憂鬱のお姫様

雪の夜

第1章 ティーパーティ





「あら、またジャムは遅刻?」とブランがデイジーに目配せする。

「いいじゃない時間なんてあるようでないもの」とデイジーは空を舞うような眼をしている。

毎日午後になるとティーパーティを開く。いつものメンバーは猫のブランとウサギのデイジー、犬のジャム。

「スノウちゃん。今日は眠れたの?私のラベンダーティーどうだった?」

 ブランのやさしさを抱きながらスノウは下を向きながら俯く。いつもの反応に特に誰も何も言わない。


 この子はあるとき迷い込んできた女の子。大概の人は短い時間寄って去っていくのだが、彼女は長い間いる。ここでは憂鬱の城のお姫様だ。いつものルーティンでは一日中お城で過ごし、晴れることのない灰色の空を見つめている。その目線の先には庭が広がっている。そこに広がる紙の花畑は彼女が燃やしてしまった。その庭だけ永遠に灰の雪が舞っている。彼女の友達の猫やウサギとティータイムをしているとやってくる甘い風。金平糖のバスケットを手にしてやってくる。彼女に恋しているのは雨雲。同じ空気だからだろうか。悲しいときはいつも紅茶の雨を降らしてくれる。



「それにしても大雨は来ないわね。仕事があるのかしら。」デイジーは耳をとかしながら、紅茶を眺めている。


 窓の外には綿菓子の木の並木道が続いている。向こうに見えるのはパッチワークの山。いつも紅茶の雨が降ると、綿菓子は解けて紅茶の水たまりができる。水たまりにはティーカップの憂鬱が映る。雨上がりには、その甘い匂いに誘われてドードーに似た青紫色の鳥が集まってくる。その鳥の名はドンドン。ドンドンが渡り歩いたあと虹がかかる。その素敵な景色を見ずに夢の中へ行ってしまう彼女。今日は不思議と雨が降らない。


「わー、ごめんね」とジャムが駆け寄ってきていつもの暖炉のそばの席に座る。

「遅いんだから。紅茶が覚めちゃうわ。」とブランがふくれっつらで放つ。

「クッキー焼いてたら、こんな時間になったのよ。ごめんね。そのかわりおいしいんだから」

 ちょっと不機嫌なブランはピンクの紙袋に入ったクッキーに目が輝いている。

「さあ、始めましょう」

大きなテーブルの端っこに4人だけが座っている。テーブルの上にはティーポット、角砂糖、レモン、ミルク、チョコレート、マカロン、マフィンが人数分用意されている。スノウがたいてい紅茶の味を決めて、お菓子はそれぞれが持ち寄ってくる。今日はなぜかお菓子の量が多かった。風のメロディがいつもBGMだ。大広間に設置されたテーブルからは鳥かごの夢という壁画がちょうど見える。


 4人はカップをもって静かに乾杯をする。

「みんな何か困ってることはない?」いつもの調子で問いかけるデイジー。

「ジャムの遅刻」とブランがこぼす。

「ごめんってば」とジャム。

「私は…」とスノウが話そうとすると

「それはいいじゃない」とブランに向かって答えるデイジー。

「好きな人とはどうなったの?」とジャムがスノウを見て話しかける。

「うーん。何も。好きってだけでいいの。仲良くなってみたいけど、今変わると好きでいられなくなりそうで怖いの。」とスノウ。

「言い訳が多いのよね。スノウちゃん。もっと素直になればいいのに」とブラン。ぶっきらぼうに言い放ったあと少し気まずそうに紅茶を飲んだ。

「ねえ、何か言いかけてたよね?」とデイジーがスノウを見つめる。

「あ。いいの。別に大したことじゃないし」とスノウが答えると、デイジーが言う。

「大したことかどうかはわからないじゃない。話してみてちょっとでも気になることがあるなら」

「私。あのね。このティーパーティーも好きなんだけど、なんだか毎日同じでつまらなくなったの」スノウはこれまでのたまった気持ちを吐き出すかのように重く答えた。

「えー私たちの時間が面白くないの?」とジャムが騒ぐ。

「うるさいわね。スノウちゃんがそう感じるならそうなんじゃないの」とブラン。

「どういうことなのかしら。詳しく聞かせて」とデイジーは冷静に話を聞こうとしている。

「えっとね。つまらないっていうのは、このティーパーティーがいやってことじゃなくて。すごく安心するし、みんなと会えるのがすごくうれしいの。それは毎日毎日あっても幸せなんだけど。私。なんだかここだけにいるのがちょっとだけ窮屈に想えるの」

「そうなんだ」とデイジー。

「ねえ、じゃあどこかに行ってみる?」とブラン。

「そうね、この世界の端までは行ったことないもんね」とデイジー。

「私も行ってみたい。おいしいものあるかもしれないし」ニコニコと微笑みながらジャムは想像を膨らませている。

「でもね。怖い。すごく。だから、考えてるだけでいいかなと思ってる」スノウは自信なさそうに話す。

「そうだよね。スノウちゃん初めてのことすっごく怖いもんね。私に気持ちが移ってくるくらいだもん」とデイジー。

「忘れていることがあるのかもしれない」とスノウ。

「思い出そうとすると頭が痛いし、真っ白で何もない空間に連れていかれそうになるから、しないんだけど」と続ける。

「あー。何かわからない不安がどこかにあるけど、探らないようにしてるんだね。だから新しいことも同じように怖いんだよね。」とデイジーは瞬間移動するスノウの心の整理をすぐさま担う。

