薔薇薔薇拳!を勝手に立ち上げることにした。
「これは一体?」
魔力でグルグル巻きにされているローズ。
「サタン」
眼前には、殺気に塗れた貌のサタンが魔剣を振り下ろすままに、ピタリと動きを止めている。
右を見る。
「夜叉猿さん」
ちょっと待ったとゴツい手を伸ばした夜叉猿も止まっていた。
世界が動くのを止めていた。
「ピッピッピッピ〜」
頭の上のスライムがポヨンポヨンと跳ねている。
この御業を誰が起こしたのかは考えるまでもなく。
「なるほど、貴方の異能力という訳ですか」
ローズはグルグル巻きのまま、感謝の意を示した。
「スライムさん、助かりましたわ」
「ピッピ〜」
「なるほど、時を止めたのだと。
それはなんとも、凄すぎて言葉になりません。
逃げ足に絶対の自信があるというのも頷けますわ」
本当だよ。鬼ごっこに挑む前で助かったわ。
とんだ大恥をかくところだった。
危うく世界の広さを思い知るところだったよ、言った私が。
かっこ悪すぎるだろう。
「ピッピー」
「うふふ。本当に命拾いをしましたわ。
ありがとう存じます」
「ピッピ〜」
どういたしまして、か。
ともかく本当に助かった。
もう終わりかと諦めてしまったよ。
「さて、とりあえずは」
この動けない状況を打破するとしよう。
このグルグル巻きをなんとかしなければならない。
しかし、このサタンの魔力、異様に硬いな。
抜け出るのに苦労しそうだ。
「ぬ、これは、ガッチガチですわ。ぬぬぬぬ」
「ピ?」
ローズがジタバタと悪戦苦闘していると、それを見兼ねたのか、スライムが鳴いた。
「ピッピ〜」
「え?貴方がこの拘束から救ってやるですって?」
マジか。しかし硬いぞこれ。
夜叉猿さんならともかく、スライムさんの力では無謀ではないか?
「ピッピ〜」
任せろと。
自信満々だな、おい。
ならば是非もない。
素直に頭を下げるとしよう。
「宜しくお願い致しますわ、スライムさん」
「ピッピ〜」
「え?」
鳴いた、次の瞬間、視界が暗転したままに、暗闇の世界へと切り変わっていた。
「おお、なんと、これはびっくりですわ」
もう私を拘束していた魔力などない、身体は自由だ。
しかしサタンと夜叉猿さんの気配を感じ取れない。
真っ暗闇の中、私とスライムさんだけしかいないのだ。
「これは一体?」
「ピッピ〜」
「え、マジ?」
衝撃の言葉に、思わず言葉使いが崩れてしまった。
「あ、失礼。そうなのですか?」
「ピッピピッピピッピピ〜」
「ええ?本当ですの?」
「ピッピ〜ピッピッピー」
「な、なるほど、貴方、凄すぎるのではなくて」
本当に驚かせてくれる。
此処はスライムさんが作り出した世界だそうだ。
今は真っ暗闇の世界だが、色々と弄れるらしい。
魔力を使用するが、明るさ、広さ、気温、植物も植えられるし海や山なんかも作れるそうだ。
過去に罠にハマって閉じ込められた際には、同じように別の次元に逃げ込み、そして再び舞い戻ったそうだ。
沢山の冒険者が押し寄せて来た時も同様に、ここに逃げ込んだらしい。
そりゃあ、まぁ、捕まる訳ないよな。
「まったくもって、おみそれしましたわ、おスライム様」
ついつい、お上品に様付けで呼んでしまうくらいの所業だ。
全くもって頭が上がらない想いである。
世界の広さを改めて思い知らされた。
この短時間に何度目だよ、まったく。
時空魔法とはとんでもない御業だぞ。
父なるゼウスのその父、時空神クロノスの領域である。
私の祖父的な立場の神だ。
時を操り、世界を創造する、神の中でも最上位だ。
その時空魔法で世界を創れるとは。
私も簡単な収納くらいならば可能だが、世界なんざはとてもじゃないが造れんよ。
え、もしかして、闇の精霊王たる夜叉猿さんよりも凄いお方なのでは?
