顔見えないのに写真撮っててなんか楽しいんだろうか。

 こういう場面少女漫画でアホほど見たし、紗耶香ちゃんみたいなキャラは死ぬほどいる。ベタ。こう考えるとどこもかしこもベタベタなのかもしれない。少女漫画はだいたいの女の子読んで育ってるしなぁ。しかし主人公みたいな女の子になりたい! って思ったとしてこんな性格になるかね。ならんと思うわ。というかそもそもこういう子は主人公になりたいなんて思ってないのかもしれない。『だってあたし中心で世界は回ってるしぃ~』とかいうやつだ。世界の中心はマグマだと思う。融かされてしまえ。

 しばらくして弾ける竹刀の打ち合いは余韻を残して決着が付いたらしい。それに竹刀を収めて礼をする晴希(たぶん)。隣の女子が立つ気のないあたしをわざわざ肘で押しのけてまでドリンクを持っていく。すごいなその行動力。

 甲手と面を外して礼を言ったであろう晴希はあたしに気付き笑って手を振ってくる。ギャラリーの悲鳴とあたしに対する視線が集中。それでも晴希を無視するわけにもいかず、曖昧に振り返せば紗耶香ちゃんがお怒りのオーラを醸し出す。あー帰りたい。

 そもそもだ。そもそもの話、勝手に帰ってもいいくらいあいつの性格が悪かったら現在まで交流は続けてないしそれができないのはあいつに『悪意』というものがないからであってだ。うん。あいつに対する罪悪感で心臓を痛めてしまいたくはないあたし自身への保身。下心はない。決して。

 まぁ、いい年して侍に憧れ剣道を始め、未だにそれが続いて侍になるために竹刀を常に持ち歩き武士っぽいしゃべり方をしているあの男がなぜあんなに人気があるのかというのも少しは分かっているのだ。

 物腰は柔らかく誰にでも分け隔てないその態度や、『弱きを守る』と宣言している通りの腕もあるうえで顔も良い。「ちゃんと守ってくれそう」「顔が好き」「怒ったりしなさそう」なんて言われているのも頷ける。事実そう。昔から守ってくれていた。小学生の頃男子にいじめられて泣かされたら飛んできてボロボロになりながら追っ払ってくれた。そういう男なのだ。彩瀬晴希という男は。


 夏っぽい鈴虫の声を聴きながら歩く帰路。コンビニで買ったソーダアイスをパッキンして半分こ。自分も部活道具あるのに体操着袋まで持ってくれるのもいつものこと。

 上は藍色。夏の空を思い起こさせる。でもあじさいは綺麗に咲いてるし曖昧。

「そーいえばさ、部屋の片付けしてたら昔あんたからもらったのが出てきたんだよね」

「ん? なんかあげたっけ?」

「あの、あんたがお父さんからもらったって言ってたヒーローフィギュア」

 明らかに世代じゃないそのフィギュアは幼稚園の頃、晴希がいつも大切に持っていたものだ。握りしめていたせいか右腕がもげてしまったが、男子に思いきり突き飛ばされ砂をかけられて泣いていたときにお守りとしてもらったのだ。

 あのときからずいぶん変わったようで、その実まったく変わっていない。

「前はヒーローに憧れてなかったっけ? いつから武士にジョブチェンしたの?」

 戸惑ったメガネは「じょぶ……?」と首を傾げたが見当が付いたらしく「ああ」と笑う。

「乗り換えたとかではなくてな、ヒーローは最終的な俺の目標なんだ。ただそれ以上に武士が……カッコよかったんだ……!」

「どーういうこっちゃ」

「俺は侍になる! が誰かを助けるヒーローにもなりたい! ハーフだな!」

「サラブレッドではなく?」

「……? なにが違う?」

「いろいろちがう」

 歩いて十五分。家の団地が顔を出した。

「ここでだいじょぶ。送ってくれてありがとね」

「武士として当然のこと!」

「ふふ、アイスと荷物もありがとね。応援、弟連れて行くから」

「待っておるぞ!」

 手を振って階段を登る。踊り場に出た頃には晴希の姿はない。

 そーーりゃなーー。ちゃんと家まで送ってくれるし自分の荷物もあるのにあたしの荷物も持ってくれるしそりゃいい男だわ。顔もそれなりだしさ。ただオツムがあまりにも残念すぎる。こないだ切羽詰まった様子で『割り算ってどうやってやるんだ!?』って家電にかけてきた時は殺そうかと思った。

