第四話    金毛剣女

「でもよ、本当にこいつで間違いないのか?」


 俺がキョトンとしていると、破落戸ごろつきたちは何やらヒソヒソと話し始めた。


「一応、背格好は聞いていた通りだ。17、8の小僧でまげを結ってねえ短髪。士大夫しだいふ(貴族)でもねえのに、上等な長袍ちょうほう(男版のチャイナ服)を着てやがる」


「ああ、それに腰に差している奇妙な剣もそうだ。旦那から聞いた特徴と一致いっちしているぜ」


「だが念のため、もう一度だけ本人に聞いても良くないか?」


 そうだな、と6人の中でも体格の良い熊みたいな男がたずねてくる。


「小僧、お前は本当に孫龍信そん・りゅうしんか?」


「だから、そうだって言ってるだろ」


「やっぱりそうか。だったら、お前はここで死んでもらうぜ」


「おいおい、やぶから棒に何を――」


 言うんだ、と口にしようとしたときだ。


 突如とつじょ、6人の破落戸ごろつきたちは後ろ腰に隠していた短剣を取り出した。


 周囲から耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。


 同時に6人の破落戸ごろつきたちは一斉に襲いかかってきた。


 短剣も殺気も本物。


 間違いなく、この6人の破落戸ごろつきたちは俺を殺す気だ。


 それでも俺はまったく動じずに饅頭まんじゅうを1口分だけかじりついた。


 そして最初に猛進してきた男の突きを颯爽さっそうかわしただけでなく、絶好の時機タイミングを見計らって足を払う。


 すると最初に突っ込んできた男は、そのまま勢いを落とさずに饅頭屋まんじゅうや仕切り台カウンターに激突した。


 直後、俺は饅頭まんじゅうを1口分だけかじりつくごとに反撃する。


 ある者の顔面には突きを、ある者の腹へ蹴りを、またある者の首筋に手刀しゅとうを――。


 〈無銘剣むめいけん〉を抜く気などさらさらなかったので、短剣の攻撃を紙一重でけながら的確に急所へと攻撃を繰り出していく。


「くそっ、こんなに強えなんて聞いてなかったぞ!」 


 ようやく自分たちと俺との実力差を見極められたのか、頭目とうもくおぼしき熊男は他の5人を連れて一目散に逃げだした。


「一体、何だったんだ?」


 やがて俺が逃げていく破落戸ごろつきたちを見つめながら、1個目の饅頭まんじゅうをすべて食べ終わったときだ。


 なぜか、周囲から口笛くちぶえ拍手喝采はくしゅかっさいが沸き起こった。


「すげえぜ、あんた! 何て見事な立ち回りだ!」


「しかも饅頭まんじゅうを食いながら素手であしらうなんざ人間技じゃねえ。名のある武芸者なのか?」


「そこいらでやっている芝居を観るよりも胸が熱くなったわ」


 次々と俺をめちぎる言葉を野次馬やじうまたちから投げかけられたとき、その中でも誰よりも大きくりんとした声で「実に見事な技だったわ!」と言われた。


 俺はそのりんとした声の持ち主に顔を向ける。


 初めて見た異国の人間だった。


 年齢は俺と同じ18ぐらいだろうか。


 王都の東安とうあんでも見るのは珍しい金毛青眼きんもうせいがんの少女だった。


 しかもかなりの美形の持ち主だ。


 背中まで伸ばされている金毛きんもうは上等なきぬのようであり、目鼻立ちもそこらの同年代の娘と比べても比較にならないぐらい整っている。


 それだけではない。


 金毛青眼きんもうせいがんの少女は、流暢りゅうちょう華秦国かしんこくの言葉をしゃべっているのだ。


 商人……いや、異国の武芸者か。


 一般的に西方の国から異国人が華秦国かしんこくに来る場合、ほとんどの目的が商売のためだという。


 だが、中には武芸者と呼ばれる者がおとずれることもあった。


 目の前に現れた金毛青眼きんもうせいがんの少女もそんな武芸者の1人かもしれない。


