第19話 好きな男子の顔を間違えるもんか

 とっくの昔に1限目開始のチャイムは鳴っている。


 しかし気にしていない。別に僕は無遅刻無欠席の記録があるわけでもないし、あーなんか学校行きたくないなー、と思えば躊躇なく休むタイプである。


 というわけで1限目をサボっても罪悪感なんてない。どうせ今日の1限目は担任の授業だし……ちょっと気まずいからちょうどいいかもしれない。


『私がキミに惚れた理由はそれだけじゃない』惚れたという表現を改めて欲しいものだ。『1年生の体育祭のとき、覚えてる?』

『体育祭という行儀があったことは覚えてますよ』

『それも忘れてると思ったよ』こんな冗談を言う人なんだな。『そのとき、迷子の子供がいたよね。親とはぐれて泣いてた子が』

『……そんなこと、ありましたっけ?』


 本当はなんとなく覚えているけれど、褒められるのなんて慣れていない。覚えていないことにしておこう。


『キミが覚えてなくても私が覚えてるから、いいけどね』忘れてほしいものだけれど。『そのときに、キミは子供にしっかりと付き添ってあげてたよね。しゃべるのは苦手なはずなのに、泣きわめく子供と同じ目線で相手の話を聞いてあげてた』

『話を聞くだけじゃ解決しませんよ』まったく役に立たないやつだ。『あのときは……たまたま解決できる人が通りかかってくれただけですよ』


 そう……本当に偶然だ。僕が泣きじゃくる子供に対応できないでいると……偶然にも誰かが来てくれたのだ。褒めるべきはその人であって……


 なんとも親切な人だった。たしか金髪でメガネをかけていて……

 

 ……


 ……あれ? 金髪でメガネ……?


『やっと思い出したか』思い出の中の人物と、目の前の地平ちひらさんが重なった。『偶然通りかかったのは私。その時から、キミのことが気になってたのさ。この人ならもしかして、すずと釣り合うんじゃないかって』


 ……


『僕によく似た別人じゃないですか?』

『好きな男子の顔を間違えるもんか』めちゃくちゃグイグイ来るな……お世辞とわかっていても照れてしまう。『すずがいなければ、私はキミに告白してたよ』


 本当に……お世辞がうまいことだ。


 地平ちひらさんはしばらく僕を真顔で見つめてから、いたずらっぽく笑う。


『案外ポーカーフェイスなんだな』

『からかい甲斐がないでしょう?』

『からかってるつもりはないよ?』

『からかうのがうまいですね』

『その言葉は乙女心を傷つけるぞー』そんなことを言われてもね……『まぁ、その朴念仁っぷりが魅力かもな』


 ……地平ちひらさん……見かけによらず難しい問答をしてくるな。そういうのはしずかさんの役割だと思っていた。地平ちひらさんはもっと……単純明快な人だと思っていた。武闘派だと思っていた。


 人を見かけで判断するのはやめよう。


『まぁアレだよ。長々と話したけれど、要するにキミが魅力的な人物ってことが言いたいの』

『最初からそう言ってくださいよ』

『具体例を挙げないと、キミは信じないだろ? 自分の魅力を』


 具体例があっても信じられないけれど。だて魅力なんてないのだから。


『私が思うに、キミはなにかに夢中になっている人間なのさ。だから他の人間には左右されず、自分を貫くことができる』


 ……それはそうかもしれない。ゲームが好きだという自分がいるから、それがあれば良いと思っている。


 嫌なことがあってもゲームをして忘れる。そういう対処法があるから余裕があるのかもしれない。いや……余裕なんてあったっけ? 表情筋が死んでるからポーカーフェイスに見えるだけじゃないのか?


 ……まぁ、どっちでもいいか。


『そんなキミになら、私の大切な親友を任せられるというお話』そこでようやく、話が本題に戻る。『だからすずと恋人になって欲しいの。すずのことを、支えてあげてほしいの』


 話はわかった。納得はできてないが、経緯はわかった。


 ……


 雨霖うりんさんと僕が恋人……


 ……

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