第5話 今のは忘れて

 そのまま時間は過ぎて、ホームルームの時間になった。


 女子グループはそれ以降、僕にちょっかいをかけてくることもなくなった。雨霖うりんさんに睨まれたらのが、かなり効いたようだった。


「明日、席替えするぞ」


 そんな教師の言葉で、本日の授業は幕を下ろした。


 一斉にクラスの生徒達が教室から姿を消していく。僕はその流れに巻き込まれるのが苦手なので、いつも時間をずらして帰宅しているのだった。


 人の少なくなってきた教室で、1人考える。


 ……席替えか……嬉しくもあり、怖くもある。


 今日のことで隣の女子グループとは険悪になってしまっただろう。僕は別に良いが……彼女たちが僕の隣は嫌だと思っているだろうな。ならば……さっさと離れたほうが良い。


 ……また隣になってしまったらどうしよう。露骨に嫌な顔をされるだろうな。申し訳ない。


 ……もし彼女たちと隣になったら、学校に来るのやめようかな。そうすれば解決するかもしれない。


「……」


 いつもなら、さっさと家に帰ってゲームに興じているところだ。だけれど今日は……ゲームをしても楽しめるとは思えなかった。というわけで……放課後の教室で1人ボーっとしていた。


 ……なんだか毎日が憂鬱というか……気力が湧かない。ゲームをするのは趣味だし好きだけれど……それがなにかに結びつくとも思えない。


 こんな僕でも生きていけるのだろうか。いつか就職してお金を稼いで……幸せになれるのだろうか。将来になんか不安しか持てない。

 

 もしも自分の好きな事柄を……ゲームを仕事にできたら楽しいだろうか。大会とか出てみようか。でも、緊張するし……


 いろんなことを考えているうちに、夕方になっていた。空が赤く染まっていて……なんか責められているように感じた。


 最近は1日というものが短い。それは喜ぶべきことなのか悲しむべきことなのか……僕にはまだわからない。


 ……


「……帰ろう……」


 いつの間にか誰もいなくなった教室で、僕はつぶやいた。カバンの中を確認して忘れ物がないか確かめて……立ち上がろうとした瞬間だった。


「あ……」放課後の教室に、誰かが入ってきた。「先客がいたか……」


 見ると……扉の前に立っていたのは雨霖うりんさんだった。今日、ノートの一件で僕を助けてくれた人だ。


 ……改めて見ると、すごい美少女だよな。栗毛色の髪の毛がよく似合っている。派手すぎない現代のギャルって感じだ。


「今日は災難だったね。ケガとかはない?」相変わらず声は出ないが、うなずくことはできる。「そっか。それは良かった」


 ……いったい雨霖うりんさんは放課後の教室になんの用だろう。忘れ物とかだろうか。


「隣、座ってもいい?」なんで……? なんで僕の隣に? 雨霖うりんさんの席じゃないはずだが……「いやぁ……友達と一緒に帰る約束をしてたんだけどね。今日は部活休みって話だったんだけど……なんかミーティングに呼び出されたみたいで」


 それから雨霖うりんさんは天井を見上げて、


「先に帰っていいって言われたんだけど……なーんか手持ち無沙汰でね。それと……ちょっと思うところあってね。帰る気分じゃなかったのさ」


 思うところってのはなんだろう……家にいづらいとか、そんな事情があるのだろうか。気になるけれど……聞けるわけもない。


 隣の席に座ることを僕が承諾すると、彼女は僕の隣に腰掛けた。


 ……彼女はこんな感じで、誰にでも分け隔てなく優しく喋ることができる。僕にはない能力だ。羨ましい。


 雨霖うりんさんは席に座って足をフラフラさせながら、


「差し支えがあるなら答えなくても良いんだけれど……キミは、絵を書くのが好きなの?」


 ……なるほど。今日のノートの中身の話か。どうやら見られていたようだ。


 ……絵を書くのが好きというよりも、ゲームが好きなのだ。それが高じてゲームキャラクターを描いていただけなんだけれど……


 相変わらず声が出ない。美少女との会話なんて生まれて初めてなので、喉がギュッと締まって空気すら飲み込めない。


 僕が黙っていると、


「あ……ごめん。やっぱりノートの中身……見たらダメだったよね」雨霖うりんさんが見たのは不可抗力だろう。「ごめん。今のは忘れて」


 違う。そういうことじゃないのだ。差し支えがあるから喋らなかったのではなくて……ただ声が出なかっただけなのだ。


 というか僕は雨霖うりんさんに感謝の気持ちを伝えないといけないというのに……せっかく千載一遇のチャンスが巡ってきたというのに。


 放課後の教室で雨霖うりんさんと2人きり。こんなチャンスな二度と巡ってこない。


 なんとかしてお礼を言わなければ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る