第21話 経験値

「おいっバーバラ、お前は話が長えんだよ」


 屋敷の中に入るなり、ケイがチクリと釘を刺した。


「そんなこと言ったって、あの少年が恐竜島の話を聞きたがってた

 じゃないか?」


「それはお前が自慢話を続けたからだろうが。

 それにアイツはお前の話より別の場所に興味があったようだぞ?」


「えう~っ」


 メグは恨めしそうにケイを見たが、それに対しケイはニヤリとしただけだった。


「……さあ、メシ、メシっと。ここの食い物は最高だからな」


 言いたいことを言うとケイは何事もなかったかのように揉み手をしながら、食堂に並べられているテーブルまわりの椅子に座る。


「やっとまともなお風呂に入れるわ」


「今回は俺もさすがに疲れたよ……」


「やはり清潔なベッドがいいわね」


 セラ、アキラ、ルナは安全な財団の建物に入ったせいか表情が明るくなった。


「エミリア、いま戻ったぞ」


 ヤスマは部屋に入るなりカウンター向こうの女性を見て声をかける。


「お帰りなさい、ヤスマさん。それにみなさんもご無事で何よりです」


「……お疲れさまです」


 エミリアと呼ばれたカウンターの女性と、暇そうに座っていたメイドのビアンカは立ち上がって嬉しそうに六人に挨拶をする。


「とりあえずはビールだな。あとは、何を食うか……」


 テーブルの上にあるメニューを見て、ケイが何を頼もうかと考え込む。


「ケイ、食事の前にまずは仕事を終わらせるわよ。エミリアさん、財宝の鑑定と預かりをお願いしたいんだけど?」


「財宝の鑑定ですね、かしこまりました。それではこちらまでおいでください」


 エミリアが壁にあるカウンター横の引き戸を開け、さらに後ろにある部屋へと案内する。

 中の部屋は横に長くなっており、隣の一般冒険者用の入り口とつながっているようだった。部屋へ入ると中は魔法の光で明るく照らされており、大理石が敷き詰められた豪華な部屋のようだ。壁沿いには左右に三体ずつ六大神の像が置いてある。

 左の手前には大剣を構える獅子の頭を持つ武神パワード。

 左の中央には柔和な表情の老人、創造神ガイバックス。

 左の後方には眼光鋭い狼の頭を持つ、時間の神ヴォクトーン

 右の手前には狡猾な豹の頭を持つ、運命の女神クリモール。

 右の中央には思慮深い竜の頭を持つ、知識の神アジモック

 右の後方には監視する梟の頭を持つ、調和神トーキン


 中央には神聖文字ヒエロクリフ秘術文字ルーンの両方が刻まれた大きな丸いテーブルがあり、その上には台座に乗った大きな水晶球が置かれていた。

 部屋の一番奥には黄金製の大きな扉が見える。


「それではまず、みなさんの経験値の算定をいたしましょうか。

 皆さんの持ち帰った荷物をすべて、この魔法陣の描かれたテーブルの上に乗せてください」


 セラやメグそれにヤスマが、持っていた魔法鞄を降ろしてテーブルの上に載せる。残ったアキラ達も言われるままに、手持ちの鞄をすべて置いた。


「乗せ忘れはありませんか? 経験値が足りなくて今回レベルが上がらなくても、

 責任は持てませんよ」


「えうーっ、残りのお金…… ぐふっ!」


 メグがそう言いかけたのを、ケイが肘打ちで喰い止める。


「……おまえは余計なことを言わなくていいんだよ」


 ケイ達のやり取りを見て苦笑いするエミリア。


「それでは始めます…… 偉大なる創造主ガイバックスよ

 この者達の冒険の成果をここに現わしたまえ……」


 エミリアの言葉でテーブルに刻まれた魔法陣が光り、台の上の水晶が青く輝きだした。


「さあ皆さん、それぞれ順番に水晶球へ触れてください」


「じゃあ、リーダーのわたしから……」


 セラが水晶球に右手を当てると指先が青く光りだす。

 身体の中に強いエネルギーが流れ込んでくるのがわかる。

 とても気持ちのいい感覚だ。

 しばらくすると右手の光が消え、力の流入を感じなくなった。


「おめでとうございます、ラパーナさん。

 レベルが次の段階に達しているようですよ」


「……そ、そうなの?」


 セラがエミリアに褒められて目を丸くする。


「もう、私をおからかいになるのはよしてください。今のは青い光だったでしょ?

