剣聖リュウキは魂を燃やしてこの一瞬に賭ける!

 

 ◆◆◆◆◆



 勇者パーティの一人、剣聖リュウキ。

 神聖国出身の彼は幼い頃に孤児となり、教会に保護された。

 孤児院では一つ下の弟と同時期に保護された現聖女アニエスと幼少期を過ごし、三人は本当の兄弟のように仲が良かった。

 神聖国において、男の花形と言えば聖騎士で、次点が神官である。

 リュウキもまたその花形に憧れる普通の男の子だった。

 しかし魔力に恵まれずに体力もそこそこだった為、その神官も聖騎士になる道も早々に諦める事になった。


「何を暗い顔をしているの?魔力測定の結果のこと?」


「アニエスか。うん。

 聖騎士団に入りたかったんだけど、素質無しと判定されたんだ」


「そうなの?」


「魔力が全く無かったんだ。それで無理だってさ」


 アニエスは下を向くリュウキの頬を、両手でむぎゅっとして強引に上げる。


「リュウキ」


「アニエス」


「人には得手不得手があるのだから、しょうがないじゃない。

 そういう荒事はこのお姉さんに任せなさい。

 リュウキは穏やかだし誰よりも優しい性格なんだから、どうせ闘うなんて荒事は出来ないでしょう?

 それならば平和的に人と接する仕事が良いと思うのよ」


「そ、そうなのかな?」


「そうそう。ホテルなんてどうかしら?

 今度新しいホテルが建つみたいよ。

 教会のお偉いさんが言ってたわ。

 孤児院の卒業生を優先して雇うみたい。

 まぁそんなに贅沢は出来ないかもしれないけど、そこは聖女になるこの私に任せてよ」


 リュウキと違い、魔力に優れていたアニエスは、既に聖女候補としての訓練を受けていた。その素質は大聖女マリアをも超える逸材だと期待されていた。


「ア、アニエス」


「魔物討伐を受けまくって金一封を貰いまくるから、その時は兄弟で屋台巡りに行きましょう。

 端から端まで、全店舗の制覇を目指すわよ」


 なんとも頼もしく胸を張るその姿に、リュウキは落ち込んでいたのがバカバカしくなり、笑いが込み上げてきた。


「ふ、ふふ、わかったよ。荒事はお姉さんに任せるよ」


「任せなさい。姉として貴方たち兄弟が結婚するまで責任を持って面倒を見てあげるわ。どうせ私は三十歳までは結婚出来ないだろうしね」


 聖女は三十歳までは職を辞する事が出来ない。お忙しい職業の為、結婚するという選択が難しくなる。また、国に引き上げて貰ったという恩があるので、彼女のような孤児出身者たちの愛国心は果てしなく、国を出て出奔する人は稀である。


