ローズちゃんのゼロから始める最強無双〜薔薇の騎士が紡ぐ、闘う乙女たちの物語〜

薔薇は誕生した。

　悪魔と人族が激戦を繰り広げている頃。

　戦場から遥か離れた遠い東の地。

　その、とある領主の館の寝室にて。

「うおおおおおおおおっ！！」

　部屋中に響き渡る哮り声と共に、スポーンと、なんとも凄い勢いで赤子が生まれた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

　大一番を果たした母は、荒々しい呼吸を繰り返しながら、我が子の泣き声を待つ。

「はぁ、はぁ、ふぅ、はぁ」

　瞳を閉じて呼吸を整えながら待ち焦がれる。

　陣痛の最中、嫌な予感はあった。

　腹の中の我が子の心音が弱まっていくのを感じていた。

「…………。」

　祈りながら耳を澄ませる。

「…………。」

　しかし、未だ聞こえてこない。

「…………。」

　そんなまさかと絶望に心が沈みゆく。

「え、どういう事？」

　その時、赤子の対面にいるベテランお産婆さんのラニーは目を見開いて驚愕し、困惑の最中にいた。

　―――こんな事は初めてだよ。

　赤子は間違いなく生きている。

　パッチリと目を開けているのだ。

　生まれたてとは思えない、とっても大きな可愛いらしいお目目である。

　瞳は抜けるような空色で、神秘的な、神々しさを感じるスカイブルーだ。

　こちらとしっかりと目を合わせ、ぱちくりと瞬きを繰り返している。

　ゴロンと寝そべり親指を喰むという、なんとも太々しい態度である。

　これが生きていない訳がない。

　―――しかし、泣かない。

　泣かない赤子なんて見た事も聞いたこともない。

　息が詰まっているのか？

　いやいや、そんなはずはない。

　いたって落ち着いている様子だ。

　可愛らしくも呑気なお顔だよ。

　声が出せないのだろうか？

　あっ欠伸した。

　色々と考えを巡らせていると、赤子はラニーに向けて。

　コクリ。

　しっかりと頷いてみせた。

　なんだか自信満々な感じだった。

　心配するな。わたしに任せなさい、そんな幻聴が聞こえてきたような気がした。

　そして待望の一言。

「………ぉぎゃぁ……」

　囁くようにして泣いてみせた。

「…………へ？」

　聞こえるか聞こえないかというほどにか細い声だった。

　どうやら泣いてみせたようだ。真顔である。全然泣き顔ではなかったが。

「へ？」

　さらには、むふぅと、なんとも得意げなドヤ顔をみせて、ますます頭が混乱する。

　―――まさか今のが、泣いたつもりなのかな？

「あ、いけない」

　一瞬呆気に取られていたが。

　ともかく、早く伝えなければならない。

「……ぇぐっ、……うぇぇ……あ…あ…ああ………」

　女主人がえずき始めたのだから。

　こちらが大泣き寸前である。

　口をこの上なく大きく開けて我慢している状況だ。

　噴火寸前の火山の如く、爆発寸前である。

　脳筋なお方だから大暴れに発展してしまうだろう。

　既に安産用にと持たせておいた拳大の魔石が粉々に砕け散っている。

　ラニーは、え、アレって砕けるものなの？と恐怖しながらも声を張った。

「テレスティア様！テレスティア様！

　大丈夫です！

　とっても元気な女の子ですよ！

　立派な跡継ぎが生まれましたよ！」

　元気というところは少々盛ったところだが、もう大丈夫だろう。

　スヤスヤと寝息をたて始めたのだから。

「えぐっ…えぐっ………え、マジで？」

　女主人は一瞬、惚けた貌をした後。

　勇ましく吠えるように泣いて、喜びを爆発させた。

「あああああああああ！よかったーー！」

「おめでとうございます！」

「おめでとうございます」

　その後、へその緒を切り産湯で処置されて、大物ですよと渡された我が子をヒシっと抱えながら。

「ローズ！貴女の名前はローズよ！

　ローズ・アルファ・ザッツバーグ！

　薔薇の家紋を背負う、立派な主人になりなさい！」

「zoo ……zoo……zoo…」

　わあわあと騒ぎ立てる母に対して。

　赤子は一切起きる事なく寝息を立て続けた。

　―――なんとも太々しいお顔だ。絶対に大物になるよ、このお方は。

　ベテラン産婆さんのラニは間違いないと首をゆるゆると振った後、女主人に目を向けた。

　―――しかし、まあ、それにしても。

「よーし！祝杯をあげよう！

　誰か！酒をもてーい！

　ワインだ！赤と白、両方持ってこーい！」

「テレスティア様」

　控えていた侍女が、すかさず前に出てダメ出しを始める。

「授乳があるのでアルコールはダメです」

「えーーーーーーーーーー、ちょっとだけならいいんじゃないかな？」

「ダメです。禁酒続行です」

「えーーーーーーーーーー、ならば舌の上に垂らすだけくらいなら」

「ダメです」

「えーーーーーーーーーー、わかった。先っちょだけでも」

「ダメ」

「お願い。絶対にペロペロしないから」

「ダメ」

「動かさない、濡らすだけでも」

「ダメ、絶対」

「えー、お願い」

「ダメ」

「えー」

「ダメ」

―――出産後にして、こんなに元気な母親も見たことも聞いたこともないよ。

　ラニーは、大仕事を終えたばかりのテレスティアのタフさ加減にも度肝を抜かれていた。

　その後も宥めるのに苦労したのは言うまでもない。