第三話    今後の行く末

 さて、これからどうするか。


 ふあ~、とあくびをしながら孫龍信そん・りゅうしんこと俺は大きく伸びをした。


 現在、俺は街の大通りの中にいる。


 そして、すでに太陽の光は真上から容赦ようしゃなく降り注いでいた。


 つまり、今はもう朝を通り越して昼なのだ。


「意外と安宿でもぐっすり眠れるもんなんだな」


 孫家そんけの屋敷から笑山しょうざんに追い出されたあと、俺は自分で場所を調べて素泊まりの安宿に泊まった。


 屋敷の布団の寝心地に比べたらだったものの、手持ちの金が銅貨五両どうかごりょう(約5000円)ほどしかなかったので仕方がなく一泊したのである。


 しかし、これでほとんど手持ちの金は無くなってしまった。


 せいぜい、あとは一食分の飯代ぐらいしか残っていない。


 その銅貨五両どうかごりょう(約5000円)も手荷物を入れた袋にたまたま入っていただけで、何か仕事を見つけなければ今日から浮浪者の仲間入りだ。


 だが、今まで食客しょっきゃくだった者に仕事など簡単には見つからない。


「残る手立てはこの〈無銘剣むめいけん〉を売り払うぐらいか……」


 俺は腰帯こしおびに差していた長剣をちらりと見る。


 森の中で気づいたときから片時も離さず持ち歩いている剣だった。


 というか、どこかに置き忘れたかと思っても気づいたら手元にあるときが多い。


 自分で言うのも何だが、奇妙で不思議な剣だ。


 どうしてつかの先端部分に【いち】と書かれているのかもまた謎である。


 だが、孫家そんけの屋敷にいたときは謎のままでも一向に構わなかった。


 別に頻繁ひんぱんに使う物でもなかったし、それこそ俺は名前が分からない剣――〈無銘剣むめいけん〉と単に呼んでいたぐらいだ。


 けれども、こうして孫家そんけの屋敷を追い出された今なら話は別だった。


 普通の人間ならば、真っ先に金になりそうなこの剣を売り払うだろう。


 しかし、俺の本能が明確に告げている。


 この〈無銘剣むめいけん〉は手放せないしお前の手元から離れない、と。


「安心しろ。これまでずっと一緒にいたんだ。飢え死にしそうになってもお前は手放さないさ」


 と、俺は〈無銘剣むめいけん〉のつかをポンポンと叩きながら言った。


 やはり、ここは真っ当な働き先を探すのが確実で早い。


 そうなると俺に出来る仕事といえば、武術の家庭教師か昔取った杵柄きねづか道士どうしになることぐらいか。


 などと考えていると、「どけどけ!」と後方から野太い声が聞こえてきた。


 俺が振り返ると同時に、先端に木箱が付いた長細い木の棒をかついだ男が俺の横を疾走しっそうしていく。


 郵便配達人の1人だ。


 仁翔じんしょうさまの話によると、近年の華秦国かしんこくでは紙の流通と街道の整備によって人と物の交易が非常に盛んになったという。


 手紙もその盛んになった中の1つだ。


 しかも手紙を管理する郵便施設は街道沿いに距離を開けていくつもあり、その点在する郵便施設に待機たいきさせている人間と馬を利用しながら遠くへと迅速じんそくに運ぶのだという。


 もちろん数十人しかいない片田舎の村ではこうはいかず、それなりの規模で発展している街でなければいけない。


 そして王都の東安とうあんほどではないが、ここ西京さいきょうも中々に発展している街だ。


 周囲を見渡せば、飲食店を始めとした様々な店がのきを連ねている。

 

 それだけではない。


 他の街から来た行商人が開く露店ろてんも多く出ており、ちょっとした広場では旅芸人の一座が見せる芝居しばいや演劇小屋も開かれていた。


 当然と言えば当然である。


 ようやく長い冬が終わって、草花が咲き乱れる暖かい季節になったのだ。


 ほほでる風にも気持ちの良い温かさを感じる今日この頃、人間たちも陽気になりたいと思うのも無理はない。


 ……うん? 人間たち?


 ふと俺は自分自身に対して疑問符ぎもんふを浮かべた。


 なぜ、人間の俺が同じ人間に対して上から目線になったのだろう。


 別に俺は人の上に立つ身分や職業にもいていないにもかかわらずだ。


「これはあれだな。きっと腹が減りに減っているせいだ」


 グウウウウウウウ…………。


 その通り、とばかりに俺の腹が盛大になる。


 まあ、昨日の夜から何も食べてないからな。


 なので俺は視界の端に入った露店ろてん饅頭屋まんじゅうやに向かった。


「いらっしゃいませ! 美味しい饅頭まんじゅうはいかがですか!」


 露店ろてんの前に行くと、看板娘らしいお嬢ちゃんが快活に話しかけてきた。


 隣には父親で店主とおぼしき男がいたが、無愛想なのかムスっとしている。


 それはさておき。


饅頭まんじゅうを1つ……いや、ここは思い切って2つくれ」


「ありがとう、お兄さん。じゃあ、饅頭まんじゅう2つで銅貨半両どうかはんりょう(約500円)ね」


 俺は金を払ってアツアツの饅頭まんじゅうを2つもらった。


 これで残りの金も銅貨半両どうかはんりょう(約500円)か。


 などと思っていても金が増えるわけでもないので、とりあえず俺は腹を満たすことに全力を注ぐことにした。


 腹が減っていると頭も身体も上手く働かないしな。


 俺は露店ろてんから少しだけ離れ、饅頭まんじゅうをまず1つ口に入れようとした。


 その直後である。


 首筋を通り過ぎる風の中に、ピリピリと肌を刺激する冴えた冷気を感じた。


 殺気だ。


 俺は顔だけを振り返らせると、そこには体格の良い6人の男たちがいた。


 ボサボサの髪や身なりからして、暴力が得手えて破落戸ごろつきなのは間違いない。


「小僧、お前の名前は孫龍信そん・りゅうしんか?」


 破落戸ごろつきのいきなりの問いに、俺は思わず馬鹿正直に答えてしまった。


「そうだが……何だ、あんたら?」


「やっぱりそうか。その腰に差している奇妙な剣は珍しいからな。すぐに見つけられたぜ」


 破落戸ごろつきたちは獲物えものを見つけたようにニヤリと笑った。


 そして――。

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