第42話 勝ちますよ

 俎上そじょうさんとの睨み合い。いつもならさっさと目線をそらして逃げていたところだ。


 だけれど、もう逃げない。自分の好きなことから逃げないと決めたのだ。ここで俎上そじょうさんから逃げるのは、ゲームから逃げるのと同じだ。


 しかし……こうして睨み合っていても事態は進行しない。そろそろ気まずくなり始めたとき、


「こっち」

 

 雨霖うりんさんが僕の手を掴んで、早足で歩き始めた。


 無言だった。なんか……怒ってるように見えた。


 あれ……? なんか怒らせるようなことしたっけ……? 僕が負けたら雨霖うりんさんにも被害が行く可能性があるからか? いや……でも一応僕にだけ危害を加えるように言っておいたのだけれど……


 そのまま僕は雨霖うりんさんに引っ張られて、体育館裏に連れて行かれた。

 最初に地平ちひらさんとしずかさんに連れて行かれたのもここだったな。もしかしたら雨霖うりんさんグループの秘密の場所なのかもしれない。


 あたりには誰もいない。誰かがついてくるかと思ったが、そんなこともなかったようだ。


「なんで……」雨霖うりんさんはそこで僕の手を離して、「なんで、あんな約束したの……?」


 怒ってる……というより、困惑しているのだろうか。ともかく笑顔じゃない雨霖うりんさんもかわいい。もっと強い目で睨んでもらいたい。


 ……なんか僕、テンションがおかしくなっているな。失言をしないように気をつけよう。


『あんな約束とは?』

「大会で優勝できなかったら、いじめられてもいいって……」


 まぁ要約するとそういうことだけれど……


『大事なところを聞き逃していますよ。僕が優勝すれば、今後は平穏になります』

「で、でも……その火種って大会は、すごく大きな大会なんでしょ?」


 それはそうだ。日本では最大規模かつ最強を決める大会。実際の技量も勝負強さも運も含め、日本最強を決める戦い。


『いつか出場したいとは思ってたんですよ。ゲームは僕も得意分野ですし、一番強いって思ってますから』


 本当は思っていない。僕より強い人は少数ながらいる。もしもミラージュ897さんとかが大会に参加していたら、僕は負けるだろう。


 それでも出場する。答えは簡単。出たいから。


「それは……本心? 俎上そじょうさんに挑発されて無理やりってわけじゃないよね……?」雨霖うりんさんは……僕のことを心配してくれているようだった。「そもそも……あの張り紙を作ったのは誰……? あんな証拠もない話、真に受けなくていいんだよ。他にもあるなら私が全部剥がすから……だから無理だけはしないで……」

『無理なんてしてませんよ』

「……本当……? でも……」

「勝ちますよ」


 自分でも驚いた。今聞こえた声が誰の声なのか、一瞬分からなかった。


 僕の声だ。あまりにもあっさりしゃべってしまったので、自分でもビックリしてしまった。かつてこんなにも簡単に声が出せたことはなかった。


 それはきっと覚悟を決めたから……それと、相手が雨霖うりんさんだから。雨霖うりんさんなら僕の声だって受け入れてくれるという安心感があった。


 僕はスマホをポケットにしまって、


「これは僕の本心です。僕が出場したいと思って、僕が出場すると決めました。俎上そじょうさんと絡んだのは、あくまでも偶然です」

「……」雨霖うりんさんは僕が喋ったことに一瞬だけ驚いてから、「……なるほど……わかったよ。キミがそこまで言うなら、もう止めない」


 どうやら僕の覚悟は伝わったようだ。ありがたい限りである。


 ついでだし、このまま伝えてしまえ。


「その大会……東京であるんですけど……その……」自分がしゃべっているということを意識した瞬間に、また喉が閉まってきた。でも、一度深呼吸をしたらまだしゃべれた。「よかったら、見に来てくれませんか? オンラインでも配信があるので……それでもいいですけど」

「行くよ。直接見に行く」

「ありがとうございます」


 直接来てくれるとありがたい。そっちのほうが燃えるし……本来の目的も果たすことができそうだ。


 そう……僕は優勝するだけではダメなのだ。雨霖うりんさんのためにも、盛り上げるような試合をしないといけない。


 まぁ……当面の目標は優勝だな。優勝すれば盛り上がるだろう。


 それと……念のため釘を差しておく。


「あの張り紙の犯人ですけど……犯人探しはしないでくださいね。大会でチート疑惑は晴れますから、犯人なんて探す必要はないです」

「そ、そういうものなの? 私はチートとか詳しくないんだけど……」


 だろうな、ゲームに疎いのだからチートなんて知るわけもない。


「そういうものですよ。チートというのは要するに不正行為なので、検査が厳重な大会で活躍すれば疑いの目は向かなくなります」


 オフラインでチートなんてしたらすぐにバレる。しかも国内最大の大会を見ている人は目も肥えているのだ。そんな人々をごまかせるわけもない。


「とにかく、優勝すれば全部解決です」チート問題も……それ以外のことも、たぶん解決する。「せっかくなので、勢いで告白していいですか?」

「勢いでなら聞きたくないかな」それもそうかもしれない。「それは然るべきタイミングで、正式にお願い。そうしたら私も勢いじゃなくて、真剣に考えるからさ」


 だったらなおのこと勢いで告白したほうが良かったかもしれない。冷静になられたらフラれる可能性が高いからな。


 それにしても……雨霖うりんさんも地平ちひらさんも、僕がからかっても慌ててくれないものだ。なんとも肝が座っている。


 じゃあ僕も覚悟を決めよう。僕のために、雨霖うりんさんのために堂々と勝負をしよう。


 たとえ負けても後悔しない。何度だって挑んでやる。俎上そじょうさんとの約束とか関係なく、僕は挑み続けると思う。いつか僕自身が熱中したと言えるまで。そして雨霖うりんさんの熱中を見つけるまで。


 まぁ……アレだ。


 どうせ一発で優勝するから、何度も挑まないけどね。

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