第三十四話 すべての元凶の元へ
私はメリダとアンバーを連れて神殿の奥へと辿り着いた。
神殿の奥は装飾品がない簡素な部屋だった。
さらに奥には台座があり、その上に魔力水晶石が置かれているのみだ。
「お師匠さま……寒い」
私が紫色に発光している魔力水晶石を見据えていると、隣にいたメリダが自分自身を抱き締めるようにしてつぶやく。
私の全身から放出されている魔力によって守られているとはいえ、メリダはまだ魔力を放出することもできない身である。
なので魔力水晶石から流れ出ている大量の〈魔素〉を、真冬の寒風のように感じたのだろう。
一方、アンバーのほうは特に変わった様子は見られない。
さすがは伝説の魔獣の血を引く狼だ。
私やリヒトと同様に全身に魔力をまとわせ、魔力水晶石からの影響を緩和させている。
だとしたら、ここはアンバーにメリダを任せてみよう。
「アンバー、メリダをお願い。私はあの魔力水晶石を何とかするから」
私が何を言いたいのか理解したのだろう。
アンバーは一声だけ吠えると、メリダに近づいた。
そしてメリダの身体に自身の身体を密着させる。
「お、お師匠さま……」
メリダは私とアンバーを交互に見ながら頭上に疑問符を浮かべた。
なぜ、アンバーが身体を密着させてきたのか理解できなかったのだろう。
そんなメリダに私は言った。
「メリダ、そのままアンバーと身体を密着しているのよ。そうすればアンバーから放出されている魔力が、あなたを魔力水晶石の〈魔素〉から守ってくれるから」
とはいえ、このまま永遠に守れるわけではないだろう。
それは私も同じである。
眼前にある魔力水晶石から流れ出ていた〈魔素〉からは、これまでに見たことのないほどの凄まじい悪しき力を感じるからだ。
正直なところ、私でも10分もこの部屋にいれば心身を侵されてしまう。
だからこそ、これからすることは時間との勝負だった。
10分以内に魔力水晶石を正常な状態に戻す。
私はそう覚悟を決めると、魔力水晶石に歩み寄って両手を突き出した。
魔力水晶石に両手の掌を当て、内部を触診するつもりで魔力を放つ。
今こそ私の特殊技術――〈
「くっ……」
こうして直接触れてみると、誤作動を起こしている魔力水晶石の凄まじい〈魔素〉を感じる。
常人ならば5秒も経たずに廃人になるかもしれない。
けれども、私は精神を強く保ちながら魔力を放出し続ける。
途中、私は両目を意図的に閉じた。
魔力水晶石の内部構造をより鮮明に感じ取るためだ。
これは……。
直後、頭の中に〝ある情報〟が流れ込んでくる。
その情報の中には、愚妹であるミーシャの姿もあった。
あなた、こんな思いで〈防国姫〉の仕事をしていたの?
今の私は魔力水晶石を通じて、王宮の主核の魔力水晶石の情報も伝わっている。
その情報によると、ミーシャは〈防国姫〉の仕事を片手間以下でこなしていた。
そもそも根本的に〈防国姫〉の才能も乏しかったので、主核の魔力水晶石に充填させる魔力の量が圧倒的に足りていない。
加えてミーシャは、アントンさまとは別の男に惹かれていた。
いや、惹かれていたなんてものではない。
最初からミーシャはアントンさまを利用することしか考えていなかった。
ミーシャはアルベルト・ウォーケンという魔術技師と恋仲だったのだ。
私はもっと深く情報を覗き込む。
そこでハッと気づいた。
待って……まさか、さっきの金髪の青年がアルベルト?