 初心者じゃあるまいし、赤い光はまだまだ、黄色はもう少し、

 青い光はレベルが上がってるってことぐらい、ご存じでしょうに」


(このE&Eの世界の経験値ってこうやって獲得するものだったのか……

 財宝を持ち帰ったら、なんとなくレベルが上がるモノだと思っていたけど)


「も、もちろん知ってたわよ」


 鍋島のセラは必死に動揺を隠して作り笑いをする。それを見てエミリアが笑顔で次の順番を催した。


「では次の方どうぞ?」


「じゃあ俺が……」


 エミリアの誘導でアキラも水晶に右手を当てる。

 同じように手が青く光り、また消えていく。

 そうやって全員が手を当てるとみんな青く光り、最後に当てたルナが手を離すと水晶球の光自体が消えてしまった。


「……凄いですね。皆さんほどの上級者が全員青だなんて。

 この荷物にはいったいどれだけの価値の財宝が入っているんでしょうか?

 これは鑑定するのに時間がかかりそうですよ」


 エミリアが両手を合わせて嬉しそうに笑みを浮かべる。


「さて、これで皆様は今回の冒険の経験値を獲得したことになります。

 冒険財団員証を作り直してお返ししますね。

 それにバーバラさんとディートハルトさんは、新しい財団証を見せれば、

 魔術士大学で追加の呪文を教えてもらえますよ。

 ぜひ、明日にでもお立ち寄りください」


「こんな感じで能力とかスキルが上がっているのかな?

 実感はあまり湧かないけど……」


 アキラが不思議そうに自分の右手を見つめる。


「やったあ、また新しい呪文が手に入るよう」


「ようやく階級ランクが上がりおったか。

 これで久しぶりに戦士連合ユニオンにも顔を出さなきゃならんのう……」


 子供のようにはしゃぐメグの隣でヤスマも、満足そうな顔をしていた。


「ヤスマは戦士連合だけでしょ?

 あたしは魔術士大学と二つ受けなきゃならないわ……

 新しい呪文が手に入るのは嬉しいけど」


「ヤスマさん、ついに白銀級ですね。

 これで名実ともに、一流冒険者の仲間入りですよ」


 エミリアが嬉しそうにヤスマを祝福する。


「ん、まあな……」


 エミリアに褒められて、ヤスマはそれほどでもないという表情を作った。


「それでは皆様、引き続き鑑定品を持ってこちらの部屋へお越しください」


 エミリアが左手の指輪を奥にある黄金の扉にはめると、扉からガチャンという大きな金属音が鳴り、エミリアが扉を重そうに押して奥へと入っていく。

 みんなも荷物を手に取りエミリアの後を追って中へ入ると、地下に降りる階段が用意されていた。階段の横の壁には光る水晶の灯りが並べてあり、暗いはずの通路を明るく照らしている。手すりを伝って階段を降りていくと、そこは赤い絨毯の敷かれた豪華な部屋になっていた。

 部屋の中央には座り心地の良さそうな長椅子が二つ、向かいで並べられている。

 地下のこの部屋には奥に仕切りのあるカウンターがあり、そこには眼鏡をかけた猫の姿のケットシーが座っていた。

 部屋の壁際にも長いテーブルが置いてあり、カウンターに載せきれない鑑定品を置けるようになっている。


「マイスター、いつもの鑑定です」


「お嬢、皆さんに商品を置いてもらいにゃさい」


 甲高い声が大きな猫の口から聞こえてきた。


(しゃべる猫か、実際に見ると違和感があるね)