「ありがとう。お姉さん」


 誰よりも明るく、そして優しい、そんなアニエスに慰められて直ぐに立ち直る事が出来た。


 神聖国は孤児が全世界から集まってくる。

 そしてその孤児が主導して作り上げた国であり、孤児に対する保護活動が盛んだ。

 孤児院を出た後も、さまざまな仕事が斡旋されるように出来ている。

 給金は安いが衣食住が保証される為、飢えることも凍えることも無い。

 国民全体が熱い絆で結ばれている慈愛の国だ。


「リュウキ、リューク。

 お姉ちゃんが国ごと守ってあげるから安心して暮らしてね。

 ちゃんと様子を見に来るから屋台巡りの件、忘れないでよね」


 この言葉を残して、十五歳になったアニエスは聖女となる。

 聖女様は忙しい。

 日々の修練は厳しいし、治療行為や魔物の討伐、依頼があれば外国にも派遣されたりと大忙しだ。

 しかしアニエスは約束通りに、忙しい合間を見つけてはリュウキとその弟のリュークに会いに来て、色々と面倒をみていた。


「リュウキ、今日は午後からお休みだから遊びに来たわ。

 はい、これ。治癒院でもらったクッキーよ」


「アニエス、いつもありがとう。

 でも偶のお休みくらいゆっくり休んだ方が良いよ」


「ここは私の実家みたいなものよ。

 帰省してちゃんとリフレッシュ出来ているわよ。

 それに、弟の様子を見に来るのは、お姉さんとして当然のことだから、変な気は使わないでよね。

 そんな事よりリュークを連れて屋台に行きましょう。

 金一封が出たからお姉さんが奢ってあげるわ」


「え、また出たの?ほぼ毎週じゃないか。

 魔物ってそんなに出るものなの?」


「小さなモノでも率先して手を挙げてるのよ」


「危険じゃないの?」


「お姉ちゃんは優秀だから心配要らないわよ」


「で、でも」


「全店舗制覇するまでは止まらないわ」


 リュウキは、そんな得意気で姉貴面をするアニエスを、ハラハラとしながら眩しそうに見つめていた。



 孤児院を出た後。

 リュウキはアニエスの進言もあってホテルの仕事についた。

 国賓なども利用する一流のホテルだったが、真面目なリュウキは厳しい選別を潜り抜けてみせた。

 お給金は安いが、国が経営していた関係で従業員が全員孤児院出身者だった為、気軽に安全で色々な人と出会えるしで、とにかく楽しかった。


「あれ、アニエス。今日は元気がないね。どうかしたのか?」


「うーん、実は――」


 ただ、珍しく雲り顔で見るからに落ち込んだ様子のアニエスが、魔物討伐の任務で死にかけるような怖い目にあったという話を聞き、どうする事も出来ない自分に心苦しいと感じていたが。


 それはある日のホテルにて。

 リュウキは客として訪れていた高名な、おサムライ様に、隠されていた才能を見出される事となる。


「む、お主」


「え?」


 客室にて、案内係りとして荷物を持って付き従っていたリュウキを、おサムライ様はマジマジと見回し始めた。


「生命力が異常に高いな。

 過去に見たことがないほどだ。

 某が湖だとしたら、お主は大海の如くだ。

 未だそれは穏やかだが、目覚めていないだけのことよ。

 眠れる獅子と言ったところかの」


「ええ?」


「どうだ?某から師事を受けてみないか?」


 そのおサムライさまは、聖騎士団の剣術指南のために海外から招聘した国賓となる人物であった。

 細く貧相な御老人だが、この日の修練では、聖騎士団の猛者たちを軽く一蹴した達人だと、耳にしていたリュウキは緊張の最中だった。


「不躾にすまぬ。

 某はもう隠居した身だが、お主をみて血が滾ったのだ。

 これまで百人を越える弟子たちを育ててきたが、未だに某を越えたものはいない。

 だが、お主には素質がある。

 今日見た聖騎士団の誰よりもだ。

 若くして某を超える逸材だと断言できるほどに。

 是非、我がサムライの国に招きたい所存だ。

 老骨の冥土の土産に、どうだろうか?」


「え、あの、でも、僕には魔力が無いみたいなんだけど。

 非力だし体力にも自信がないよ」


 この国では魔力が無ければ戦闘職は難しいとされている。

 聖騎士になる道も早々に断たれた。

 強くなるなど、もうとっくに諦めてはいるが、しかし、国家レベルの重要人物、お偉いさんからのお言葉だ。

 このお方はそんな立場にも関わらず、こんな若造に下手に出ている。

 リュウキの心に、もしかしたらという疑念の火が灯った。


「我らサナダ新陰流は生命力、即ち氣というものを流用するのだ。

 魔力も膂力も関係ない」


「魔力が無くても」


「ああ、関係ない」


 穏やかで優しげな雰囲気の好青年、リュウキの目が細まり、鋭いものへと変わる。


 まさかとは思いつつ、端的に問う。


「僕は………強くなれるの?」


「ああ。なれるとも」


 断言されたその言葉に、疑念の小さな火が燃え上がり、炎へと変わる。

 されども、まさかとは思いつつ、再びに問う。


「聖女を守れるくらいに?」


 まさかこの僕に、あのアニエスを守ることが出来るのか?


