第7話:君とイルミネーションを一緒に

「ねえ、すう。今更なんだけどさ、ママの仏壇って家にある? 挨拶しても良い?」


「うん。こっち」


仏壇のある和室に彼女を案内する。彼女は仏壇の前に正座するとりんを鳴らして語り始めた。


「初めまして。黒須聖って言います。すうの同級生で……えっと……恋人です。今日、付き合い始めました。挨拶が遅くなってごめんなさい」


仏壇に置かれた写真を真っ直ぐに見据えて、彼女は語る。聞いているのが恥ずかしくて、和室を出る。天国に居る母に語る彼女の声が聞こえてくる。ほんとに、真面目な人だ。


「……聖、話終わった?」


「うん。もう行く?」


「……うん」


「じゃあ行こうか」


「ちょっと待って」


私も仏壇の前に行き、鈴を鳴らして母に一言「行ってきます」と告げる。部屋の外で待ってくれていた彼女と合流し、玄関先にかけてあったマフラーを手に取ると、彼女から待ったがかかった。振り返ると、首にマフラーをかけられる。


「あたしからのクリスマスプレゼント。付けてて」


「……ありがとう。……プレゼント、私も用意してる」


私が用意したのは柚の香りがするハンドクリーム。友達にプレゼントしたことが無いから何が良いか分からなかったが、気に入ってくれたようだ。


「柑橘系の匂い好きかなって思って」


「好き。言ったことあったっけ?」


「ないと思うけど、話してるの聞いたことはある」


「えー? なにー? 盗み聞き?」


「違う。声デカいから嫌でも聞こえてくるんだよ」


「ふーん? でもそんな何気ない話覚えてるとか、すうってばあたしのことめっちゃ好きだね」


「……そうかもね」


なんてやり取りをして外に出る。鍵をかけたことを確認して彼女の隣に並んでしばらく歩いていると、彼女が左手の手袋を外した。そして私の右手の手袋を外して、私の左手ごとコートのポケットにしまった。彼女のコートのポケットの中で彼女の指が私の指にちょっかいをかけてくる。恐る恐る応えると、絡んできた。そのまま捕まって握り込まれる。手を繋いだだけなのに、ドキドキする。隣を歩く彼女の横顔を見上げる。平然した顔で「どうした?」と悪戯っぽく笑う。恋愛経験豊富ギャルめ。

そのまま手を繋いで駅まで行く。改札を通る時は流石に離れたが、それ以外はずっと繋ぎっぱなしだった。

街を行き交う人たちは二人組ばかりだ。友人同士の可能性もあるが、ほとんどは恋人同士なのだろう。そんな中を、私はいつもは一人で歩いていた。そのことを話すと彼女は「えっ。マジで? この中を一人で?」と苦笑いする。あたしにはちょっと無理かもという顔だ。私も正直、寂しいやつだと思われてるんじゃないかと気にしてしまわなくもない。だけど、どう見られても良いからイルミネーションを見たい理由があった。


「お母さんが居た頃は毎年見に来てたんだ。お母さん、好きだったの。イルミネーションが。だから……クリスマスになったらお母さんも見に来てるんじゃないかなって、思って。会えたりしないかなって」


 会えるわけなんてないと分かっている。だけど、こうして彩られた街を見ていると、母との思い出が鮮明に蘇ってくる。


「……お母さんのこと、話せる人が居ないから。だから……こうやって思い出さないと、消えちゃいそうで」


「……そっか」


 ふと、彼女が立ち止まる。流石に話が重かっただろうかと隣を見ると、真剣な顔で夜空を見上げていた。釣られて見上げる。都会の空はあまり星はよく見えないけれど、代わりに、電飾で彩られたクリスマスツリーのてっぺんで一つの星の飾りが輝いていた。


「……来年も再来年もその次も、一緒に観に来ようね」


「……その頃まで付き合ってるかな」


「んな! なんてこと言うのよー!」


「だって聖、長続きしないじゃん」


「そ、それは……まぁ。でも、あたし今確信してるもんね。この恋が最後になるって」


「……そうかな」


「確かに分かんないよ。気持ちが変わるかもしれない。でも、変わんない可能性の方が高いと思うよあたしは。すうのこと、めっちゃ好きだもん」


「……彼氏ほしいとか言ってたくせに」


「拗ねないでよぉー!」


「……来年」


「ん?」


「……来年も、一緒に居られたら、嬉しい」


「来年と言わず、再来年もその次も一緒に居るってば。ずっと一緒。でもまぁ、今は信じられないのも無理ないか。今日付き合ったばっかだもんね。あたしが熱しやすく冷めやすいのも事実だし。でも、本気だよ。本気の本気。すうとずっと一緒に居たいって思ってるよ。今は信じてくれなくても良いよ。これから時間かけて証明して見せるから」


 彼女はそう言ってまた空を見上げた。そして「あたし、この子のことマジで大事にしますからね」と呟く。


「……お、お母さんに向かって宣言しないでよ……」


「本気度が伝わるかなって」


 そう言って彼女は笑う。永遠の愛なんて信じてしまって、裏切られた時のことを考えると怖い。だけど、彼女なら、信じても良いかもしれないなんて思ってしまった。そう思うのはやっぱり、恋なのかもしれない。


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