「では皆様、鑑定したい品をここの机に全部、置いて頂けますか?」


 エミリアの言葉に従い、みんなは鞄から戦利品の装飾品や、薬品・巻物等の未鑑定の魔法道具まで取りだし、猫の前にあるカウンターの上へと並べる。

 ただし、セラは例の宝石のついた魔像だけは魔法鞄から出さずに取っておいた。

 これが手元にないとザナックを倒す時に困るからだ。


「それでは今から目録を作りますので、皆様はそこの椅子に座ってお待ちください」


 エミリアの言葉に従い六人は中央にある長椅子に座り、預かり記録の完成を待つ。

 エミリアはテーブルに並べられた品を歩きながら丁寧に羊皮紙に記録していく。

 武器、防具、装飾品、薬品、巻物などを全部を数え終わると、百点を越える品数があった。


「思った通り、凄い数がありますね。

 それではこれが鑑定品の目録と預り証になります。

 問題なければこの鑑定依頼書に署名をお願いします」


 30分ほどの作業を終え、エミリアが疲れたように額の汗を袖で拭う。

 それから代表のセラに、目録の羊皮紙の束を手渡した。


「……鑑定にはどのぐらいかかるの?」


 セラは目録を受け取り、それから依頼書に自分の名前を書いて返した。


「そうですね。この数ですと二週間はかかりそうですね」


「わかったわ、じゃあそれで」


「かしこまりました。ではマイスターさん、後をお願いします」


「うむ…… まかせておくニャ」


 大きな立ち姿の猫が神妙な言葉でうなづいた。用事が済んだ六人は階段を上り一階の酒場へと戻っていく。


「はあ~っ、待ちくたびれた。

 おいっ女中、ビールとステーキを大至急!」


 階段を一番に登りテーブルにたどり着くと、ケイが大声で注文を叫んだ。


「ケイ、食事もいいけど、わたし達は先にお風呂に入らせてもらうわ。

 あなたもそうしたほうがいいわよ?」


「身体ならさっき洗っただろ?」


「クラッカーくん、まだ匂うよ? がさつなキミなら気にしないんだろうけどね。

 ボクは気になるから、先にお風呂に入らせてもらうよ」


 メグが食事を優先するケイを、小馬鹿にしたような目で見る。


「なんだと~っ? バーバラの癖にまともなことを言いやがって。

 しょうがねえな、オレも先に入るか……」


 怒りはしたものの、メグに言われて気になったのか珍しくケイがメグに同調する。


「メイド、ビールとステーキは用意してていいぞ、速攻で戻るからな」


 ケイはそう言うと一番に風呂へと向かった。


「という訳で、アキラ達には悪いんだけど、わたし達が先にお風呂を使わせてもらうわね」


「ああ、いいよ。その代わり俺達は先に飲らせてもらうよ」


「それじゃあ、あとで……」


 セラ達、女性四人はそう言って別れを告げる。ただ待っているのもバカらしいのでアキラとヤスマは先に食事の注文をすることにした。

 彼女達がいなくなるのを見計らったように、給仕のビアンカがエールとアツアツのカツ揚げを二人分運んでくる。


「おおビアンカ、気が効くな!」


「ヤスマ様、お疲れさまでした」


 ニッコリと笑ったビアンカから、ヤスマが嬉しそうにジョッキを受け取る。


「よし、とりあえずはアキラ殿、乾杯だ! まずは迷宮攻略の成功を祝おう」


「はい、ヤスマさん。それではみんなの生還を祝して、かんぱ~い!」


 二人は片手に陶器のジョッキを持ちあげると、お互いのジョッキをぶつけ合った。


「いや~、仕事の後のエールは格別だな」


 ドワーフはエールを口にすると、髭に白い泡を付けて感極まったような表情をする。


「そういえば、外の宿で冷たいビールが出たんですよ。あれってどういう仕組みなんですかね?」


 アキラは相変わらずぬるいエールに顔をしかめながら、何気なくドワーフに話かけた。


「ほう、あの宿にそんなサービスがあったのか?