「それはお前の努力次第だ」


 ――努力すればなれるというのか。


 炎は灼熱となって疑念を燃やし尽くすと、それは確固たる決意へと成り変わった。


「お前にはその素質がある。

 努力次第では、この国の最高峰にまで上り詰める事も出来る」


「わかりました」


 ならば答えは決まっている。

 もう二度とあんな顔をさせるものか。


 リュウキは深々と頭を下げた。


「どうか宜しくお願いします。おサムライ様」


 おサムライ様は、ニッコリとして頷いた。


「うむ、こちらこそ宜しく頼む。

 諦めていた夢を蘇らせてくれたのだ。

 某こそ、感謝するぞ」


 こうしておサムライ様と修行の旅に出た。

 数々の諸国を巡り、果ては師の故郷、海を越えた先にある小さな南の島、サムライの国へと辿り着く。

 アニエスを守れる力を手にしたい。

 今まで受けた恩を返したい。

 そんな一心で刀を振り続けた。

 リュウキには本当に素質があった。

 百年に一人と言われる程に。

 たった五年で師を倒し、剣聖と呼ばれるまでに成長を遂げる。

 そして、免許皆伝となって帰国した折に、アニエスの加入した勇者パーティにスカウトされた。

 望み通りにアニエスを守る立場を手に入れたのだ。


 帰国後、どれくらい強くなったのかを披露する場の出来事。


「久しぶりね、リュウキ」


「アニエス」


 リュウキは聖女アニエスと立ち合うことになった。


「お姉ちゃんが揉んであげるわ。本気でかかって来なさい」


「ふふふ、弟の成長に腰を抜かすなよ」


 その闘いは凄まじく、リュウキの剣技は聖騎士団の誰よりも洗練されていて何よりも美しかった。

 立ち合い後、誰もが剣聖の剣技を賞賛する中、リュウキの顔は曇っていた。


「アッハッハ、リュウキ、強くなったじゃん。お姉ちゃんはびっくりしたよ」


「あ、ああ。いや、アニエスこそやるじゃないか」


 ――つ、強すぎるだろ。びっくりしたのはこっちだよ!


 聖女アニエスは恐ろしいほどに強かった。武者修行で立ち合った数々の達人たちよりも。

 アニエスを守る為なのか、結局は守られてしまうのか、分からなくなるほどに。

 何せ、接近戦で剣聖であるリュウキとほぼ互角に打ち合い、距離が離れればビーム砲を発射し、奥義を用いてなんとか傷を負わせたとしても、たちまちに癒してしまうのだから。

 勝ち筋の見えない、そんな闘いだった。

 聖女とはこの国で最強を示す称号であり、その十人いる聖女の中でもアニエスは抜きん出た存在であった。


「やれやれ、武の道は果てしなく、我が姉という頂きは未だ遠いな」


 リュウキは苦笑しながらため息を吐き、空を見上げた。

 空は何処までも澄んだ青色で、リュウキの心を示しているようだった。


 ともあれ、肩を並べて闘えるほどには強くなった。


 ◇◇◇◇◇



 そこは、闘技場だった。

 空は星一つない真っ暗な夜。

 全方位で篝火が炊かれている。

 周囲には城壁のような高い壁がぐるりと360°。

 空気は重く、濃密な殺意を肌で感じる。


「逃げ場は無いか」


「………。」


 目の前には身の丈三メートルを優に越える無言の大男だ。

 どう見ても人ではなく、死の気配を孕んだドス黒い瘴気を漂わせている。


「何だコイツは?まぁどうみても敵か」


 距離は五間。

 二メートルを超える大剣を大地に突き立て、腕を組んでの仁王立ちだ。

 厳つい兜に黒曜に煌めく重厚な鎧姿、重装備の騎士だ。


「お前が悪魔か?」 


 リュウキの問いに、大男は低い声で偉そうに言う。


「我は魔戒騎士。大魔王様の盾也。

 ここから出たければ力を示せ」


「そうか、ならば押し通るのみ」


 リュウキは腰の刀をシュルリと引き抜くと、大男との距離をゆっくりと詰めた。




 ガキン!ガキン!ガキン!


 もう何合打ち合ったのだろうか?

 幾重にも斬撃を重ねるが防御を突破出来ない。

 いや、剣技は通じているのだ。

 繰り出すその全てがクリーンヒットしている。

 問題は鎧だ。

 硬い、硬過ぎる。

 重厚な鎧に全てが弾かれてしまう。

 刀との相性が悪すぎる。

 無理に断ち切ろうとすれば折れてしまうだろう。

 体力が削られるばかりだ。

 幸いスピードはこちらが上、大剣を回避するのはそう難しくない。


「クソッ」


 一旦仕切り直しと、距離を取る。


 ―――さて、どうすればダメージを与えられる?


