第2話 王宮の朝






 大きな欠伸をして、ガリアロス十八世が会議堂に入ってきた。


 すでに着席していた、各首脳たちが一斉に立ち上がろうとするのを手で制して、ガリアロス十八世はゆっくりと着席した。


「おはうございます」


 一同が挨拶をする。


「おはよう、聞こう」


「はい。まずはユアル・サリナスに関してですが……」


 と一同を見回しながら話し始めたのは、軍事防衛大臣のセンスである。


「エントラントの港に戦艦が三隻、停泊しているとの情報が入りました。恐らく、エントラントに援助を申し出ているのだと思いますが、油断はなりません」


 防衛大臣は、元軍人らしく折り目正しく、はっきりとした口調で話す。神経質そうな顔をしていた。


「まったくあの国は戦争好きだな。ドント大陸は未だに争いが絶えん。困ったものだ」


 ロス王は目を閉じ、手を腹の上で組み、鼻で笑った。


「いかがいたしましょう?エントラントに直接問いただすべきか?」


 エントラントは同じムーア大陸の西の端にある小さな国である。


 その昔、魔法三大王国時代に魔法が使えない人々が争いを避け、不戦を誓い、出来た国がエントラントであり、独立国ではあるがサウズ・スバートの属国のような扱いを受けてきた。


「いや、偵察だけしっかりしておけばよい。今は放っておけ。エントラントは、金回りはいいが所詮、小国。ユアル・サリナスは海軍が弱く、グンダル海峡を渡っては来れまい。両者が手を組んで、サウズ・スバートに攻め込んできても大した事は出来ないことは分かっている。それより、今は国内情勢を正す方が先だ」


 ロス王は内務大臣を見た。


 内務大臣はヨ―サといい、頭の禿げた初老のいかにも人の好さそうな顔をしていた。


「報告します。この数日の間に反逆罪で逮捕されたのはグララルン・ラード市民は六十七人に及び、それらの国民の素性を調べた結果、国逆の意志は見受けられないとのことです。また、彼らが連携を取り、謀反を企んでいるという形跡は今のところ、見受けられませんでした」


「民の多くは目先の事しか頭に無い故、余への反感はあって当然であろう。しかし、それを野放しにしていては国家の秩序は乱れ、必ずや災いとなり現れる。締めるところは締めなくてはならん。引き続き、憲兵は警戒を強化するように」


「ハッ」


「しかし……」


 口を挟んだのは、財務大臣のドナルドである。恰幅がよくて、堂々としている。


「現在の国民の生活を見てみると、彼らの不満の声は切実ではないでしょうか?」


 彼の言葉に首脳たちは固唾を飲んだ。


「ほう?」


 ロス王の目つきが変わった。


「……年始のお言葉にもありましたが、昨年の農作物の不作による食料自給率の低下は否めず、更にここにきて増税と来ては、国民の中から不平が出るのはややむを得ないかと思われます。それだけ、生活が立ち行かなくなってきているのではないでしょうか?」


「では、そちはどのようにすればよいと思っているのじゃ?」


「はい。まず国内の農業者全員に支援金を送り、農業に力を入れるべきだと思います」


「それはもうやっている」


 内務大臣が口を挟む。


「足りません。しかも支援をしているのは、地主や一部の豪商にだけでしょう。それでは下々の者たちにまで支援が届きません」


「……他には?」


「ソルトロードの補修と大規模な拡張工事を数年かけて行った方がよいかと。ソルトロードは多くの所で道幅が狭くなっており、通行に時間が掛かりすぎます。現時点で、エントラントまでの片道が馬車で五日かかり、更に昨年の災害の影響で、その日数は増え、他にもいたる所に弊害が出ています。道がよくなることで、二日でエントラントへ行けるようになれば、貿易に膨大な利益が出るはずです」


「もう良い」


 ロス王は興味が無さそうに首を振った。


「はっ?」


 ドナルドが聞き返す。


「よいと申す。お主の言いたいことはよう分かった」


「それでは、検討していただけますか?」


「検討はする」


 ロス王は掌を翻して、ドナルドの言葉を遮った。


「御意……」


 ドナルドは畏まり、黙るしかなかった。



  *        *        *



 ガリアロス宮殿が建つのは首都グララルン・ラードの北の端であり、宮殿の背後には大きな湖、クッサル湖があり、湖を挟んで、リザード連峰が連なる。


 その昔、預言者がこの地に王宮を建てることで未来永劫、ガリアロス家は繁栄を続けるという言い伝えが残されている。


 宮殿最上階の王の間にあるテラスは、グララルン・ラードで一番高い場所で、街並や湖とその先の山脈まで一望できた。この日は風もなく、穏やかな日差しが降り注ぎ、王妃、ガリロス・ミターナはテラスに出て、教育係のラントアールから歴史の話を聞かされていた。


「……三国を統一したガリアロス・ネスは、まずル・バード国へ赴き、自ら国民に語り掛けて、国がサウズ・スバートに変わった事を告げました。元々、戦争好きな民族だったので、火種はしばらくくすぶっていましたが、新制サウズス・バードはそれらを平定し、見事、ネス王は三国をまとめ上げて行きます」


