第4話 じゃあ、またね

 クラスの端っこで、どんなときも目立たない僕。

 そんな僕とは対象的に目立つ女子。


 別に彼女がクラスのリーダーってわけじゃない。完全な中心人物ってわけでもない。ただ……なんとなく一目置かれている。そんな人物。


 栗毛色の髪の毛と……ほかは特に特徴がない。どこにでもいそうな女子高生。10人に聞けば8人から9人は美少女だと答えるだろうその容姿。


 名前は……なんだったかな。僕とは違うカーストに位置する人なので、関わりがなくて覚えていない。


 考えていると、女子グループの一人がその名を呼んだ。


「……雨霖うりんさん……? どうしたの?」女子グループは一瞬戸惑っていたが、すぐに、「あんたも一緒に見る? こいつさ、なんかアニメのキャラクター描いてて……」


 その言葉は途中で止まった。


 雨霖うりんさんの視線が、明確に拒絶の意志を示していた。あなたたちと対話をする気はないという意思の込められた目だった。


 睨みつけているわけじゃない。それでも……女子グループたちは言葉を止めてしまった。


 一瞬の沈黙。女子グループがバツの悪そうに目線をそらした。

 

 そして雨霖うりんさんが僕のほうを振り返って、僕にノートを差し出す。


「はい、これ」

「え……」突然の出来事に、パニックになってしまう。「あ……あの……」


 ありがとう、と言いたかったのだが言葉が出ない。いつものように言葉がつっかえてしまる。しゃべらなければと思えば思うほど、喉が閉まって声にならない。


「じゃあ、またね」


 そう言って雨霖うりんさんはニッコリと微笑んでくれた。それは笑顔が苦手な僕には眩しすぎるくらいの微笑みだった。


 ノートは僕の手元に戻ってきた。しかも女子グループは毒気を抜かれたようにポカンとしていた。


 あっさりと解決してしまった。僕はただオロオロとしていただけなのに、雨霖うりんさんが現れるなり、一瞬で解決してしまった。


 あまりにも鮮やかな解決だった。しかも雨霖うりんさんが女子グループに言い返さなかったから、騒ぎが大きくなることもなかった。


――じゃあ、またね――


 その言葉と笑顔が脳裏に張り付いてしまった。僕を助けてくれたヒーローのような存在に思えた。


 高校生男子なんて所詮は単純なもので……こうやって優しくされただけで胸が高鳴ってしまう。かわいい女の子が微笑んでいるだけで、好きになってしまう。


 だが勘違いしてはいけない。


 雨霖うりんさんが僕を助けてくれたのは……彼女が優しいからだ。僕に対して特別な感情など持っているはずがない。 

 またね、という言葉も……同じクラスに所属しているからというだけ。同じクラスにいるのだから、明日になればまた顔を合わせるのだ。ただそれだけの話。


 ……


 ……


 ……


 そういえば……お礼を言いそびれてしまった……

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