 なーんてことをクラスメイトの前で口走ればあっという間に広まって、これ以上の面倒が降りかかること間違いなし。最悪ですね。


 翌日ホームルーム終了後すぐにC組にノートを手に向かった。開いたドアから中を覗けば明菜を探すよりも先に目立つ金色が大きく笑っていた。

 あの人知ってる。昨日いなかったけど見たことある。

 弧を描くグレーのネコ目が開く前に背の低いふわふわ頭が視界に入りこむ。

「おはよー葵! ノートありがとー! これから使うから助かるよー!」

「おはよ明菜。ありがとね助かった」

「どいたまー!」

 明菜と話しててもやたらと耳に入る金髪に気付いたのか、彼女はいつでも明るく元気に廊下に出てくる。

「目立つよねーコーリャくん。人懐っこくてかっこいいし~」

「あ、あたし中学んとき見たことあるわ」

「まじ!? どんなだった!? てかどこで!?」

 食いつきがすごい。

「晴希、中学んときから剣道やってたから、その本大会だと思う」

「うーわ! うらやましい!! そーだよ葵、彩瀬くんともあれだも~~~なんっであんたみたいなトーヘンボクにばっか…分けろ! そして紹介しろ!」

「やーめて絡まないでよ。そんなの知らないしあれのどこがいいの」

「ばっか顔良し運動良し正義感良し頭は…ちょっとあれだけどクッソほど優しいしそんだけそろってる高スペック野郎誰だって欲しいだろうが!」

「本音出てるよ」

「うっさい! いいから紹介しろ!」

「あー……あたしそろそろ戻んないと、じゃ」

「まって葵、」

 半そでのワイシャツをくんと掴まれ、あたしのポニテが揺れた。内緒話がしたいようだと悟ってわずかにかがむ。腰にクるなこの姿勢。

「葵って彩瀬くんと付き合ってないよね?」

 出ました。言われてると思ったわあの態度。

「まったくもってあたしは無実」

「だよね。昨日からグループラインどこもその話でモチキリ」

「まじかー」

「マジマジ。なにがあったの」

「あーの、B組の紗耶香ちゃんいるじゃん。十田紗耶香ちゃん」

「うん」

「昨日ちょっとしゃべったんだけど付き合ってる前提で話してきて、たぶんそれだと思う」

「あー気に食わんのかー。なるほどおっけ。ノートありがとー!」

 すぐに察したのかノートを見せてなんでもないように教室に戻って行く。彼女の良いところはああいうところだ。噂に流されずに人を見る。だからこうして彼女とは会話ができる。学校生活を息が詰まらずに過ごせているのは彼女のおかげだとすら思えるくらいだ。

 はてさてそんなこんなで放課後、一日中嫌な視線に付きまとわれさっさと帰ろうとしたら律儀に呼びに来た晴希に連れられ体育館へ。

 毎日のように一緒に帰っているわけではない。が、最近はやたらと誘ってくる。バイトでも始めようかな。うちの高校バイト禁止だけど。

 ……たぶん、彼なりに気を遣っているのだろう。他人への危機察知能力が高く、それゆえに何かあると踏んでそばにいる、いわば警護だ。本人的には。

 何も知らない周りから見ればただのカップルだ。そして噂は増長する。はぁ。

 この年頃の人間は男女が歩いていれば全部カップルだと思いこみ確認もせずに吹聴していく。恐ろしすぎる。なんかもうわけわからん。

 更衣室に入っていった晴希に女子トイレにこもってやろうかと体育館の扉に背を向けた。

「葉上葵ちゃんだよね?」

 振り返れば剣道着姿ではない、朝にも見たネコ目。

 この展開もう三万回は見た。フラグは立つ前に埋めるが勝ち。穏やかに生きたいのならね。

「彩瀬と付き合ってるらしいね」

「付き合ってませんけど。あとあんた誰」

 透き通るブロンドに印象的なネコ目は薄い灰色。晴希より身長あるんじゃないか。整っている顔立ちは日本のものじゃない。日本要素どこだよ。日本語か? なんだそれ。

「ニコライ・シャムラエフ。コーリャって呼んでね」

 ハートでも付きそうな言い方にウィンク。さては日本人じゃないなぁわかったぞぉおまえイタリア人だな?(偏見)