 息を整えながら思案するリュウキに、微塵も疲れを見せない魔戒騎士が偉そうに言う。


「ふむ、なるほど。

 見事な剣技だがいかんせん非力也。

 我の防御を突破出来ないようだ。

 どれ、こちらも一つ、技を披露しよう」


 魔戒騎士は大剣を刀に肩に担ぐと、魔力を練り始めた。

 肩口の大剣が黒檀の魔力をブワリと纏い、次の瞬間、超高速でぶれる。


「【魔戒破壊斬】!」


 瘴気を纏った黒い斬撃が襲いかかってくる。

 魔力のないリュウキには、その魔力の斬撃は見えにくい。

 不覚にも反応が遅れてしまう。


 ―――しまった。


 目を見開き、瞬時に下半身に氣を巡らせて横へと跳ねる。

 間一髪。

 ギリギリで回避してみせたつもりだが、瘴気の余波を喰らってしまう。


「ぐっ!」


 身体が燃えているように熱い。

 全身から血が噴き上がった。

 瘴気は全身を蝕み、体力をゴリゴリと削られてしまう。


「ぐおおお!」


 ゴロゴロとのたうち回るリュウキに、魔戒騎士が大剣を肩に担いで呆れたように言う。


「いやはや、人族はなんとも脆く儚いものよ」


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


「まだトドメは刺さん。待っててやるから息を整えろ、人間。

 もっと限界ギリギリ、死ぬ寸前まで抵抗を止めるな。

 最後に絶望してから美味しく喰らってやる」


「く、くそ」


 刀を杖代わりにしてゆっくりと立ち上がる、肩で息をする血塗れのリュウキ。


 ――とにかく、落ち着け。


 ふうと息を吐き、身体の具合を確かめる。

 震える手を見つめながら、あと一撃も保たないと悟ると、決死の覚悟を決める。


 ――氣を一点に集中させて、それを燃やし、最後の一時に賭けるしか無い。


 息を整えながら気を鎮め、そして、氣のコントロールに従事する。

 手足の爪先、頭の天辺、指先から頭まで、その端々から腹下の中央へと全てを集め、それを一息で練り上げる。

 全力の全開だ。後のことなど考えない。

 人をエサとしか見ていない悪魔だ。

 こんな奴をのさばらせる訳にはいかない。

 例えこの身が朽ち果てようとも、コイツだけはここで倒す。


「はああああああああああ!」


 腹の奥底のさらに深いところ。

 集めた氣がシュルシュルと渦を巻き、それは直ぐに激流と化す。


「【獣化ビーストモード】!」


 サナダ新陰流の秘奥義【獣化ビーストモード

 端的に言えば身体強化術である。

 しかしその効果は人族の限界を天元突破するほどである。

 タイムリミットは命尽きるまで。

 もう二度と戻れなくなるが、そんな覚悟は出来ている。

 微塵も迷う事無く、魂を炎に焚べてリミッターを解除する。


「我が魂よ!この一瞬に狂い咲け!」


 カッ!


 炯然たる鮮紅が弾け飛んだ。


 爆発的に膨れ上がった氣はリュウキの全身を覆い尽くした。

 それはまるで、命が燃えているような有り様だ。

 紅蓮を纏った五体は、人という殻を破り捨てた獣と相成る。


「グワッハッハッハ!」


 魔戒騎士が両手を大きく広げて、愉快気に、そして尊大に告げる。


「素晴らしいぞ、人間。良い気合いだ。

 最高の糧となるために最後の最後まで足掻いてみせよ」


 ドドドドドドドドドドドド


 常軌を逸っした心の音のBGMが鳴り響く。

 筋肉が肥大化し、全身に、はち切れんばかりの血管が浮かび上がった。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ」