「お、ほ、ほ、ほ、ほ」
ローズは引き攣り笑いをお上品にしながらも、頭の中では全力で土下座した。
帽子とか思って、大変申し訳ございませんでした。
守ってやるとか調子に乗ってました。
そんな私の命を助けていただき、本当にありがとうございました。
「ピッピ〜」
「お、ほ、ほ、ほ、ほ」
そんな一幕はあったが、気を取り直す事にする。
やらなければならない事がある。
ラスボスサタン攻略までの策を練らねばならない。
神眼で見た結果と、実際に接触した事からの分析と解析を実行する。
「ふむ」
顎を撫でながら、大魔王サタンのスペックを見極める。
体力、膂力はお話しにならないくらいに負けている。
母親譲りの超人の肉体だが、いかんせん三歳児だ。
こればかりはしょうがない。
頼みの神域の魔力も向こうが倍は上だと思われる。
サタンが時を止められているにも関わらず、自力での脱出が容易ではなかった、妥当な見立てだろう。
結果。 ―――勝率0%。
現時点での勝機は皆無だ。
流石に無理だ。
強みの神の魔力も負けている。
それも倍も開きがあるのだ。
結果、技術云々ではなんとも埋められない差である。
「ふむ」と発した後、ローズは目を閉じて腕を組み、自問自答する。
ならば諦めるというのか?
――――否。
尻を捲って逃げるのか?
―――――断じて否だ。
逆境を跳ね返してこそが正義の味方だろうが。
避けては通らない英雄たる所以である。
それに主人公とは、最後に必ず勝つ、そういう宿命だ。
それよりもだ。
ここでローズのこめかみにビシッと青筋が立った。
アイツはこの私に言ったのだ。
調子にのるな人族と。
悪魔如きが。
たかが元大天使如きがだ。
この月の女神にだ。
調子にのっているだと?
誰がだ?!コラ!
お前の方が調子に乗っているだろうが!
人族をなめやがって。このたわけが!
ローズは左右の拳を握り締めて天に向かって吠えた。
「アイツは百発殴ーる!」
これは決定だ。やられっぱなしでいられるか。
このままでは武人としての矜持が崩壊する。
「ピッピッピッピ〜」
フフフ、頑張って、ですか。
応援ありがとうございます、おスライム様。
全力で頑張る所存でございます。
ローズは憤怒から一転、やれやれと息を吐いてから穏やかに続ける。
「しょうがない。奥の手を使いますわ」
「ピッピ?」
「ええ、奥の手ですわ」
摂理を捻じ曲げる神の御業は人族の中でも存在する。
サナダ新陰流が扱う氣とは、おおよそ百年前に、遥か南の島国ジパングに流れ着いた一人の武術家から師事を受け、そしてサナダのサムライに伝わったものである。
遥か西の大陸で浸透している武術を起源としたのが、サナダの剣術だ。
その大陸では魔法文化が無く、魔力の存在を知らない人類が、肉体の進化を促すべくして発現させたものが氣である。
その歴史は長く、その技術は此処よりも千年も先に進んでいる。
そしてその奥義は、神の御業にまで進化していた。
身体中の氣を高めて細胞を活性化させ、そして戦闘に適した肉体へと作り変えるというものだ。
年齢を変えるのだ。低ければ高く、高ければ低くする。
魔法による身体強化などとは比べ物にならない所業である。
因みに氣を解除すると元に戻る。
まるで魔法が解けたように。
「でもな〜」
ローズは顔を曇らせて躊躇した。
何故なら、決してタダでは済まないのだ。
この技には代償が存在する。
肉体を無理矢理にいじくるのだから。
「しょうがない」
しかしリベンジの為にと、ローズは顔を上げた。
「覚悟を決めますか」
まずは前準備から始める。
「えーと、衣装が邪魔になりますわね」
ポイポイと衣装を脱ぎ捨てて真っ裸となる。
スッポンポンだ。
脱ぎ捨てた衣装はミスリルの塊に戻しておく。