 まあ何らかの冷却魔法を使っておるんだろうな。

 外は魔法が禁止されておらんからなあ……」


 あまり関心が無さそうにヤスマがこたえる。


「ヤスマさんは冷たいビールが飲みたくはならないんですか?」


「ビールはなんか水っぽくてワシはあまり好きじゃないな。

 喉が渇いているときにはいいが。やはりこっちのエールの方が香りがあっていい。

 それにここじゃあ、あまり冷たいものは飲まんからな。

 大抵の奴はそうじゃないか?」


「そういうものなんですかねえ……」


 アキラはヤスマのそっけない返事を聞いて残念そうにつぶやいた。


「それより、アキラ殿。あの三人の中に、意中の者がおるんだろ?

 やはりセラ殿かね?」


 突然ヤスマに話題を振られて、アキラが口の中のエールを吹き出しそうになる。


「いやいや、そういう関係じゃないですよ。あいつらとは……」


 アキラが首を振り、全力でヤスマの言葉を否定する。


「……ほう、そうかね? ワシが見た限り、ただのパーティ仲間という関係じゃあ

 無さそうだったが」


「いやいや、ただのパーティ仲間ですって。

 そりゃあ、女三人の中に男が一人混じってますから、

 そういう風に誤解されるのも仕方ありませんが……」


 アキラはバツが悪そうに苦笑いする。


「ではアキラ殿は、ウチのルナのことをどう思うかね?」


「え、ルナさんですか? 凄い上品できれいな方だと思います。

 さすがはエルフですね。まあ人間の俺には高嶺の花ですが……」


「ふむ、満更でもないのか……

 じゃあ、あのお転婆を引き取るつもりはあるか?」


 ヤスマが髭をさすりながら、真剣な顔でアキラに問いかける。


「ええええーっ! いやいや、俺なんか吊り合いませんって。

 それにルナさんは男性が嫌いなんじゃ?」


「そうなんじゃよ。

 あやつ男が嫌いなはずなのに、なぜかアキラ殿に対しては

 ちょっと反応が違う感じなんじゃ……」


「はあ……」


 アキラは急に振られた話に気が動転し、ドワーフに生返事をする。


「まあ、すぐにとは言わんさ。

 とりあえず選択肢のひとつとして考えておいてくれ。

 少なくともワシは応援しておるからな」


 ドワーフはニヤリとしながら、片目をつぶった。


「……わかりました」


 一応はそう答えたものの、前回の売春宿でヤスマの言う通りに覗きをやってひどい目に会ったアキラは、彼の言葉に対して警戒しない訳にはいかなかった。

 さすがにヤスマの言葉を本気にしてルナに言い寄りでもしたら、今度こそ決定的に嫌われるに違いない。

 そもそもこのヤスマこそ、ルナとどういう関係なのか?

 二人の様子からアキラには、まるで親子か兄妹のような関係にしか思えなかった。


「そう言えば外でマルコくんが気になることを言ってましたね?」


 微妙な空気になってしまったので、アキラはなんとなく話題を変えることにする。


「アレックスの件か……」 


「やはり今回の寺院がらみですか?」


「……まあな。アキラ殿にも推測はついておるだろうが、

 おそらくパーティは全滅だよ。

 あれだけ腕利き冒険者の彼らが失敗するとはな。

 マルコにはああ言ってしまったが冒険者達が逃げ出したくなる気持ちも

 わからんではないんだ。

 なんとか我々で死体が回収できるといいんだが……」


 ヤスマが沈んだ表情で答えた。


「それはたいへんお気の毒なことです……」


 パーティ全滅。

 油断すればアキラ達だって、いつそうなるとも限らない。

 とくに回復役のセラに死なれたら、街に帰るまでお手上げ状態になる。

 先日の冒険でも大広間の大蛇を先に倒しておかなかったら、自分達だって全滅していたかもしれないのだ。

 あの光る眼のアメーバ状の生物を思い出し、思わずアキラは身震いした。


(この世界にはあんな化け物がいるんだからな)


「まあ、悪いことばかりじゃない。

 セラ殿の情報のおかげで、ザナックを倒す手筈は整った。

 今回の冒険でワシのランクも上がったし、

 時間はあまりないが準備万端で奴との対決に望めるはずだ」


「そうですね。我々で必ず、敵討ちをやりましょう!」


 そう言って二人で大いに盛り上がり、セラ達四人が戻ってきたころにはテーブルの上は食い荒らされた皿やジョッキが山積みになっていた。

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