 なぜなら、腰に立派な長剣を差していたからだ。


 さながら、金毛剣女きんもうけんにょと言うのがしっくりとくる。


 そう思った直後、俺は誰かに自分の肩をポンと叩かれた。


 振り返ると、そこには無愛想な饅頭屋まんじゅうやの主人のムスっとした顔があった。


 そして――。


「兄さん、全部で銀貨三両ぎんかさんりょう(約30000円)だ」


 と、饅頭屋まんじゅうやの主人は意味の分からない言葉を告げてきた。


「え? 何が銀貨三両ぎんかさんりょう(約30000円)なんだ?」


「店の修理代」


 あっ、と俺は饅頭屋まんじゅうやの露店を見て驚愕きょうがくした。


 先ほどの破落戸ごろつきの1人に突っ込まれたせいだろう。


 見事に露店ろてんの一部が損壊そんかいしている。


 饅頭屋まんじゅうやの主人はこの損害分を払えと言ってきたのだ。


 俺は正直に「すいません、もう金はないんです」とあやまった。


 ここに破落戸ごろつきたちがいれば話はまた別だったが、すでにどこかに逃げてしまっていて饅頭屋まんじゅうやの主人としては俺に請求するしかなかったのだろう。


 とはいえ、非常に困った。


 本当にまったく金はもうない。


 さりとて、〈無銘剣むめいけん〉だけは金にえたくはなかった。


「悪いがそれは通らねえぞ、兄さん。こっちも商売をしている身なんでな」


 それはよく分かる。


 だからこそ、俺はこうして逃げずにいるのだ。


 その気になればこの場から逃走するぐらいわけないが、それをしてしまっては人間としても道士どうしとしても尊厳そんげんを大きく失ってしまう。


 こうなったら、少しの間だけでも〈無銘剣むめいけん〉を質屋しちやに入れるか。


 などと俺が〈無銘剣むめいけん〉をちら見したときだった。


「お金なら私が立て替えましょう」


 見ず知らずの金毛剣女きんもうけんにょは懐から小袋を取り出すと、おもむろに銀貨三両ぎんかさんりょう(約30000円)を出して饅頭屋まんじゅうやの主人に渡した。


 これには俺も饅頭屋まんじゅうやの主人も目を丸くさせる。


「あなたの卓越たくえつした武芸の鑑賞料かんしょうりょうです」


 そう言うと、金毛剣女きんもうけんにょは俺から饅頭屋まんじゅうやの主人に顔を向けた。


「つかぬことをお聞きしたいのですが、この街の冒険者ギル……いえ、道家行どうかこうはどこにありますか?」


「え……あ、ああ……ど、道家行どうかこうなら」


 饅頭屋まんじゅうやの主人は何の前振りもない質問に対して、どもりながら口頭で道家行どうかこうの場所を伝えた。


「ふむ、ここからはまだ距離があるのですね」


 金毛剣女きんもうけんにょは「ありがとうございます、ご主人」と頭を下げた。


「近くに行ったらまた誰かにたずねてみます……それでは」


 用は済んだとばかりに、金毛剣女きんもうけんにょは通行人の中へと消えていく。


 一方の俺はしばしの間、ポカンとほうけてしまっていた。


 やがてハッと気づいたのは、10呼吸(約50秒)ほどが経ってからだろうか。


「いやいやいやいや、そんなもの駄目だめだろ!」


 どこの誰かは知らないが、立ち回りの鑑賞料かんしょうりょう銀貨三両ぎんかさんりょう(約30000円)なんて出されたらたまらない。


 もしかすると、異国人のためこの国の通貨の価値がいまいち分かっていなかったことも考えられる。


 だとしたら金毛剣女きんもうけんにょにとって一大事だ。


 とにかく、もう一度会って話をするしかない。


 俺はすぐに駆け出して金毛剣女きんもうけんにょの後を追った。


 

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