後で仕立て直す予定だ。
「よし、参りますか」
目を閉じて姿勢を正し、おててのシワとシワを合わせる、合掌で踏ん張る。
「むん」
全身に氣を馴染むようにして巡らせる。
爪先から頭まで、じっくりとゆっくりと。
浸透するまでしばしの沈黙。
満遍なく均等に行き渡ったら、その全てを高めて、活性化を促す。
「薔薇薔薇拳奥義【活興氣昇】」
この大陸では恐らくローズが初めて使うだろうという希望的憶測に基づき、薔薇薔薇拳を勝手に立ち上げる事にした。
「む、む、む、む、む、む、む」
体温が急上昇していく。
それはまるで常温の水が、沸々としたお湯へと変わっていくような、そんな感覚だ。
「お、お、お、きたきたきたきた」
やがて、全身が湧き立ち、グラグラと煮えたぎっていく、そんな錯覚と共に、全身にとんでもない感覚が襲いかかってくる。
「い〜〜〜っ!!!」
代償は痛み、激痛である。
ここに来てローズちゃん初めての痛覚だ。
ここから彼女は地獄の苦しみを味わうことになる。
「あああ!」
合掌したまま、ガクリと両膝をつく。
全身、脂汗がブワリと吹き出し、涙と鼻水によだれをごっちゃ混ぜにして、それらに塗れた顔を、この上なく歪ませる。
「ああああああああああ!!」
ただただ絶叫に次ぐ絶叫を発する。
灼熱の激痛が止めどなく続けられる。
それは外側だけではない。内側、内臓や骨もだ。
皮膚が張り詰め、骨がギシギシときしみ、関節がビシビシと悲鳴を上げる。
「ああああああああああ!!」
その地獄の苦行の最中、少しずつ、少しずつ、成長していく。
「痛い!」
可愛らしいお手手が。
「痛い!」
ちっちゃなあんよが。
「痛い!」
ぷくぷくとした二の腕が。
「痛い!」
五臓六腑が。
「痛い!」
地獄の苦しみに伴い。
「痛い!」
ニョキニョキと成長していく。
「ああああああ!!」
こうして、地獄を乗り越えた先にある、劇的な成長をやってのけた。
「痛、たたた。ああ、痛かったですわ」
声変わりもしている。もう幼児ではない。
しかし、肉体の最適年齢は二十歳過ぎを示していたが、そこまでは耐えられなかった。
もう痛すぎて。粗相寸前である。
なので、十五歳前後というところで止まった。
身長は百七十センチ、体重五十キロ。
少女っぽさを僅かに残した開花寸前のレディといったところか。
母親を銀髪にしただけの瓜二つにして見事なプロモーションである。
もちろんボインでG手前のFカップはある。
夜叉猿が見たらいやらしい目を向けて、セクハラ発言を連発してくる事間違いなしの美貌だ。
「しっかし、痛過ぎですわね、これ。
二度と御免蒙りたいところですわ」
ともあれ、涙目のままにサタンとの闘いを思い描く。
しばしの間、熟思黙想。
…………
結果は激痛に耐えた甲斐はあった。
「ふむ」
ざっと計算して出した勝率は五十%といったところか。
「ならば良し」
勝ち目は十分に成った。
ゼロからのフィフティフィフティ。
伸るか反るかまでに成功する。
「ピッピッピ〜!」
ローズの頭上でぴょこぴょこと跳ねる相棒スライム様。
大興奮ではしゃぎまくりだ。
「うふふ、スライムさん」
ここは感謝を込めて贈り物をしようではないか。
「ピッピッピッピ〜」
「貴方にお名前を授けても宜しいかしら?」
「ピッピ〜」
もちろんだと、ふむ。
「貴方の名前はロゼ。わたくしの名前を元にしたものですわ」
呼びやすいしな。死ぬまで仲良くやろうではないか。
「ピッピッピッピッピッピ〜」
「うふふ。喜んでいただけて光栄ですわ」
プレミアムスライムの名前がロゼに決まった。
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