屋外のポルターガイスト

【怪異七】冷鬼 -来夏の独白-

 冷鬼。

 村唯一のホテル……日本で言う民泊を営む古老が話し始めたその怪異を、雑に日本語にすると、そんな感じ。

 古老と言っても、がっしりとした体格の肩幅の広い男性で、白い頭髪のところどころでブラウンの毛が「俺はもう一働きできる」と主張してる。


「ポルターガイストは知っとるかね?」


「はい」


「あれが、家の外で起こる現象じゃよ。真冬の、何日も外へ出られないような厳冬期に起こる」


 古老の言葉を受けて、つい窓の外を見る。

 針葉樹林の緑が続く森の奥にある山々は、真夏でありながらいずれも白い。

 ここは薄い万年雪が広がる、高山地帯のとある村──。


「まず、ドアや窓、そして壁がドンドンと音を立てる。そのうち石や棒、ときにはショベル、ピッケルなどがぶつかってくる」


「風で飛ばされてきた……では、なくてですか?」


 古老が無言で首を左右に振る。

 その時点で怪異の正体……というか、小噺のオチが予想できた。


「人じゃよ。旅人、登山者、なんらかの事情で一時的に家を出た者……。まあ最後のケースがほとんどなのじゃが、それが正体。助けを求めて、他人の家の外側でいろんな音を立てる。しかしこの貧しい村で、一時いっときとはいえ食う者を増やせば、その一家が冬を越せなくなる。家の者は耳を塞ぎ、心を閉じて、音が消えるのを待つ」


 ……やっぱりね。


「外の者はやがて家人を憎みだし、恨み言、呪い言を叫びだす。今わの際の叫びは、人の声とは思えぬほどのおぞましさ。まるで悪魔のよう。しかしまた、人を見殺しにしている家人の心中にも、悪魔が棲み憑いている……とも言える」


 日本の歴史でも、しばしばある話よ。

 心を鬼にする……って言ってね。

 なんて、思うだけで口にはすまい。

 会話に餓えてる老人の話の腰を折るのは、旅行者のマナーに反する。


「村にはそうしたとき、見殺すのが正しい……という、暗黙の了解がある。この村へ通じる一本道のわきに、深い谷があったじゃろう? 吹雪が収まったあとの夜、家人たちはそっと、家のそばの亡骸を谷へと投げ捨てる。それもこの村では許される。すべては雪の悪魔のしわざ……ということにしての」


 古老の話は、そこで終わり。

 一番恐ろしい妖怪は人間……という、安っぽい結末にて。

 前傾姿勢でテーブルに肘をついていた古老が、背もたれへ体を預け、目をつむる。

 そろそろ、この老人の話し相手をやめてもいい頃合い。


「……それじゃ、わたしは外の景色を見てきます」


「うむ」


 借りたばかりの部屋へ戻り、荷物をまとめる。

 宿泊費は先払いだけれど、時間稼ぎにテーブルの上へ心づけ。

 なるべく物音を立てず、この村へと通じる一本道を逆戻り。

 わきで大口を開けている谷の底は暗く、見通せない。


「麓へは……日没ギリギリかしら」


 古老の語りは警告。

 ここはそういう土地だ……と。

 身なりのいい旅人あらば、夜中にでも身ぐるみを剥いで、谷へと捨てるぞ……と。

 冷鬼の正体は、いわばこの貧しい村全体、そのもの。

 あるいは、そこに住まう人の良心の呵責──。

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遊神来夏の怪異録 椒央スミカ @ShooSumika

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