 ミターナは若く美しい王妃であるが、育ちからか、我がままで、気まぐれな王妃として有名であった。そして、何より浪費家であり、自分を飾る事しか、興味がなかった。


「しかし、長い間、諍いのあった別々の歴史を持つ三国を一つにまとめる事は、様々なところに配慮が必要となり、大変なことです。例えば、新たな国の為には新たな法も整備しなくはならず……」


「つまらん」


 籐の椅子に寝そべり、グラスで青い液体を飲み、指にはめた七色に光る宝石を見つめながら、ミターナは話を遮った。


「もっと、面白い話はないのか?」


「面白い話とは、どのような?」


 ラントアールは目をしばたかせて聞いた。老齢で白髪のこの男は、その生涯を王家の教育係りとして捧げてきた自負が顔に表れている。


「そうじゃな……内乱の話とか、民が大勢死んだ事件とか事故の話はないのか?」


「ございませんな……これは歴史の授業です。王妃の退屈を解消するモノではございません」


 ラントアールの言葉にミターナは口を尖らせた。


「続けます」


 しかし、ミターナは駄々っ子のように顔を背けた。


 ラントアールは首を左右に振りながら、ため息を付く。ふと見上げると王妃の後ろに立った侍女と目が合い、侍女も困った顔をしていた。


「……分かりました。少し、歴史の授業と脱線してしますが、人が大勢死んだ事件をお話ししましょう」


「おおっ」


 王妃は目を輝かせ、身を乗り出した。


 このときのラントアールの話が、後のこの国の運命をも変えてしまうとは、誰も想像だにしなかっただろう。


「……ガリアロス・ネス王が三国戦争に勝利したのは、腹心である十人の騎士団がいたお陰である事は以前お話ししました。その中の一人であるノースランド・ガンツが後に起こした事件についてお話いたしましょう」


「おう、ノースランド・ガンツ。確か、騎士団長ではなかったか?」


「はい、よくお覚えで。そのガンツです。この男、王家の血を引く由緒正しい家柄ながらも、品性は卑しく、騎士団に選ばれる前はとても手に負えない荒くれ者として、有名な若者でした。女を買ったり、盗みをしたり、喧嘩で人を殺めたりで、みんなから嫌われる鼻つまみ者だったと言い伝えられています」


「そんな者が、なぜ騎士団長に選ばれた?」


「徴兵により、軍隊に入れられた訳ですが、彼を弟のようにかわいがっていたガリアロス・ネスにより、引き立てられたのと、彼は元々魔法能力が高く、数々の武功をたてたことで戦場の英雄となり、何時しか、騎士団長にまで上り詰めたのです」


「ほうっ」


 ミターナは息を鋭く吐いた。


「だが、戦争が終わり、国が平定され、平和な世の中で誰もが幸せな日々を暮らすようになった頃、その事件が起きたのです」


「ガンツは何をしたのじゃ?」


「ノースランド・ガンツは突如、乱心して、首都を襲ったのです」


「なんじゃと?」


「彼は一騎当千、戦場では優れた戦士でした。そんな者が何の前触れもなく、馬上から多くの市民を殺戮して回り、しばらくの間、誰もそれを止める事が出来なかったのです」


「そんな話、聞いた事がないぞ」


 ミターナは話に食いついて、前のめりになる。


「当然です。この話は王家により封印され、王家以外の者には誰にも知られていない話なのですから」


 侍女が緊張した面持ちになる。


「それで、その後どうなった?ガンツを誰が止めたのじゃ?」


「ガリアロス・ネスは苦慮しました。なにせ弟のように可愛がっていた男の乱心なのですから。しかし、そこはガリアロス・ネス。心を鬼にして、ノースランド・ガンツを捕らえようとかつての騎士団を招集して、討伐に向かいます。その中にはあなた様のご先祖も含まれております」


「うむ」


 ミターナは満足そうに頷いた。


「流石のガンツも追い詰められ、捕らえられようとしていました。ところが事もあろうにガンツは、魔法を使い、騎士団の前にドラゴンを召還したのです」


「ドラゴン?」


 ミターナは目を輝かせた。


「はい。ドラゴンはその圧倒的力から、騎士団を退かせ、口から火を放ち、グララルン・ラードの街を焼き尽くし、なんと討伐隊に参加していたガリアロス・ネスのご子息、ガリアロス・ダズを亡き者にしてしまいました」


「なんと?」


「……その後、ネス王が怒り、自ら軍を率いて出陣し、ドラゴンを討ち倒した後、ノースランド・ガンツを捕らえたと言い伝えられております」


「……それでお終いか?」


 ミターナは物足りなさそうに聞いた。


「はい。ガンツが捉えられるまで、百日を要したと言われています」


 ラントアールは眠そうな目をして頷いた。


「ノースランドはなぜ、乱心したのじゃ?」


「一説には戦争の後遺症だとか、奇病にかかったと言われていますが、私の考えでは、ネス王に密かな嫉妬心を抱いていたのではないかと考えております」


「どういうことじゃ?」


「戦後、ガリアロス始皇帝は彼に役職を与えました。しかし、彼は元々、戦争以外、能のない人間で、まともに役職を務めあげられず、また以前のように自堕落な生活により失職してしまいます。すると、ガンツは自分の無能を棚に上げ、ネス王を恨らみ、不満を口にしたと言います」