情報の中のミーシャと一緒にいるアルベルトは、先ほど神官長と異形のモノになっていた金髪の青年に間違いなかった。
どうしてこんな辺境にいるのかはわからなかったが、もしかすると魔力水晶石のメンテナンス要員として王都から派遣されていたのかもしれない。
どちらにせよ今回の魔力水晶石の誤作動の原因は、ミーシャの不純な思いと圧倒的に足りていない魔力のせいで、主核の魔力水晶石が誤作動を起こしたからだということはわかった。
頭が狂えばすべてが狂う。
王宮にある主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こせば、王都中の魔力水晶石や辺境地域の魔力水晶石が連鎖的に誤作動を起こすのは自明の理だ。
私は嘆息した。
やはり、私自身が王都に向かわなければカスケード王国が滅びてしまう。
両手から伝わってくる情報の中には、主核の魔力水晶石を中心にカスケード王国全土の魔力水晶石が異常な状態に陥っていることが肌感覚でわかった。
人間の肉体にたとえるなら、脳内に腫瘍ができたようなものだ。
一刻も早く摘出しなくては生命活動――すなわちカスケード王国中に狂人たちがあふれ返って国が滅んでしまう。
まったく、どこまでも苦労をかける妹ね!
私はとりあえず目の前の魔力水晶石の異常を治すことに集中した。
それはあたかも外科手術をするように、魔力水晶石の内部に放出していた魔力を操作して狂っていた魔脈を正常に戻していく。
かくして眼前の魔力水晶石は正常な状態に戻った。
紫色の光が緑色の光と変わり、人々を狂人へと変貌させていた〈魔素〉の流出もピタリと止まる。
私は大きく息を吐くと、メリダとアンバーが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、お師匠さま」とメリダ。
「アオ~ン」とアンバー。
私は2人にうなずいた。
「大丈夫、私は平気よ。それにここの魔力水晶石も正常に戻ったわ」
そう言ったときである。
「お嬢さま!」
と、リヒトが部屋の中に飛び込むように入ってきた。
「リヒト、無事だったのね?」
「はい、俺のほうは大丈夫です」
「じゃあ、さっきの化け物は……」
「もう安心です。完全に倒しましたから」
リヒトの言葉を聞いて、金髪の青年――アルベルトの顔が浮かぶ。
今回の騒動の原因となった、ミーシャと密接に関わっていた重要人物。
だが、その重要人物はもうこの世にいない。
リヒトが完全に倒したということは、そういう意味である。
私は全員の顔を見回した。
「皆、聞いて。ここの魔力水晶石は何とかしたけど、それも持って数日。王宮にある主核の魔力水晶石を何とかしない限り、こうした騒動は国内で増え続ける」
私は魔力水晶石から伝わってきた情報を話した。
すべての原因がミーシャとアルベルトであり、現在進行形でカスケード王国全体が凄まじい状態になっていることのすべてを――。
「では、お師匠さま。すぐにでも王都に向かわなければ」
そう言ったのはメリダである。
「ですが、ここから王都までは馬車を飛ばしても1週間はかかります。さすがにそれほどの日数が経ってしまえば、すべてが手遅れになってしまうかも」
これはリヒトの意見だ。
私はあご先に手を置いて「う~ん」と唸る。
リヒトの言う通り、どんな馬車を使っても王都までは1週間はかかるだろう。
そして、それでは手遅れになっている可能性が高い。
などと考えていたときだ。
「ワオオオオオオオオンッ!」
と、アンバーが高らかに吠えた。
すると同時にアンバーの肉体が変化していく。
今ほどまでは子犬のサイズだったアンバーの身体が、見る見るうちに数人の大人が背中に乗るほどのサイズに巨大化したのだ。
私とメリダが呆然としていると、リヒトだけがハッとした顔になる。
「お前、まさかここに来るまでに少しずつ大気中の魔力を取り込んでいたのか? そして、その魔力を使って一時的に巨大化した」
リヒトの問いにアンバーは「ワオ~ン!」と吠え返す。
まるで「その通りだ」と言わんばかりに。
そんなアンバーは私に顔を向けてくる。
人語は話せなかったアンバーだったが、その曇りのない瞳からは言葉よりもはっきりとした意思が伝わってくる。
私は馬車よりも何倍も速いです、と。
「ありがとう、アンバー。あなたが王都まで私たちを届けてくれるのね」
再びアンバーが大気を震わせるほど吠える。
私はメリダとリヒトを交互に見た。
「さあ、王都に行きましょう。この惨劇を終わらせるために」
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