第20話 ドラゴン




 王宮の一階には劇場などにも使える広いホールがある。その舞台上では今、数人の男女が演劇の稽古をしている。 


「アントワ、そこをもっと大きく、舞うように大きく動けっ」 


 演出家が客席から激を飛ばすと、舞台上の女優が頷いて、手の動きを大げさにする。 


「はい、左袖からドラゴンの登場。オーケストラ、スタンバイ」 


 指揮者がタクトを振り下ろすと、舞台の下のオーケストラがおどろおどろしい音色が奏で始める。 


 すると、舞台の左袖から人が現れる。 


「ドラゴン、もっとゆっくり歩け」 


 演出家が叫ぶ。 


 そのとき、劇場の二階部分の出入口が開き、王妃のミターナが従者を引きつれ入ってきた。 


 劇場に光が入り、怪訝な表情で振り返った戯曲家パミンが、王妃一行に気付いて慌てて立ち上がる。 


「これは王妃様。ご機嫌麗しく存じます」 


 最上の笑みを浮かべパミンが近づき、頭を下げた。パミンは茶髪の後ろを三つ編みにしたカツラを被り、口ひげを生やした五十男である。どこか、人の顔色をうかがうような目をしている。 


「どうですか?進んでいますか?」 


 ミターナは舞台を見降ろしながら聞いた。 


「はい、今夜の晩餐までには十分、間に合いますのでご安心ください」 


「左様か」 


 ミターナが来たことにより、舞台上の役者たちは練習を止め、慌ただしく整列をした。 


「皆も無理を言って、済まぬな。殿下も楽しみにしておるゆえ……」 


 舞台に向かって話していたミターナが、ふと何かに気付き表情を曇らせた。 


「あれは何じゃ?」 


 横一列に整列した役者たちの中で、一番左に立つ赤いタイツ姿と頭に二本の角を付けた奇妙な格好の男を指さす。 


「あれは、ドラゴンです」 


 パミンが答えた。 


「あれがドラゴン、ですか?」 


 ミターナの声には明らかに非難の色がある。 


「はい……そうですが」 


 パミンは王妃の変化に緊張して答えた。 


「わらわはすべてを忠実にと申したはずです。あれの、どこがドラゴンですか?」 


 ミターナは厳しく言い放つ。 


「も、申し訳ございません。しかし、私はドラゴンを見たことがございませんので……」 


「言い訳ですか?」 


 ミターナは冷たい目をして、パミンを見つめた。 


 パミンはその時、ミターナが王妃になったばかりの頃、先代から使える古参の侍女を、気に入らないという理由から処刑したことを思い出した。 


「い、いえ。けっ、決してそういう訳ではございません。……早速、文献を調べ、ドラゴンの衣装を用意させます」 


「頼みました。今宵の晩餐を最高のものにする為、全力を尽くしなさい」 


「畏まりました」 


 そのとき、ホールのドアが開き、光が外から入り込んだ。一人の男が入ってきて、ミターナに近づき、耳打ちをした。 


「本当か?確かに見たのか?」 


「間違いございません」 


 男はしっかりと頷いた。 


「……それが本当なら、許されぬことよ」 


 ミターナは鼻に皺をよせ、頬をヒクヒクと痙攣させた。 


 

  *        *        *



「ヤーニャは?」 


 セッツが聞いた。 


「図書室へ行くって言ってたんだろう?」 


「昼はいいのかね?」 


「姉さんは、本を読んでいる時は腹が減らないからいいんじゃない」 


「ダメよ、呼んできなさい。こんな豪華な昼食を逃したらもったいないよ」 


 テーブルの上に並べられた料理は、朝食同様に食べきれないほどの量と内容になっていた。 


「これを折りかなんかに入れて持って帰れないかね?近所に分けてやりたいよ」 


 セッツが言った。 


「国王は俺たちを肥らせて食べる気じゃないのかね?」 


 ビンデが目を丸くして言うとセッツはケタケタと笑った。 


「よろしいでしょうか?」 


 アルフレドが聞いた。 


「何だい?」 


「晩餐の前に、三人にインタビューをしたいと新聞社の記者がやってきているのですが、よろしいでしょうか?」 


「新聞記者がインタビュー?いったい何を聞くつもりだい?」 


 ビンデは声を上げ、驚いた。 


「お三人の人となりとか、生い立ちとか、王宮に招かれるまでの感想などを聞きたいそうですが……いかがいたしましょうか?」 


「フッ、そんなこと聞いて新聞に載せるのかい?誰が読むてんだ、そんな記事?誰も知りたくないだろう、俺たちのことなんて」 


「国内紙ですから、全国に配布されます。当然、ナターシャにも。一生の記念になりますよ」 


「あたしゃ、嫌だよ」 


 セッツはつれなく言った。 


「それならビンデさん一人が答えればよろしいかと。そう時間は取らないそうです」 


「どうせまた、断っても無駄なんだろう?……分かったよ」 


 ビンデは面倒くさそうに言った。 


「承知いたしました。そう伝えておきます」 



  *        *        *

 


 ヤーニャがガリアロス記の『7』を読んでいると、またしてもドタドタと足音を立てて、誰かが入ってきた。しかも今度は大勢の足音である。 


「ドラゴンだ、ドラゴンを探せ。ドラゴンの姿が書き記されている書物が、きっとあるはずだ。さがせぇ」 


 ヤーニャは手にした本のページを戻し、挿絵に描かれているドラゴンの絵を見た。 


 戯曲家のパミンとその弟子たちが手分けをして棚を巡り、必死にドラゴンの参考資料を捜し回っている。 


 ヤーニャは徐に立ち上がり、「フーッ」と鼻を鳴らした。 


「一刻を争う。死ぬ気で探すんだ。もし気に入らなければ、あの王妃、何を言いだすか分からん」 


 パミンが取り憑かれたように本を棚から出し、開いては床へ落していく。 


「あのーっ」 


 その背後からヤーニャが声を掛けた。 


「ああんっ?」 


 怪訝な顔で振り返るパミン。 


「これ」 


 ヤーニャはドラゴンの挿絵の入ったページを開らき、パミンの鼻面に突きつけた。 


「なんだ?」 


 思わず、身を反らせるパミン。 


「ドラゴン」 


 唖然とするパミンに本を渡し、ヤーニャは去っていく。 

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