「なんと?愚かな……」


「そして、王家の血を引いている自分の地位への不満が、それを与えたネス王への不満となったのではないかと私は考えております」


「おのれ……ノースランド・ガンツめぇ。ふざけたことを」


 王妃は藤椅子のふちを掴み、怒りの眼差しラントアールを睨んだ。


「死者百八十二名、重軽傷者約三千五百名、行方不明者二名。倒壊した建物、三百五十棟。被害総額当時の金で五百万ルギー。現在に直すと約三千億でございますか。とにかく天災クラスの人災でありました」


「むむう……そんなことがあったのか。で、ノースランドは始祖ネスによって処刑されたのか?」


「そこが慈悲深いネス王でございました。ノースランドのみならず、その一族の命も処罰すること無く、グララルン・ラードを追放され、何処かの山の中に投獄されたと伝えられます」


「なに?処刑ではなく、投獄とな?」


 ミターナは驚く。


「はい。そういう言い伝えであります」


「なんだ?それはおかしいぞ。それだけの被害を与えたのだ。本人はおろか、家族も全員処刑であろう。わらわなら、公開処刑で八つ裂きじゃ。生ぬるくはないか?」


 ミターナは更に憤る。


「御尤もです。しかし、兄弟のように育ってきた者を処刑することは、ネス王には出来なかったのでございましょう。そのこともあり、この話は三百年間、王家以外には門外不出になったのでございましょう……」


「うーむ」


 ミターナは納得いかないと言ったようにうなり声を上げ、暫く虚空を見つめていた。


「ノースランド・ガンツの子孫は今どうしておる?」


 ミターナはふと思いついたように聞いた。


「は……?さあ?今もどこかで生きているかもしれません……」


「納得いかぬ話じゃな」


 ミターナはそう言って、椅子の背にもたれ、指を噛んだ。


「仕方ございません。三百年近く前の話でございます。我々には手出しの出来ない事でございます」


「だから、納得がいかんのじゃ。後味の悪い話じゃ。なぜ、ネス王は慈悲を与えたりしたのじゃ?納得がいかん」


「申し訳ありません」


「……」


「ああっ、そうそう。この事件で我々にも一つ影響がありました」


 ラントアールが思い出したように言った。


「なんじゃ?」


「ネス王はこの事件を重く見て、以来、全国民に対し、魔法を使うのを禁止することにいたしました。無論、ご自分にもそれを科しました。よって、現在の我々には魔法が使えなくなったのはそのためです」


 ちょっとした歴史の豆知識的話でしたつもりが、ミターナの表情がみるみると青ざめてゆく。それを見て、侍女たちの顔面も蒼白となる。


「王妃、いかがなさいました?」


 ラントアールもそれに気づき、思わず聞いた。


「……では、わらわが魔法を使えないのは、そのノースランド・ガンツのせいと申すのかえ?」


「えっ?ええ、左様です。しかし、これは歴史家の中でも意見が別れるところでして、ネス王は魔法の力を恐れていたので、この事件がなくてもいずれは魔法を禁止するつもりだったという……」


「うるさいっ」


 ミターナは一喝した。


「わらわが子供の時、どんなに魔法を使いたかったかお主に分かるか?」


「は?」


「空を……空を飛びたかったのじゃ。大空をな」


 ミターナの剣幕に侍女たちは身を反らせ、一歩後退する。


「それに、かつて、我がユースタリング家は王家の魔法指南役として、その名をはせた名門だった。だが、魔法が廃止となった事により、その力を失い、ただの貴族になり下がり、以来三百年間、苦汁を舐めさせられてきたと聞く」


「よく存じています。しかし、それでもユースタリング家は、今でも名門貴族ではございませんか。あなたのお父さまは内務大臣を長い間、勤められておりましたし、兄上は次期宰相候補ではございませんか」


「そんなことは、どうでもよい。今はわらわの気が済まんというのじゃ。おのれ、ノースランド・ガンツ。もし、仮に今もどこかに生きて居ようものなら、きっとキツイ罰を与えてくれるのに……」


「いや、しかし、それは無理。三百年も前の話でございます。ガンツの子孫も生存しているかどうかも分かりません……」


 ラントアールの言葉にミターナはハッと気づき、手を叩いた。


「誰か、おらねか、誰かぁ」


 すると兵士がテラスに登ってきた。


「全国にいるノースランド・ガンツの子孫をすべて探し出すのじゃ。そして、わらわの元に連れてまいれ」


「かしこまりました」


 兵士がおりてゆく。


「探し出して、どうするおつもりで?」


 ラントアールが恐れおののき、聞いた。


「決まっているだろう。先祖の罪を償わせるのじゃ。ノースランド家の者ども、覚悟いたせよ」


 突如、テラスにリザード連峰から、冷たい風が吹きすさんだ。

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