分断されど、小さな聖女は焦らない。

 戦いは、いきなり風雲急を告げた。


「お兄様!」


 勇者、剣聖、魔法使いと、アタッカーの三人が突として消えた。

 主力のいきなりの脱落に、コリンナの心情は如何なるものか。


 ―――焦るな。状況を確認しよう。


 困惑したのは一瞬だった。

 目力を強く、直ぐに思考を巡らせる。

 彼女は聖女だ。

 それもとびきり優秀である。

 近い将来、次期大聖女のアニエスをも越える逸材だ。

 弱冠十歳にして、勇者パーティに加入したのも伊達ではない。

 本番に強いタイプであり、闘いの中で成長していくという生粋の天才である。

 生まれながらにして、リーダー気質も兼ね備えている。

 そして、柱である勇者のいなくなった今、此処で、自分が立て直さなければならないという使命感が芽生えた。

 元より勇者が前線に出た時点で、全体の指揮権はコリンナに移行する手筈となっている。

 左右に展開する餓狼の戦線も踏まえて、全体のバランスを見ながら回復などの補助に務める所存である。

 頭の中でのシュミレーションは何度も繰り返している。


「コリンナ!どうする!」


 コリンナの直ぐ目の前。

 両手に短刀で構えるリリーが肩越しに指示を仰ぐ。

 鋭い眼差しで、その意思のある瞳が何を言いたいのかを物語っている。


 ―――撤退するのか?それとも?


「はい!」


 幼くとも力強い返事だった。

 コリンナは薄い胸を張って続ける。


「三人は悪魔の結界に囚われてしまったものだと思われます。

 悪魔の文献としてそのような記述があったのを記憶しています。

 恐らくは、悪魔の幹部、もしくは魔王の下へ飛ばされてしまったのかと」


 女神にとって、悪魔とは不倶戴天の敵である。

 女神に仕える第一人者として、聖女は悪魔の性質をある程度は学習している。

 過去には人類の手に負えない大悪魔を、天使を召喚して討伐したという記録も残っていた。


「そうか、ならば」


「はい!」


 再びの力強い返事だった。

 コリンナのその大きな瞳には、必ず果たすという確固たる覚悟が込められている。


「お兄様たちがそれを打ち破り、帰還するのをここで待ちます!

 それまでは一人も欠けることのないようにしましょう!」


「わかった。餓狼もいいな!」


「おーす!了解だー!」


 餓狼のリーダー、ハルトがサムズアップして了承を示した。


 コリンナを中心に、その斜め前にはリリー。

 左右に餓狼五名ずつという布陣で勇者たちの帰りを待つ事となる。


「にゃーはっはっは!」


 白猫の悪魔がコリンナを指差して言う。


「大当たりだにゃ。

 お前、ちっちゃいのに物知りな人間だにゃあ」


「それはどーも」


 ペコリと、律儀に頭を下げるコリンナ。

 太々しい貌で、こんなモノはピンチではないという態度。

 戦場での経験は、この短い時間でも確かな成長を促した。

 その面持ちは歴戦の雰囲気を漂わせ始める。

 百年に一人と言われる天才少女の真価がここに発揮された。


 ―――私がコントロールして戦線を維持する。


「フフ、流石は聖女様だ」


 ニヤリと口端を上げるリリー。

 本番に強いなと、その頼もしさを背中に受けながら、戦闘前、死ななければ必ず私が癒しますと言われたのを思い出した。


 ともかく、誰も欠けることなく時間を稼がなくては。


 コリンナは身の丈を超える聖女の杖を構え直し、そして魔力を練り始めた。

 金色の魔力がコリンナの全身を覆い尽くす。


「にゃっはっは〜」


それを見て、白猫の悪魔が満足そうに笑う。


「威勢の良い人間たちだにゃ〜。

 ご褒美に、名前を名乗ってやるにゃ。

 吾輩の名前はカチューシャ。

 じゃあ、始めるかにゃー」


 言って、右の手を見せつけるように突き出し。


 パチーン!


 指を鳴らした。


 カチューシャの傍らからニョキニョキと生えてくる。

 コピーをしたかのような、カチューシャそっくりのモノが。

 全身白タイツをピッタリとしたような、しなやかな女体。

 猫耳を模った頭部に目鼻に口の無い、のっぺらぼうである。


「にゃっはっはっは。

 これは吾輩の眷属にゃ。

 まずは小手調べ、行くにゃー」


 言うと同時に腕を振るうと、隣りの猫型がダッと駆け出した。


「任せろ」


 リリーがコリンナを守るように背中に隠して、迎え撃つ構えをみせる。

 リリーは人族最高峰の軽業師にして、初見の相手に対するスペシャリストだ。

 向かって来る猫型を瞬時に分析して解析し、即座に適したアクションを選択する。


「っ!」―――魔法を使う気配は無く、一直線に向かって来る。スピードも並。全くもって脅威を感じない。つまりは雑魚ということ。ならばとっとと排除するのみ。


 左右の短剣を逆手に持ち変え、爪を立てた猫パンチをヒラリと半身になって回避すると、無防備な背後に向けて、ズバッとクロスの一閃とする。


「閃!」


 猫型は声も無く煙が消えるようにして霧散した。


「ほう」


 しかし、カチューシャはニヤリと余裕。


「やるにゃあ。人間」


 再び指を鳴らした。


 パチーン!