「はあ、なるほど。スノウちゃんが思うようにしてくれればいいんだけど。私は、行ってみたいと思うけどほんとは怖いわ。」とブラン。

「じゃあ、大きなことはせずにこのティーパーティをあの庭でしてみようよ」とデイジー。

「え。でも・・・」

とスノウが瞬時に反応する。

「すぐそこじゃない」とブラン。

「でも、雪も降ってるし、いつも雨雲さんがやってくることが多いから難しいんじゃない?」とジャム。

「クッキーもマカロンも湿気ちゃうよ」と立て続けにつぶやく。

「でも、今日はきてないでしょう」とデイジー。

「あ、そうだね。明日また来るかもしれないし。お庭だったら、大丈夫かもしれない」とスノウ。

「じゃあさっそくしよう」とジャムとデイジーが同じタイミングで言い出した。

「え。まさか今?」とキョトンとした顔で固まったスノウ。本当にするなんて思いもしてなかったみたいだ。

「そう。雨は気まぐれ。仕事済ませたら戻ってくるって」とデイジー。

すると、デイジーとジャムはバスケットにお菓子をつめて、水筒に紅茶を注ぎ始めた。

「それなら」といいながら、花瓶に入れたお花を抱えるブラン。つられるようにスノウは大きめのビニールシートを持ってくる。

「じゃあいこっか」デイジーは飛び切りの笑顔で玄関に向かう。

4人は黄色の空の下、灰色の庭へと向かった。


「ここにしましょう。たぶん灰の雪は降ってこないわ」とデイジーは平らになった芝生で立ち止まった。

スノウはビニールシートを広げ、ジャムとデイジーはお茶のセッティング。ブランは花瓶が倒れないように石で固定した。

「なんだかいつもとちょっと違うだけでわくわくするね」とジャム。

「そうね。ちょっと灰の雪が心配だったけど思ったより邪魔はしてこないみたい」とデイジー。

「本当。ちょっと気分が晴れるね」とスノウ。

それを聞いた3人はとても嬉しそうに笑っている。

「スノウちゃんのその言葉が聞けてもっと嬉しい」とデイジー。ブランも口には出さないが嬉しさをかみしめているみたいだ。

「さて。困りごとちょっと解決したかな」とデイジー。

「あ、うん。すっきりとまではいかないけど、新しいことって怖くないんだね。みんながいるからできたよ。ありがとう」とスノウ。

「この庭ねえ。」と小さく聞こえないようにつぶやくブラン。この庭で何があったかを知っているのはブランだけだ。ジャムは無邪気に舞い落ちる雪を眺めて

「でも綺麗だねえ。この雪。」とつぶやく。

「そうね。なんで止まないのかな。雨が降ってもここだけは濡れないし、不思議だね」とデイジー。

「そうだね」スノウはつぎはぎの記憶の中で、黒い闇の靄を感じながら答える。

「クッキー食べてみて。今日はラズベリーの歌を集めて作ってみたの」とジャム。

「ラズベリーって歌えるの?」とブラン。

「ちょっとキンキンした声だからずっと聴いてられないけど、かわいいわよ。」とジャム。

それぞれクッキーを人かじりすると少し笑ってしまう。

「これって?」とデイジー。

「へへ、間違えて、甘いコットンキャンディーじゃなくて夢の国のはちみついれたから」とジャム。

「やっぱり。なんかおなかが面白くなると思った。」とブラン。

「私は夢の国はちょっと遠慮したいのよね。足が地につかなくなる感じがするから嫌なのよね」とブラン。

「でも今日は特別。お庭でティーパーティした記念」とクッキーを一枚平らげたブラン。

「このクッキーのおかげでなんだかここにいるのだけじゃ物足りない気分になる」とスノウ。

「えー思いがけない副作用。よかったー。間違えて。」とジャムは大きな耳を揺らしながらこそばゆそうに笑っている。ジャムの耳越しにパッチワークの山付近からドンドンが飛んでいるのが見える。

「あれ。ドンドンが飛んでるわね。もしかしたら雨雲さんが近くまで帰ってきているのかな」とデイジー。

「早めに切り上げてお城に帰りましょう」とブラン。

「あ。また来る感じがする。」とスノウ。

「わー、早く片付けて中に入ろうよ」とジャム。

4人は手際よく片付け大広間に戻ってきた。

「ちいさな大冒険とはこのことね」とデイジー。

「楽しかったわよ」ブランは少し照れたように俯くとスノウによりかかる。

「おなかもいっぱいになったし」とジャム。

「いつものことでしょ」と3人からつっこまれる。

 窓の外みると見る見るうちに黄色の空からピンクの空になりぽつりぽつりの紅茶の雨が降り注ぎ始めた。

「これが本物の紅茶だったらいいのにね」とジャム。

「害はないけど飲めないのよ。第一、苦すぎるんだから。」とデイジー。

「ティーパーティーはいつもの雨にもどったわね」とブランが話しながら席に着く。

「落ち着くけど、今日みたいな日も時々あってもいいね」とスノウが言う。

「また気が向いたらしましょうね。」とデイジー。

ささいな日常に小さな花が咲いた日だった。


 この世界ではいつまでもスノウは14歳のまま。地球と似ているような世界だが、少し夢うつつの世界。夢に行く間のあいまいで崩れそうな空間。

 夜になれば、今日もいつものように夢遊病の如く、スノウは湖に映る月を見に行っていた。

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