 獰猛な息を繰り返す様は肉食獣の如し。

 土色と化した肌は死者の如く。

 赫赫たる目には狂気が宿り、歯を剥いた口端からは血が零れ落ちる。

 その貌は凶相にして死相。

 尽きる前に一瞬だけ瞬く、蝋燭の炎なり。


「次で死ぬ気か。最高だぞ、人間。ククク」


 身命を賭したその覚悟を魔戒騎士は嘲笑うと、大上段に構えた。


「受けてやるぞ、人間。せいぜい死ぬ間際まで抗ってみせろ」


「はあ、はあ、はあ、……ああ、……しばし、待て」


 震える手を差し出して、呼吸を整える。


 どこまでも傲慢な奴だ。

 まぁ今は、そんな事はどうでも良い。

 それよりもしなければならない大事な事がある。


 リュウキは刀を腰の鞘に納めて、ゆっくりと息を吐いた。

 荒々しかった呼吸を無理矢理に鎮めては、姿勢を正して瞳を閉じ、軽く頭を下げる。


 ――今まで、ありがとうございました。


 念じたのは感謝の心。

 何もない孤児だった幸せな今を作ってくれた。

 国、教会、孤児院、宿屋、師匠、師の故郷、弟、そして、血の繋がらない姉であるアニエス。

 世話になった多くの人たちへの謝意を込めた一礼。

 それは直ぐに終わる。

 時間をかける訳にはいかない。

 命の灯火はもう間も無く、消えてしまうのだから。


「待たせた」


 ゆっくりと目を開き、魔戒騎士を正面に捉える。

 距離を測って狙いを定める。

 標的は心の臓、使うはサナダ新陰流の奥義。

 力を抜いた自然体からの初動が肝となる抜刀術。

 構えはしない直立不動、無形のままに告げる。


「これが、最後だ。いくぞ」


 グラリと前へ、倒れ込むような姿勢から一足跳びに踏み込んだ。

 しなやかなる躍動は一陣の風の如し。

 距離を一瞬で溶かし、不動の魔戒騎士、その懐深くまでの侵入を遂げ、強く、強く、ただただ強くと息を吐き散らす。


「【真・滅魔抜刀術】!」


 納めていた刀を引き抜き、電光石火の一閃と成る!


 シャキーン!


 命を燃やした剣技は奇跡を起こした。

 艶のある重厚な鎧。

 魔石で形成されたそれは、魔界一の硬度を誇る。

 その心の部分がパッカりと砕け散り、念願の生身が露わとなる。

 燃えるような赤い肌が目の前に。

 勝機はこの一瞬だと、そこに切っ先を向けて満を持して念ずる。


 ――【牙突】!


 師から初めて教わったサナダの剣技。

 標的に対して、最短距離をただただ真っ直ぐに突くという至って単純な技だ。

 だが、最も極めた技であり、血の滲む努力による研鑽は奥義である抜刀術をも凌駕する究極へと昇華している。


「があああああ!!!」


 リュウキが獣のように吠え猛る。

 血の涙を流し、全身の血管はハチ切れ、筋肉のブチ切れたこれが、生涯最後の一突きとなる。

 死を覚悟して燃やした心。

 長年積み重ねて磨いた技。

 鍛え抜かれた肉体。

 心技体、その全てが噛み合い、そこに生命力を加えた事で、人族の限界を超越してみせた。

 燃え尽きる、今はのきわの刹那の時の中。

 限界を超えたその一閃は、音を置き去りとする光の速さにまで到達し、剥き出しとなった赤い肌を完璧に捉えた。


 ガキン!


 無常にも。


 刀がそれに応えられなかった。

 根元から真っ二つに断たれてしまう。


「グワーハッハッハッハ!

 我の身体は鎧よりも硬いのだよ、下等なる人間よ」


 どこまでも下に見る魔戒騎士の眼下にて。


 ――負けたか。


 瞳の色を無くしたリュウキが崩れ落ちる。


 だが後悔は無い。

 我が生涯、最高の一撃だと自負した技だった。

 ただただ自分が至らなかっただけ。


 しかし、それでも。


 心残りが一つだけ。

 幼馴染にして大切な姉。

 花嫁姿のアニエスを目にする事が出来なかった。

 それだけが無念。


「中々に楽しめたぞ、人間。絶望に沈め」


 容赦なく振り下ろされた大剣にリュウキは両断され、その魂は丸ごと吸い込まれた。


 ――アニエス。ジークと、どうか幸せに。弟よ、後は頼む。


 それは決して恋心ではなく、ただただ深い家族としての愛情だった。

 その想いを最後にリュウキの魂は消滅した。


「ほう、聖女アニエスか。コイツの魂も美味そうだ。

 全ての力を出させた末に、無残にも美味しく喰らってやるぞ。

 ワッハッハ!」


 その残酷なる呟きは、魂無きリュウキに届く事は無かった。



 だが、しかし。


 この一部始終は、救世主たる彼女の記憶に刻み込まれた。


 ――たかが悪魔風情が、ふざけた真似を。


 この人族を舐めた行為は彼女の逆鱗に触れた。そして因果応報の裁きが下されることとなる。

 その沙汰は天罰と言っても過言ではない。

 人族をエサとしか見ていない傲慢な悪魔に相応しい、何とも傲慢で、理不尽で、未来永劫終わらずに繰り返されるという、そんな人智を超える罰となるのだから。



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