 カチューシャの左右から、猫型が再びニョキニョキと生えてくる。

 今度は倍の二体だ。


「どんどん行くにゃ、人間共」


 聖女コリンナ&シーフリリー対白猫の悪魔カチューシャの闘いが幕を開けた。


 ◇◇◇◇◇


 一方、餓狼と巨漢の悪魔二体との闘いは一足早く始まっていた。

 餓狼は国に一組いるかいないかというSランクの称号を持ったパーティだ。

 全員が凄腕の精鋭部隊である。

 魔獣退治はお手のもので、巨漢の悪魔は魔法を使わないパワータイプだった為に相性が良かった。

 大振りの斧を回避しては一撃を返し、距離をとっては魔法を放つといったヒットアンドアウェイ戦法。

 決して無理はせず、命大事にという作戦に終始する。

 悪魔は戦った事はおろか見た事も無い。

 古い伝承では頭を落としても死なないという。

 そんなもの、人の身で倒し切れるのか甚だ疑問である。

 ハルトが大斧の一撃を加えても全く手応えを感じない。

 ならば、指揮官の少女に従って時間を稼ぎ、勇者様方英雄たちが帰還したら頼もうぜという心算である。


 ◇◇◇◇◇


 時を同じくして、前線でも動きがあった。


 悪魔の儀式が完成を遂げてしまうのだ。


 大きな輪を作って魔力を注ぐ悪魔たち、その中心で明滅している魔法陣が一際妖しく強い輝きを発光すると、

 黒い瘴気が禍々しく立ち上り、そして、誕生する。


『オ、オ、オ、オ、オ、オ』


 この世のものとは思えないおどろおどろしく嘆くような声が響いてくる。

 魔法陣中央、地より浮かび上がってきたのは一人のアンデッドだった。

 身の丈は三メートルを超える骨だけの巨体。

 瘴気を纏わせた黒のローブを羽織り、一角獣のようなツノを生やした髑髏の頭。

 それは、三年前に討伐した不死の魔王ネルドロスであった。


『オ、オ、オ、オ、オ』


 続け様に、アンデッドの群れがワラワラと生まれてくる。

 次から次へと止まらない。

 それは瞬く間に百を超え千を超え、尚も湧き出てくる亡者の群れに、前線は騒然となった。


 その一報は直ぐに大将軍まで届けられる。


「不死の魔王だと!」


「はっ!その後も次々とその配下が召喚されています。

 前回同様、スケルトンやグールにゾンビ。

 指揮官のリッチーも確認しました」


 三年前の悪夢再び。

 悪魔の群れに、不死の魔王がアンデッドを引き連れての参戦である。

 驚愕の事実にしばし固まってしまう。

 しかし、びびっている場合ではない。


「閣下!指示を願います」


 早く手を打たなければ。

 弱い者から死んでいくのだから。

 頭を振って直ぐに立て直し、命令を下知する。


「盾持ちを配した防御陣形を取れ。前線は精鋭を配置せよ。

 負傷した者は直ぐに後方に下げて治療させるように。

 死者を出さないように守りを固めて、反撃の刻を待て!」


「はっ!了解しました!」


 とりあえずは無難な策を投じた。

 不死の魔王は命を奪った相手を傀儡として操ってしまう。

 少しでも犠牲を出さないようにするしかない。

 勇者一行はこの場にいない。あの姫将軍もいない。

 魔王を討てるとしたら、それは英雄たちだけ。

 しかし、彼の国が援軍に来てくれれば。

 大将軍はそう思い、自然と目を向けていた。

 援軍用に設置されている転移魔法陣のある城塞都市の方角に。



 ◇◇◇◇◇


 同刻。

 戦場後方にある城塞都市。

 その彼の国こと、神聖国より援軍が到着した。

 大聖女を筆頭に五人の聖女。

 聖騎士を主体とした精鋭部隊が馳せ参じたのである。

 数は百程度だが、全員が手練れ、万の大軍にも匹敵するほどの大戦力だ。


「アッチだな」


 門を出たところで、大聖女マリアが戦場の方角に目を向ける。


「瘴気が膨れ上がっている。

 既に開戦した模様だ、急ぐぞ」


「応っ!急ぎ列を成せ!進軍だ!」


 大聖女を先頭に神聖騎士団が進軍を開始した。

 その速さは馬をも置き去りとする速さだった。


 ◇◇◇◇◇◇



 混沌としてきた戦場から離れた遥か東の地。

 とある領主館の食堂にて。

 食事中だった美貌の女領主は大きなお腹を抑えながら言った。


「う、産まれる!」


「テレスティア様」


 背後に控えていた侍女が一歩前に出る。


「では、お産婆さんを呼んで来ますので、寝室で横になっててください」


 と、至って冷静にそう言い残し、そのままスタスタと部屋を出て行ってしまった。


「ええ?」


 振り返りもしない侍女に女領主はキョトンとして疑問を述べる。


「肩を貸してくれないの?

 妊婦を一人にするつもりなの?

 そして、何故そんなにも冷静なの?

 心配とかしないの?」


 女領主はブツクサと文句を言いながらも素直に指示に従い寝室へと向かった。


「まったくあの侍女は、幼い頃からの付き合いとはいえ主人を軽んじている。

 まぁ、とはいえ、ようやく禁酒生活も終わりだ。

 あー、早くワインが飲みてー」



 薔薇の誕生までのカウントダウンが始まった。

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