「普通に嫌ですけど」

「ドライだなぁ。アイツ応援するくらいならオレのこと応援してよ」

「は?」

 なんだこいつと見上げれば、更衣室から防具を持って出てきた晴希が首をかしげる。しまった逃げるタイミングを逃した! どっちにしろ逃げたいんだね~。

「葵? どうした?」

「どうもしないよ」

「? そうか」

「うん」

「ニコライも早く着替えてこい」

「今日こそ負かす」

「ふふふ、我が剣術には手も足も出まい!」

 いやうるさ。茶番がすごい。あと声の圧考えて運動部。帰宅部にはキツイ。なんかもういろいろと。


 剣道ってさぁ、思ってる競技の印象の十倍は声張るし竹刀の音すごいし結構うるさいよな。

 大きくあくびをひとつ。ポニテが背中にトンと当たった。ついでに手で隠せと隣の明菜に肘で小突かれた。痛くはない。

 体育館って結構蒸すし汗のすえた匂いは鼻の奥にいつまでも居座るから困る。鬱陶しさ第一号の髪の毛切っちゃおうかなー。晴希昔から切るな切るなってうるさいんだよなー。

「いって!」

「ふ、俺に勝つのは百年早い!」

「おっまえ……調子乗んなよな~? ボコボコにしてやる」

 あ、晴希が勝った。

「あおいー! 勝ったぞ!」

「はいはいオメデト」

 全部つけっぱでハグしようと腕を広げて寄ってくる晴希をいなしながらふと奥を見れば、力強いネコ目があたしを見ていた、のか晴希を見ていたのか。

「あの、彼、仲いんだね」

「ニコライか。よくないぞ」

「あっそ。中学んときあの人と当たってなかった?」

「よく覚えてるな」

「目立つ頭してっからね。あれ地毛でしょ?」

 そもそもなんか、ロシア? とかのハーフであんだけ顔立ちの整った地毛ブロンドの高身長っていうのがもう漫画っぽい。ハーフは定番。そんで主人公を奪い合う立場なんだけど大体勝算ないよな。最初オトすのが目的だったのに自分がオトされちゃうタイプばっかじゃん。がんばれよネコ目。知らんけど。

「そう言っていた。あ、そうだ」

「ん?」

「ニコライと、明後日の本大会まで行けたらおまえとデートするって約束した」

「…………? は?」

 いやちょっと待て。

「いやちょっと待て」

「ん?」

 メガネは首をかしげる。いやかしげてんなよなんだよそれ。

「なに人を景品にしてんの」

 ツッコミどころはそこじゃなくて。

「そういうことだからよろしくねー葵ちゃん」

「いやいやいやいや」

 いつのまにやら隣に座っているニコライがぱちりとウィンクして、晴希が反抗しようと慌てて防具を外し始めて。

 視線が痛い。女子の視線が痛い。死ぬしかない。おまえらにはわからんのかこの束になった針の恐ろしさを。穴開くぞ穴。あ、この顔はネコ目野郎わかっててやってんなー? 憎いわなんだおまえ。

 助けを求めて明菜を見れば、すごい顔であたしを凝視してた。これはこれで穴が開く。

「なんでこんなトーヘンボクに!!」

 少女漫画でのド定番。ベタを詰めて重ねれば当事者地獄。

 あたしは穏やかに何事もなく生きていきたいのに。

 なんだって邪魔をするんだ……。

 どっちともデートは嫌だ。角が立たない方法がどう模索してもない。というかあたしに拒否権ないのか!?

 ……なんだこれ。なんだこれ!

 少女漫画じゃあるまいし!

 ベッタベタにもほどがあるだろ!




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