ミッション

第22話 胸を張っていいと思います

 教室に戻る頃には、すでに1限目は終了していた。ちょうど休み時間だったので、とくに問題なく教室に入室することができた。


 雨霖うりんさんはまだ教室に戻ってきていないようだ。まぁいろいろと準備があるのだろう。


 そして一瞬……僕の席を間違えそうになった。席替えをした状態で、さらに席を強奪されたので……結局アレだ。最後方の真ん中のほうになってしまった。


 両隣は誰になるのだろう。右隣は雨霖うりんさんなのだけれど……左隣は今日は欠席しているらしい。


 ……そういえばアレだよな。僕、雨霖うりんさんと隣の席になったんだよな。そのことに関してだけは、俎上そじょうさんに感謝だな。

 俎上そじょうさんとしては……気持ちの悪い男子を隣に送り込んでやったくらいの感覚なのだろう。実際に……そのとおりだから反論しないけれど。


 さて2限目に向けて準備していると、


「ただいまー」落ち込んだ素振りなど一切見せない雨霖うりんさんが戻ってきて、「あれ……? なんで隣……」


 雨霖うりんさんが首を傾げる。何気ない動作だったけれど……なんか地平ちひらさんたちから変な話を聞かされた直後だったので……極端にかわいく見える。惚れそう。惚れてた。


 戻ってきた雨霖うりんさんはジャージ姿だった。制服が汚れてしまったのでジャージしか替えの服がなかったのだろう。スポーティな感じがよく似合っていた。


 ちょっと顔が赤くなるのを隠しながら、


『訳あって俎上そじょうさんと席を替わりました』

「あ……そうなんだ。大丈夫だった? 揉めたりは……」

『向こうから言い出したことなので……』


 僕が替わりたいといったわけじゃない。向こうが強制的に僕の席を奪ったのだ。


 ……よくよく考えれば、僕の席は強奪された。もしかしたら僕の席はこのクラスから消滅していたのかもしれない。まぁ……勝手に交換したと思いこんでいたけれど。というか思い込まないとやってられなかったのだけれど。


 雨霖うりんさんは自分の席に座ってスマホを取り出す。するとしばらくしてチャットが送られてきた。


『さっきは助けてくれてありがとう。カッコよかったよ』

『カッコよかったのはお互い様ということで』


 雨霖うりんさんのほうがカッコよかったよ。


『じゃあ、嫌なことはさっさと忘れちゃおうか』……やっぱり嫌なものは嫌だったんだよな。当然か。『昨日の夜、キミが言ってたゲームを購入したよ。操作方法までは確認した』

『勉強熱心ですね』

『ゲームのことも勉強っていうのかな』

『自分の能力を高めるために知識を仕入れることは、全部勉強ですよ』


 ゲームだってマンガだって同じだ。アイドルの名前を覚えるのもキャラクターのコマンドを覚えるのも全部勉強。なにもノートを開いて漢字を書くことだけが勉強ってわけじゃない。自分を高める行為なら大抵は勉強だ。


『ちなみに、ゲームに対する第一印象はどうでした?』

『難しい』だろうな。あのパズルゲームは難しい。『4つ揃うと消えるってことしかわからない』

『それがすべてなんですけどね』


 ルールは極限まで簡単だ。故に難しい。シンプルだからこそ極めるのは難しいのだ。


 まぁ難しいことなんてわかり切っている。というより最初はなんだって難しいものだ。


『ゲームは見てるのは好きなんだけどね。自分でやるとパニックになる』

『僕も最初はそうでしたよ』


 とくにアクション系はパニックになる。アクションパズルとなるとなおさらだ。


『今はパニックにならないの?』

『慣れると簡単です。慣れるまでが大変なんですけど』言葉でいうほどたやすくない。『まずコントローラーに慣れるところからですね』

『どうやって慣れるの?』

『無意識にでも操作できるまで繰り返せば可能です』せっかくなので、スマホを例えに出してみる。『たとえばこうやってチャットを打ち込むとき、そこまで苦労しますか?』

『まったくしない。他のことを考えながらでもできる』

『それと同じです』


 無意識にスマホを触り続けた結果、無意識でできるほど熟達したのだ。


 心理学的に言うと自動化の段階。その境地に行き着くまでには……かなりの時間が必要だ。努力を努力と思わないレベルの時間が必要なのだ。無意識のうちに毎日やっていれば、いつの間にか到達している。


 まぁ……それが難しいのだけれど。


『慣れるには長時間やらないといけないってことだね』なにか傷つけてしまったか、少しだけ雨霖うりんさんの表情が暗くなった。『私には、そんなに積み重ねたものがないんだ。自慢できるようなことを積み重ねたことがないんだよ』

『そうでしょうか』明確に否定できる。『こうやってスマホでチャットするのは、自慢できないことですか?』

『自慢できるの?』

『チャットが苦手な人もいるでしょう?』しずかさんとか。『それは雨霖うりんさんがチャット能力を積み重ねてきたから得られた能力なんですよ。胸を張っていいと思います』


 自分でも気づいていない能力ってのはあるものだ。


 それは表彰されたり優勝したりするものじゃないかもしれないが、誇れるものではあるのだ。


 自分にとっては当たり前にできることだから、なかなか気づかないのだ。でも……それはしっかりと誇って良いものなのだ。


 だから僕は自分がゲームをうまいことをしっかりと誇る。それは自分が努力して身に着けたものだと胸を張る。


 他人にバカにされたって、それは変わらないのだ。

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